二人目の娘
新しいバイクで服屋を巡り、帰って来たのは夕方過ぎだった。
「オレも免許を取るぞ!」
哲夜が興奮しながら、買って来た服の整理をしていた。
どうやら初めて乗ったバイクが、いたくお気に召したらしい。
俺も、新しい愛車を存分に楽しんだ。
ハーレー特有の安定感に、街乗り仕様の取り回しが加わったナイトスターは、二人乗りでもその性能を損なわない。
快適なツーリングを楽しめた。
何より、バイクは密着感が凄い。
慣れてないと危ないからしっかり掴まれと言ったので、背中には常に柔らかい物が当たっていた。
そのせいで、運転中も革パンパンだった。
あらためてバイクの素晴らしさに気づけた。
俺は一生乗り続けることを心に刻む。
朝の気まずさなど吹き飛んで、バイク談義へ夢中になっていた。
哲夜は、自分でバイクを設計したいと鼻息を荒くして、ノートに難しい計算を書き出すほどだった。
だが、そんな楽しい時間のあと、思わぬトラブルが舞い込んできた。
リビングでくつろぎながら晩飯をどうするか考えていると、来客を知らせるチャイムが鳴る。
インターフォンの親機を見ると、眼帯をした金髪の女子が映っていた。
どうやらアキラに用事があるらしい。
引っ越したことを知らないのだろうか。
告げられた名前は、紫星 雪乃。
「……アキラとの関係は?」
「彼女以上、嫁未満とでも言っておこうか」
「……何の用だ?」
「アキラに頼まれた中国までのおつかいを無事果たしたのでな、急ぎ会いに来た」
誇らしげな彼女の返事に、現状の説明をする必要があると思った。
だが次の瞬間、雪乃を押しのけるように別の少女が映る。
「爸爸はどこネ!?最愛の娘が会いに来たヨ!早く会わせるネ!」
今度はアキラの娘が現れたらしい。
目まぐるしい展開に頭がついていけない。
それに、マリアの時を思い出すとトラブルの匂いしかしなかった。
しかし、アキラの関係者なのは間違いないだろうから、とりあえず上がってもらうことにした。
玄関を開けると、目の前にいたのは小学生くらいの女の子。
「……キミがアキラの娘なのか?」
薄紫色をした髪は左右がお団子になっていてそこから長く下へなびかせている。
ころんとした体つきに糸のように細い目。
ふっくらとした頬には健康そうに赤みが差していた。
「そうヨ!我の名前は劉紅霞。正真正銘、爸爸の娘ネ」
中国訛りの元気な自己紹介。
その仕草も、見た目相応に幼かった。
「爸爸のこと知ってる?ドコにいるネ?」
先ほどから嬉しそうに口にする父という言葉。
一刻も早く会いたいのだろう。
「……とりあえず話がある、中に入ってくれ」
スリッパを用意しリビングへと案内した。
すると、哲夜がアキラの彼女を見て声を上げた。
「ん?紫星じゃないか、アキラに用事か?」
「……哲夜、知り合いか?」
「ああ、同じクラスの女子だ」
そういえば、哲夜とアキラは同じ高校のクラスメイトだったな。
だが、雪乃を見ると、哲夜が誰だかわかってなさそうに眉を寄せていた。
外見や性別が変わってしまったんだ、無理もない。
「で、なんの用だ?子供まで連れて。アキラならおらんぞ」
「……どうやら隣の子はアキラの娘らしい、その子を連れてくるようアキラに頼まれたんだと」
「なに?そこのチビッ子がか?」
ホンシアを見て眉を寄せた。
そこに映ったのは警戒の表情。
哲夜もマリアの時を思い出したのだろう。
「そうヨ!私の名前は劉紅霞、よろしくネ!」
左手の拳を右の手のひらで包み込む、抱拳礼をして元気に挨拶をした。
「それで、爸爸はどこ行ったネ?いつ帰ってくるヨ?」
ホンシアは待ちきれない様子で部屋を見回し、落ち着きなく視線を巡らせる。
「アキラなら引っ越したぞ、今はオレたちが住まわせて貰ってる」
「アイヤー!無駄足ネ!」
「なん……だと……?」
紫星雪乃と名乗ったアキラの彼女は、哲夜の言葉を聞いて動揺していた。
「というかオマエ、アキラから聞かされていなかったのか?」
哲夜が、呆れた声で追い打ちをかける。
雪乃は見る間に顔が白くなっていった。
「……おい、大丈夫か?」
心配で思わず声をかけた。
「だ、大丈夫だ……多分」
気丈に振舞うが、雪乃の足元は揺れていた。
「とりあえず、ソファーに座ってくれ」
「あ、ああ、すまない……」
見た目は完全にギャルだが、ずいぶんと固い言葉を使うと思った。
それに、歩き方や姿勢がとても綺麗だった。
さすがアキラの彼女だ。
「……アキラの新しい住所を教える、そんなに遠くないからすぐに着くはずだ」
メモに走り書きをして渡した。
「ここで少し休んで、落ち着いてから行けばいい」
ペットボトルのお茶を渡す。
「雪乃どうしたネ、何かあった?」
ホンシアも心配そうに彼女をいたわる。
「いや、初めて彼に頼られ……舞い上がっていた自分の愚かさを……確認しただけだ……」
力のない呟き。
よほど堪えたのだろう。
「フン、引っ越しすら知らされないんだ、自分が他の女より大切にされてないと、ようやく気づいたんだろ」
「……」
雪乃がうつむいて言葉をなくしていた。
そういえば、前に哲夜が言っていた。
アキラには、彼女がたくさんいるらしい。
「やめろ哲夜!なんでお前はそんなに無神経なんだ!」
思わず語気が強くなる。
だが哲夜は怯むことなく、怒りを込めて言葉を続けた。
「この女はな、いつもアキラを困らせてばかりいた!」
それは俺の知らない世界の話。
「アキラは言っていた、彼女が何を考えているか分からないってな!」
学校という狭い場所で起こる、いざこざ。
「実際、オレはコイツがアキラを無視し、睨みつける姿をさんざん見ている」
きっと哲夜は、色々と思うところがあったのだろう。
「ずっと冷たい態度で突き放しておいて、自分がされたら落ち込むなんて!まさにオレが嫌いな女そのものなんだよ!」
それでも言い過ぎだと思った。
「……お前の言うことはわかるが、これ以上責めるのはやりすぎだ」
雪乃は涙を流していたから。
「アキラは大切な友達だからな、低脳な女に振り回されるのが許せないんだよ!」
「……これはアキラとこの子の問題だ、外野が口を出すものじゃないだろ」
きっと哲夜もわかっているはずだ。
だけど俺と違い、間近で見ていたからこそ、思うことがあったのだろう。
「と、突然の来訪すまなかった……邪魔をしたな、ありがとう」
雪乃はなんとか笑顔を作り、急ぎこの場を去ろうとする。
だが、玄関へ向かう彼女の腕をホンシアが掴んだ。
「待つネ雪乃、友達を泣かせた奴に、キッチリ罰を与えるヨ」
瞳が薄く開かれ、そこに怒りが宿っていた。
「ち、違うんだホンシア!悪いのはすべて私なんだ!」
どうやら二人は仲が良いらしい。
友達のために怒る気持ちはよくわかる。
「フン!口を挟むなチビッ子、メモをもって早く帰れ!」
いつもの火に油を注ぐような物言い。
だけど、それを今のホンシアに言うのはマズい。
「誰に向かって啖呵を切っているのか……理解しているネ?」
なぜなら、さっきからずっとホンシアに感じている圧倒的な力の気配。
それは俺をはるかに超えていた。
「なんでアキラの娘って奴はみんなこう偉そうなんだ。アイツ、娘を教育する才能だけはないな」
それは禁句だったのだろう。
彼女から漏れ出る圧が急激に強まった。
雪乃を掴んでいたホンシアの手に力が入り、彼女の腕が赤黒く変色していくのが見えた。
「痛っ……ホンシア!お願いだから落ち着いてくれ!とりあえず帰るぞ!」
雪乃がなんとかしてホンシアをなだめようとする。
「爸爸を馬鹿にした罪……万死に値するヨ……」
「グッ……ホンシア……」
雪乃は掴まれている腕が痛むのか苦悶の表情を見せていた。
しかし、ホンシアは怒りで気づいていない。
怒気が熱を持ったような、物理的に火傷するほどの熱気。
それがホンシアから立ちのぼる。
「……オイ、お前……その子を離せ」
さすがに危険だと思い、ホンシアへ忠告をする。
万が一を考えて、全身のチャクラを回した。
「我を誰だと思っているネ、口の利き方を知るといいヨ……」
「お前が強いのはわかってる……でも引けねぇな」
黄金のオーラを全身にまとわせ、戦闘の準備に入る。
「アナタ、才能だけはあるみたいネ、でも全然磨かれてないヨ」
気づいたら、すでに懐へ入られていた。
そして、不思議な感覚に脳が誤作動を起こす。
なぜだかホンシアがいるのを認識できない。
彼女はまるで道端の石ころや草のように、この場にただ存在していた。
ホンシアの手のひらが俺の胸に触れる。
その動きは見えているのに、防ぐことはできない。
例えるなら、そよぐ風だった。
体で受けることはできても、振り払えない。
そんな自然現象を、どうやって躱せばいいのかわからなかった。
ホンシアの攻撃が、俺の体を吹き飛ばした。
俺はガラス窓を突き破り、そのままベランダの壁に激突した。
「マダマダ功夫が足りないヨ」
その力はアキラやテラのように、隔絶したものだった。
「さてオマエ、アノ世へ旅立つ覚悟はいいネ?」
哲夜の方へ向き直り、断罪を告げる。
「フン!オマエこそ、父親に怒られる覚悟はできてるんだろうな」
鼻を鳴らし、哲夜が自分のスマホ画面をホンシアに見せた。
そこに映っていたメッセージ。
『今すぐ行くから、ホンちゃんは正座で待ってて』
そしてリビングの扉から、ホンシアの父、一条アキラが現れた。




