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リリジョンキング

 完全に修復された広間。

 そこで正座をしているのは白い服の少女と黒衣の三人。


 その目の前には、少しあどけなさを残したシルバーメッシュの青年。

 

「——だからねマリちゃん、僕は普通に暮らしたいんだ」


 アキラは先ほどから、諭すようにマリアへ言い聞かせていた。


「モーくんたちも、こういう時はマリちゃんを止めてあげてね」


 黒衣の三人は深く平伏し、その言葉を重く受け止める。


「お、お父様ぁー!ごめんなさいぃー!」


 泣きじゃくるマリア。

 その姿には、二千年以上生きている女王の威厳も、神の力を行使していた神聖さも残っていない。

 純粋に、父親から叱られている娘の姿があった。


 俺はその様子を眺めながら、手元のペットボトルを口にする。

 どこか懐かしい味のするお茶は、さきほどアキラがくれたもので、飲んだら不思議と体調が良くなっていった。


「フン、結局アキラに助けられたな」


 哲也が同じペットボトルを飲み干しながら鼻を鳴らす。


「……ああ、俺らだけじゃ死んでたからな」


 死力を尽くした最終局面。

 

 俺は周囲の力を取り込んで、過去最大級にチャクラを回した。

 だが、必殺の一撃を繰り出すための力に、満身創痍だった体が耐えきれなかった。

 結果、血を吐いてその場に崩れ落ちてしまったのだ。


 それを見て、マリアは俺に全力で光の魔法をぶっ放した。

 哲也が盾を構えて守ろうとしてくれたが、全方位からの攻撃は防ぎきれるものじゃなかった。


 そんな絶体絶命の場面で現れたのが、アキラだった。

 一瞬で全ての攻撃を消し、すぐに俺らの治療をしてくれた。


 半分意識が飛んでいたが、どうやら俺はかなりヤバイ状態だったらしい。

 それをあっという間に治して、ついでに壊れた建物も元に戻した。


 そして、俺らにお茶を渡すと、マリアへ向かい説教を始めたわけだ。

 突然現れたアキラに硬直していた彼女は、父親だと認識してから、ずっと泣きっぱなしだった。

 

 

「とりあえず、二人にご飯を用意してくれるかな?」


 座ったまま泣きじゃくるマリアを抱きしめて、モーセたちにお願いするアキラ。

 黒衣の三人は飛び上がるように立ちあがり、そのままどこかへ駆け出した。


「ごめんね二人とも、僕の娘が迷惑かけたみたいで」


 抱きしめていたマリアを離して、アキラが頭を下げる。


「お、お父様!このような者たちに頭を下げるなど!」


 自分のせいで頭を下げた父を見て、マリアが慌てて立ち上がり怒りだす。

 だが、アキラは真っ直ぐに彼女の目を見て諭した。

 

「二人は僕の大事な友人だよ、当然じゃないか。マリちゃんも迷惑かけたんだから、ちゃんと謝まりなさい」


 その言葉で、マリアはギリギリと歯軋りを鳴らす。

 そして涙をふき、殺気を含んだ視線のまま頭を下げた。


「……ご・め・ん・な・さ・い!」


 別の意味で心がこもっているような謝罪を受けて、俺はこの騒動の終わりを感じた。


「フン!まったくいい迷惑だったぞ!」


 哲也がその謝罪をふんぞり返って受け入れた。

 それに対して、俺は複雑な想いを抱いていた。


「……まぁ、マリアの気持ちは少しだけわかる」


 監禁されて死の淵まで追い詰められた。

 それをすんなり許す気にはなれない。

 

 だけど、彼女の中にあったのは、家族と一緒にいたい、父に会えなくて寂しいという気持ち。

 それは、昔の俺も強く願っていたものだった。


 だからつい口にした。

 

「……なぁアキラ、マリアを日本に呼ぶのはマズいのか?」


 俺の言葉で、マリアの表情が禁忌を聞いたような焦りを見せる。


「な、何を言うか!妾はここで御父様の使命を守らねばならぬ!信者を導かねばならぬのだ!」


 それは、遠い昔に父から受けた大切な使命。

 マリアにとって、絶対に守るべき彼女の生きる意味だった。


「いいんじゃない?マリちゃんが頑張ったから、もう僕を盲信する信者も居なそうだし」


 アキラの口から伝えられたのは、彼女にとっての福音。


「それに僕はお金が必要だから、そばで色々やってくれると助かるかも」


 新たな願いを口にして、マリアに微笑みかける。


「あ……あ……」


 マリアは言葉も出せずに震えだした。

 流れ落ちる涙は先ほどのものとは違う。


「もちろんマリちゃんが良ければだけどね」


 アキラが震えるマリアの頭を撫でた。

 その温もりで、彼女が長くため込んでいた想いが口からこぼれ落ちる。


「……お父様の御側に居たいです……兄妹は皆……死んでしまって……」


 しゃくりあげるように、たどたどしく呟く本心。

 

「御父様に……長い間会えず……本当は一人で……寂しかったのですよ……」


 彼女がずっと抱えていた心の内を、一番知って欲しかった人に伝えていた。

 

 人類のための尊い使命だと信じ、心を殺して生きてきた少女。

 人類を愛する父の前で、決して口に出来なかった想い。

 それを言葉にすることは、長く心を蝕んでいた呪縛が解かれたことを意味していた。


「そっか、寂しい思いをさせちゃってごめんね」


 その言葉で、マリアは泣きながら再びアキラへと抱きつく。


 きっと、人類の半分に崇め讃えられていても、彼女の孤独は埋められなかったのだろう。

 震えながらアキラにしがみつく少女は、外見に見合う幼さを父の腕の中で安心したように見せていた。

 

「フン、まあ悪いことばかりではなかったからな、仕方がないから許してやろう」


 哲也が腕を組んで、泣きじゃくる彼女にそう告げた。


「そういえば、哲也は凄い進化したね、それが理想の姿?」


 アキラはここに現れた時、女性の姿になった哲也を見ても驚かなかった。

 きっと俺とは見えているものが違うのだ。


「ああ!まさか自分の身体で夢を叶えるとは思わなかったがな!どうだ?素晴らしいだろう!」

 

「うん、素晴らしいよ、哲也は可能性の扉を開いたんだね」


 誇らしげに哲也を見つめるアキラ。

 

「でも僕は、哲也ならきっと届くと信じていたし、さらに先へ行けると思うよ」


 輝く瞳で心からの賞賛を送る。


「う、うむ、任せて置け!オレは天才だからな!」


 あまりにも真っ直ぐな賛辞に哲也が顔を赤らめていた。

 その姿は、美しさの中に可愛さが滲んでいる。


 ——俺は思わず自分を殴った。


「お、おい!大丈夫か!」


 哲也が心配そうにこちらを見るが、目を合わせないようにした。

 俺には、絶対に気づいてはいけないことがあるのだ。


 深く深呼吸をして、垂れる鼻血を拭った。


「……すまん、大丈夫だ」


「まったく、やっと戦いが終わったのにまた怪我をしてどうする、ド低脳が」


 哲也が腕を組んだその上に、たわわな物体が乗っている。

 視線を向けたら負けだと、自分に強く言い聞かせた。


「そういえば拓人も凄く鍛えたみたいだね、見違えたよ」


 アキラが嬉しそうに俺を眺めていた。


「……オウ、少しはお前に近づけたかもな」


 そう口にしたものの、アキラの強さはこの目で視てもまったくわからない。

 ただ薄く全身が輝いているだけで、正直、普通の人間と変わらないように見える。


「え?拓人は僕を目指してくれてるの?」


 驚いたように目を丸くするアキラ。


「……ああ、いつかお前の隣に並びたいと思っている」


 それはあの時、戦いの中で生まれた願い。

 

 彼の孤高に近づきたい。

 そして、出来れば肩を並べて同じ景色で歩いてみたい。

 俺にとって人生を懸けた目標。


「うれしいなぁ、やっぱり拓人は最高の友達だよ」


 目を細め、心から嬉しそうにするアキラを見て、絶対に叶えることをあらためて誓った。


「……タクトと言ったな、そなた本気で御父様を目指すのか?」


 マリアも驚いたように目を見開いていた。


「……ああ、それが俺の夢だ」


 アキラを神聖視しているマリアのことだ、きっと激怒されるに違いない。

 それでも自分の言葉を撤回する気はなかった。

 

「そうか、ならば協力してやらんこともない」


 だが、返ってきたのは予想外な申し出だった。


「マジか……助かる」


 実際、今回のことで自分はかなり成長できた。

 マリアの力を借りられるなら、さらに強くなれそうだ。

 なにせ、彼女には実質負けているのだから。


「それと……御父様に言ってくれたこと……心から感謝する」


 マリアは自らの意思で俺に頭を下げた。

 

「あの……ありがとう」


 モジモジとしながら、心のこもったお礼を言われる。

 美少女から潤んだ瞳で見つめられて、思わず動揺してしまった。


「……オウ」


 照れ隠しで愛想なく返す。

 どんな態度で接していいか、正直わからなかった。


「そなたらには、申し訳ないことをしてしまった……ごめんなさい」


 まるで憑き物が落ちたように素直になったマリア。

 きっとこれがもともとの性格なのだろう。


 その謝罪を受けて、ようやくマリアを許す気になれた。

 

 それに、哲也も言っていたが悪いことばかりではなかった。

 この旅がなければ、強くなるきっかけも掴めなかっただろう。

 そしてなにより、心から尊敬し信じられる新たな友達もできたのだから。


 ただその友情が、自分の中で少しだけ変な方向へ向かっているのが怖かったが。

 

「皆さま、お食事の用意が出来ましたわぁ」


 カラス人間の声が広間に響いた。

 

 そういえば、まともに飯を食ったのはいつ以来だろう。

 空腹を意識したら目が回り出した。


「……俺、たぶん人生で一番……腹が減ってる」


「オレもだ!遠慮はいらんだろう!死ぬほど食うぞ!」


 ついさっきまで殺し合っていた相手が、今では飯を用意してくれる。

 なんとも妙な流れだと思った。


「……ま、いいか……食おう!」


 でも今は、そんなことは忘れよう。

 きっと、友達と食べる久しぶりの食事は、絶対うまいに違いないから。

 

 

 こうして、父の言いつけを頑なに守り、人を導き続けた女王は報われることとなった。

 神の子は、ただの少女に戻ったのだ。

 

 それを成したのは、少女を思いやった拓人の一言。

 少女は彼に心から感謝し、できる限りのことをしたいと思った。

 

 ひとりの女として。

 そして世界の宗教を統べる女王として。

 

 日本で不良たちの王だった男が、世界の王となる日が来るかは、まだわからない——。

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