初夜と出血
遅い晩飯を食べて新しい住処へ帰ると、アキラが部屋で待っていた。
「お帰り、二人とも今日はありがとね」
美籐を連れて空へ飛んで行ってから、そのまま戻って来たんだろう。
体にはまだ赤いマントを羽織っていた。
「……美籐はどうした?結局、手伝ってくれるのか?」
俺も関わっていたいたので、その後の結果が気になった。
「二人のおかげで、ケンちゃんはやる気に満ちあふれてたよ」
「……ケンちゃん?」
「うん、そう呼んでくれって」
よくわからないが、上手くいったならそれでいい。
それを聞いた哲也が、ソワソワしながら口を開く。
「それで、研究所はいつから再開させるんだ?オレもそこで働くぞ!」
人の進化を研究する施設だ、こいつの希望にぴったりなんだろう。
「とりあえず、来年から工事を始める予定だよ」
「そうか、待ちきれないな!最新施設で研究出来るなら色々と捗りそうだ!」
哲也が嬉しそうに目を輝かせる。
「なら、研究所で働く前に哲也の戸籍を変えようと思うんだけど、どうかな?」
「男に戻る気はまったくないし、作ってくれるならありがたい」
「何か希望はある?」
そういえば、俺の戸籍も簡単に作ってくれていた。
「そうだな、名前をあんまり変えられると反応しづらいから、似たのをアキラが付けてくれ」
名づけ親はアキラがいい。
その気持ちはよくわかる。
「元の名前にも未練はないし、母親と完全に縁が切れるならむしろ望ましいからな」
「んー、なら『大出 哲夜』はどう?テツヤとテツヨなら、言い間違えても気にならないし」
「うむ、いいな!それで頼む」
腕を組んで頷いた哲夜。
これで戸籍上の名前も女性になることが決まった。
そうなると、気になることが一つ浮かぶ。
「……それって結婚とかできたりするのか?」
思わず心の声が漏れてしまう。
「ハァ?何言ってんだオマエ?」
呆れたように眉を上げる哲夜を見て、焦ってしまった。
「いや、ほら、もしもの話だ!別に俺とするとかしないとかの話じゃなくて……」
駄目だ、どうにも墓穴を掘ってしまう。
結婚なんて気が早すぎる。
というか、なんか色々とすっ飛ばしてる。
「もちろん出来るよ、二人がしたいなら十八歳に年齢変えようか?」
ニコニコしながら、今すぐできると告げるアキラ。
「フン、結婚なんぞに興味はない!ウエディングドレス姿には興味あるがな」
哲夜が鼻を鳴らして言い切る。
でも、どうやらコスプレはしたいらしい。
「そういえば、拓人はどうだったの?マリちゃんとのお見合い」
これ以上墓穴を掘る前に話が逸れてくれた。
だが、聞かれたのはマリアとのことだった。
報告するのに少し気が重い話題だ。
「……すまないが、向こうに断られた……自分とは釣り合わないと言っていた」
会ってすぐに拒否られていた。
和解したとはいえ、脈は完全にないだろう。
「そうなんだ、残念だね。結構お似合いだと思ったのに」
本心で思ってくれている。
だからこそ、期待に答えられなくて申し訳なさを覚えてしまった。
「でも安心して、まだ娘はいるからね」
どうやらお見合いは続くらしい。
「近い内にまた紹介するから待っててね」
「……わかった」
アキラが望むことだ、やれるだけやってみようと思う。
たとえ上手くいかなくても、全力で当たるのが彼に対する礼儀だ。
「哲夜と子供を作ることで、約束を果たしてくれてもいいからね」
え?
いいんだ?
「なんでだよ、コイツの長ネギ突っ込まれて処女なくすなんて嫌だぞ」
え……?
嫌なんだ……?
「そっか、ならそのへんは二人に任せるよ、僕はそろそろ帰るね」
哲夜に拒否られたことで、胸がズキッと痛んだ。
アキラの時は受け入れようとしてたのに、俺の棒は嫌らしい。
なんでだろう——泣きそうだ。
「そういえば、借りてたクレジットカードなんだけど、結構使ってしまった」
哲夜が、ポケットから取り出したカードをアキラに見せる。
どうやらちゃんと返す気はちゃんとあったらしい。
「それはそのまま好きに使っていいよ、これから研究所のことも手伝ってもらうからね」
「マジか!じゃあ給料の前借と思って、遠慮なく使わせてもらうぞ!」
ホクホクした顔でカードをしまう哲夜。
俺は慌てて自分のカードを差し出した。
「俺は研究所の手伝いなんて出来ないからよ、返すわ」
「いや、拓人にも他のお見合いとかあるし、好きに使ってくれるかな?」
「……いいのか?」
「うん、それに今後マリちゃんと会うなら、たぶん色々使うことになると思うよ」
日本に来たマリアのもとに、修行しに行くことが決まっていた。
その時になにかと必要になるらしい。
「そうか……なら甘えさせてもらう」
今までも特に金には困っていなかったが、それはチームのみんながくれるものだ。
自分が働いて稼いだことはない。
俺もいつか働いて金を稼いでみたい。
社会の一員として生きてみたかった。
哲夜は、知り合いの仕事を手伝って生活していたらしい。
だから、あんなにもしっかりとしているし、お金の大切さを知っているのだろう。
「じゃあまたね、何かあったら連絡して」
そう言ってアキラは帰って行った。
「とりあえずオレらも今日は寝ようぜ」
「……お、おう」
精神的にもかなり疲れていた。
主にさっき哲夜に拒否られたことが原因だったが。
「あーあ、せっかく撮影の準備したのに。長ネギが興奮するなら無理だな」
哲夜が残念そうに部屋へ戻る。
その言葉で、あの状況を思い出してしまった。
裸の哲夜と、その——。
駄目だ、よくない。
とりあえず、風呂にでも入ってスッキリしよう。
脱衣所に行って服を脱ぐ。
タオルがどこかわからなかったので周囲を見渡すと、洗面台の横に丸めて置かれたタオルがあった。
これでいいかと思い手に取ると、タオルの中から色々な物が落ちて来た。
ピンクや紫などの色とりどりな機械。
おそらく何かに使って洗ったのだろう、まだ水滴が残っていた。
コードが付いたカプセル状の物や、キノコのような形をした物。
さらには、小さな吸盤が付いた壁掛けフックみたいな形状の物もある。
哲夜の実験道具だろうか?
だが、どこかで見たことがあった。
そのうちのひとつを手にとって、スイッチを押してみる。
するとカプセルが細かく振動した。
そういえば、ビナの家に泊まった時、あいつはこれで女をどうとか——。
「……あっ!」
震え続けるカプセルを手に持ち、呆然と眺めてしまった。
「おい拓人、どうした大声出して?タオルならそこの戸棚に入ってるぞ」
哲夜が、脱衣所に入って来た。
そして、震え続けるカプセルを手に立ち尽くす俺を見て、拳を握りしめた。
「…………そこにあったから」
最低限の言い訳をした。
だが、俺の長ネギは伸びていて、なんの説得力もなかったようだ。
「この!ド低脳がぁ!」
全力のパンチが飛んできた。
ただ、タオルを探してただけなのに。
新居での初めての夜、俺は鼻から鮮血をまき散らしながら、眠りについた。




