革パンパン
バチカンで一週間ほど過ごした後、アキラの娘であるマリアと一緒に日本へ帰って来た。
マリアは、俺に色々なことを教えてくれた。
人類の本当の歴史や、宗教の成り立ち、マナーや人心掌握の方法など。
それらは知らないことばかりだったのでとても面白く、あっという間に時間は過ぎていった。
何よりマリアの教え方が驚くほど上手で、女王として信者を導いてきたのも納得できた。
ただ、妙に体の距離が近かったのと、俺を新しい宗教の教祖にするとか言っていたのが気に掛かったが。
帰国の日、集中するためという理由で取り上げられていたスマホを、ようやくマリアから返してもらった。
メッセージアプリには、ロッドの連中から山のように連絡があり、全部確認するだけでも一苦労だった。
その中に、アキラから『日本へ帰ったらマンションに来て欲しい』というメッセージがあった。
空港でマリアやお付きの奴らと別れ、とりあえずアキラのマンションへ向かう。
「フン、やっと帰って来たか」
そこで出迎えてくれたのは哲也だった。
相変わらず偉そうな態度だったが、その姿は女性のまま。
それもとびっきりの美女。
「お、お前!なんて格好してやがる!」
夏だから薄着なのはわかる。
だが、よりによって女の身体で、男物のタンクトップとトランクス姿で出迎えられた。
しかも、服の大きさは前の太り過ぎていたサイズのまま。
「女物の服がない、今度買いに行くまで我慢しろ」
憮然とした表情で腕を組むが、そのせいでタンクトップから色々とはみ出ていた。
「とりあえず!頼むからシャツを着てくれ!」
また自分を殴らなきゃいけなくなる。
胸から必死に視線を外してお願いした。
「ふん、仕方がない奴め、ヤンキーなら女の体に慣れてそうなもんだがな」
哲也は、ブツブツ言いながら着替えに行ってくれた。
日本最大の暴走族ロッド、そのリーダーという立場上、女が寄ってくることはあった。
興味があって女とデートをしたこともある。
だけど、俺は力が強すぎた。
緊張しながら手を握っただけで、相手の骨を折ってしまったのだ。
それ以来、女に触れたことはない。
そのせいで、周りは勝手に硬派だと思っていたみたいだ。
だが、俺だって人並みに女へ興味はあるし、好きな子とイチャイチャもしてみたい。
でも、この力がある限り、それは叶わぬ望みだった。
平常心なら力のコントロールはできる。
しかし、女への免疫がまるでないのに、緊張するなと言われても無理だろう。
生卵を握りながら、初めてジェットコースターに乗るようなもんだ。
俺はこの先、異性と触れ合うことはないのかと、ひとり落ち込んだ夜もあった。
ビナなんて取っ替え引っ替え遊んでやがるし、杉本だってあのゴツい顔で彼女がいる。
ロッドの幹部連中はみんなそうだ。
どいつもこいつも女にモテて浮かれやがって。
それを思い出すとなんだかムカついてきた。
いっそロッドを男女交際禁止にしてやろうか。
そうすれば、三万人近い人間が俺と同じ思いをするだろう。
——いいな、それ。
今度、幹部会で提案しよう。
そうすれば、アイツらがする“ヤッた”だの“イカせた”だのという猥談を聞かなくて済む。
その手の話にまったく付いていけなくて、いつも寂しかったんだよな。
試せない無駄な知識だけが増えていって、悶々とする必要もなくなる。
「……よし、決めた」
女に触れたら、骨を折るってルールを作ろう。
「おい、ニヤつきながら何を決めたんだ?気持ち悪いな」
ダボダボのシャツに着替えて哲也が戻ってきた。
「いや……ロッドの今後を考えていたんだ」
「ああ、オマエが作った反社集団の話か」
心底興味なさそうに椅子へ座った。
「そういえば、アキラはまだ帰ってないのか?……お前も呼ばれたんだろ?」
時間はもう夜になっていた。
今日は平日だし、家にいてもおかしくないはずだ。
「聞いてないのか?アキラは引っ越したぞ。そして、今ここにはオレが住んでいる」
そういえば、あのメイドも他の住人もいない。
なにより、さっき哲也は自分の家のように、勝手に部屋へ入り着替えてきた。
「……そうか、メッセージにはここへ来いとしか書いてなかったからな」
アキラは説明を省く癖がある。
自分が引っ越したことも、哲也をここに住ませることも書き忘れたんだろう。
「ちなみに、オマエもここへ住むことになっている」
省き過ぎだ。
「ハァ?……マジで言ってんのか?」
男女が二人で住むって、それは色々とまずい気がする。
いや違う、哲也は男だ、それに少なくとも俺は親友と思っている。
一緒にいて居心地もいいし、ルームシェアと考えれば問題無いのかもしれない。
「この前の詫びと、おつかいの礼だとよ」
俺に決まった家はない。
適当に仲間の家を転々としてる。
だから、こんな立派なマンションに住めるならありがたい話だった。
「お前は……それでいいのか?」
哲也が人嫌いなのは理解していた。
俺がよくても、こいつが嫌ならさすがに住めない。
「まあ、オマエなら別に問題ないだろう、すでに何日も暮らしたしな」
暗い牢獄に閉じ込められていた共同生活。
あれを哲也も悪くなかったと思っていたらしい。
そのことが素直に嬉しかった。
「それに、ちょっと手伝って貰いたいこともある、ひとりだと限界があってな」
「……なんだ?」
俺の中でこいつの評価は高い。
性格の悪さは別としても、出来ないことはあまり無いように思えた。
「この体で“性行為”中の色々な“体位”を撮影したいんだ」
「……せいこうい?……たいい?」
上手く言葉が理解出来ない。
「ド低脳が!長ネギにもわかりやすく言うと、SEXの撮影を手伝えと言っているんだ」
あー、SEXか、セックスね、知ってる知ってる。
穴に棒を入れる、俺が憧れてたけど諦めたやつ。
喧嘩で警棒ばっかり使ってたから、棒の扱いは上手いのに、自分の棒は使ったことないっていうね。
へー、それを俺と哲也がねー。
「…………って!するわけないだろうが!」
俺らは友達だ。
それ以前に男と男が、そんなことできるか。
「いや、実際に挿入したりはせんぞ、この体が性行為をしている形の姿を撮っておきたいのだ」
よくわからないが、本当に棒を入れたりはしないのか?
「せっかく理想の体を手に入れたからな、老いる前に最も美しい姿を保存しておきたい」
牢屋にいた時は、暇だったから色んな話をしていたことを思い出した。
確かにこいつは理想の女体がどうとか言っていた。
「オマエには糞してるところまで見られてるからな、いまさら恥ずかしさなどない」
牢屋のトイレには仕切りすら置かれていなかったから、目を覚ましたら哲也が目の前で使っていたこともあった。
「アキラに頼むのは、あれだ、なんだか恥ずかしくてな」
ぶっきらぼうに言い放つが、アキラの名を出した時に少し顔を赤らめた。
「そんなこと頼める人間が、他にいないのだから手伝え」
なんでか知らないが、そのことに胸がざわつく。
「……まあ、真似事くらいなら付き合ってやるよ」
何となく、アキラと哲也がエロい格好でくっついているのが嫌だった。
きっと、そんな馬鹿げたことをさせるのが申し訳ないからだ。
そうに決まっている。
「そうか!助かるぞ!」
嬉しそうに目を輝かせる哲也の姿は、可愛らしい女子そのもの。
その顔を見て不安になってきた。
本当に受けて良かったのだろうか。
踏み越えてはいけない壁を、全力でブチ壊してしまう気がする。
「ならば早速頼む!待ちきれなくてな、もう準備は済ませておいたんだ!」
哲也は急かすように部屋を指差す。
「お、おう……」
喉が急に乾いてきた。
唾を呑み込む音が、やけに大きく耳に響く。
哲也が駆け足で部屋へ向かうのを、茹だる頭でゆっくりと追った。
開けられた扉の向こうには大きめのベッドと、それを取り囲むように撮影用のカメラが五台置かれていた。
照明がベッドに当てられ、白いシーツが眩しく反射している。
ベッドの横を見ると、そこには全裸の美女が立っていた。
綺麗な長い髪を形の良い胸に垂らし、股間を手で隠している姿は、これから行われるであろう行為をリアルに想像させられた。
「さすがにジロジロ見られると……恥ずかしいな」
顔を赤らめて体をよじる彼女を見ていると、頭の芯が痺れてくる。
そのせいで、頭がうまく回らない。
「オマエも上だけ脱いでくれ、画面が映えるからな」
言われるがままにシャツを脱いだ。
そして、言われてないのにズボンを脱ごうとベルトとボタンを外し、ズボンのチャックを下ろす。
「ド低脳!下は脱ぐな!カメラに汚いモノが映るだろうが!」
そう言われても、なぜか革パンの前側が窮屈過ぎて、無意識に開けてしまった。
「……い、いや……なんかここが痛くて……」
痛みはなくなったが、解放された下半身へ急激に血が集まるのを感じていた。
その熱に急かされるように、そのままズボンを下そうと手を掛ける。
突然、よく知る声が真後ろから聞こえた。
「——二人は子供を作ってくれるのかな?」
俺がゆっくりと振り向くと、そこには自分の最も尊敬する人物が、嬉しそうに笑っていた。




