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ウダウダやってる暇はない

 広間に響く二人の荒い息が、疲労の蓄積を物語っていた。


「……今ので何発目だ?」


 俺は、口の端から血を流しながら哲也に聞く。


「五百二十七発目だ、いいペースだぞ……」


 哲也が尋常ではない量の汗を流しながら、俺に向け笑う。

 その体には、無数の傷が治されないまま残っていた。


 二人が見つめる先、そこには光の翼を生やした少女が、頭から血を流しながら仰向けに倒れていた。


 状況だけ見れば、殺人現場にしか見えない。

 犯人は、血がついた棒を手に持つ俺だろう。


 たが、少女は何度でも立ち上がり、壊れた体を再生させる。

 その様子は、まるで映像の巻き戻しを見ているようだった。

 

「そなたらは本当にいつまでも足掻くな……」


 今回も割れた頭を瞬時に治しながら立ち上がる。


「いい加減、諦めということを知るがよい」


 治った顔には、呆れの表情が浮かんでいた。

 純白の衣は血で赤く染まり、戦いの余波で布の面積がかなり削られている。


「もう朝日が昇っておる、このままだと一般人も来るからのう」


 外へ視線を向けながら、眉を寄せる。


「ふん、オマエの都合なぞ知らん」


「……俺らは、何日だろうがぶっ続けでやってやる」


 疲れを見せず、マリアを睨みつける哲也と拓人。

 だが、実際はすでに二人とも満身創痍だった。

 

 もう何時間も戦い続けている。

 食事どころか水分さえもまともに取れていない。

 

 しかし、その瞳には折れない闘志が漲(みなぎ)っていた。


「まぁ……来るのは一般人だけでは無いがな」


 そう告げたマリアの声と共に広間の扉が開く。

 

 そこに現れたのは黒衣に身を包んだペストマスクの三人組。


「お待たせ致しましたなぁ、女王マリア」


「治療が終わりましたのでお手伝いしますねぇ」


「そこの外来種にはたっぷりとお返しするわよぉ」


 俺が倒したはずのカラス人間が再び現れた。

 二体一で戦っていたからここまでやってこれたのに、一気に形勢が逆転する。


「さて、役者は揃ったのう、それでは最後にもう一度問おうか……」


 マリアが二人を見つめる。


「御父様の為の楽園造りに協力するか、それともこのまま死ぬか」


 それは先ほどと変わらない問い。

 

「……正直、妾は惜しいと思っておる、そなたらの魂は真に稀有なものだと知れた」


 だが、さっきよりも傲慢さが薄れていた。

 

「出来得るなら、共に御父様の為に楽園を造って欲しいと……心から願っておるのだ」


 圧倒的な優位を持って慈悲を与える。

 その姿は、まさに女王の振る舞いに見えた。


「フン、楽園楽園と何度もうるさいぞ、それはキサマの理想であって、アキラの理想では無い!」


「……哲也の言う通りだ、アキラが本当に望んでるなら、とっくに自分で造ってるだろうよ」


 俺らに正論で返され、マリアの微笑みが固まる。


「大体にして、キサマはアキラのことを理解しているのか?」


「……御父様の為なんて言ってるけどよ、お前の向こうにアキラが見えて来ねぇんだよ」


 最初から感じていたが、マリアは父親を神聖視しすぎていると思った。

 

「アキラはな、確かに優しくて凄い奴だ、だがキサマが理想としているほど万能ではない」


「……融通が利かなくて、俺は足の骨折られたしな」


「付き合ってる彼女を怒らせて、頭を抱えていたこともある」


「……俺らを自分の娘に紹介する時点で、かなりズレてるしな」


「キサマらはアキラを神と言うけどな、アイツはオレたちにとって、大切な人間だ」


 その言葉が広間に響いた瞬間、マリアの表情が凍りつく。

 エメラルドの瞳が揺れ、微笑みが見る間に崩れていった。

 

「……人間?」

 

 その一言は、彼女にとって最大の侮辱だったのだろう。

 

「妾の御父様を……人間と……?」

 

 声が震えていた。

 マリアは顔を伏せ、表情を見せない。

 

「……なるほど、そなたらは“神の否定”を選んだのだな」

 

 次の瞬間、広間の空気が爆ぜた。

 マリアの背中の光翼が激しく広がり、光の粒子が嵐のように舞い上がる。

 

「ならば、妾も慈悲を捨てよう!」

 

 その声は、もはや少女のものではなかった。

 低く重い、空間を震わせるような響きが、俺の耳を揺さぶった。

 

「妾の御父様を侮辱した罪……その魂ごと焼き尽くしてくれよう!」

 

 マリアの手が天へと掲げられ、光剣がさらに巨大化していく。

 

「来るぞ、拓人!建物のことなぞお構いなしだ!」


「オウ!今度こそ本気で殺しに来てるな!」

 

 マリアの翼から放たれた光が天井を貫いた。

 そこから朝焼けの光が差し込む、それはマリアの怒りに染められていた。

 

「ゲヴラット・ヤー……解放」

 

 天井から注ぐ太陽の光が光線と化し、広間を縦横無尽に焼く。

 石の床が砕け、柱が折れ、天井が崩落していった。

 瓦礫が降り注ぎ、光がそれを焼き払っていく。


「オイ!いくらなんでもやりすぎだろ!」

 

 視界の端では、カラス人間たちが必死に逃げ惑っている姿が見えた。

 

「くっ……!」

 

 哲也はドーム状の巨大な盾を構え光を遮断していた。

 俺はその下で拳を振るい、飛来する破片を砕く。

 

 破壊の限りを尽くす光の奔流は止まらない。

 マリアの怒りが空間を支配し、広間はもはや戦場ではなく、神の審判の場と化していた。

 

 この世の終わりのような景色の中、哲也が叫んだ。

 

「このままだと建物ごと潰される!外へ出るぞ!」

 

「外に出ても周り全部が光の柱だぜ!」


 太陽の光がすべて攻撃に変わっているのだ。

 マリアの力は、もはや神を思わせるほどの規模になっている。

 

 

 光柱が広間を裂き、瓦礫が降り注ぐ中、マリアは空中に静止していた。

 だが、その姿には先ほどまでの威厳が欠けていた。

 

 怒りに燃えていたはずの瞳が、どこか憂いを孕んでいた。

 

「……そなたらが……御父様の何を知っておるというのだ……」

 

 マリアの声が震える。

 その言葉は怒り狂う女王のものではなく、ひとりの少女の呟きだった。

 

 先ほど、自分の知らない父の姿を聞いたマリア。

 怒りで塗り潰そうとしたが、完全には心から排除出来なかった。

 なぜなら、彼女にとって父に関する全ての事が大切なものだったからだ。

 

「妾は……御父様の為に……」

 

 その瞬間、マリアの脳裏に遠い昔の記憶が蘇った。


『僕はもう、神として崇められるのは辞めたんだ、これからは人の時代だからね』

『だからマリちゃんも無理はしないでね、女王を辞めたくなったらいつでも辞めていいよ』

 

 不意にそれを思い出し、光翼が揺らぐ。

 その輝きが不規則に脈動し、周囲の空気が不安定に波打つ。

 

「……ずっと……御父様の為だけに……生きて……」

 

 言葉が途切れ、マリアは胸元を押さえる。

 まるで、何かが崩れ落ちるのを必死に堪えているかのように。

 

「……なのに、なぜ……それを否定する……」

 

 その瞬間、光剣が軋んだ。

 剣先が震え、光が散り、形を保てなくなっていた。


 マリアは気づきたくなかった自分の弱さを自覚しだす。

 楽園を創ろうとした、本当の理由を。

 

 

「……哲也……マリアの奴……」

 

「ああ、見えてる。アイツの力が揺らいでるんだ」

 

 哲也が盾を構えながら呟く。

 俺は拳を握りしめ、マリアの姿を見据える。

 

「……まだ一万回ぶっ飛ばしてねぇぞ?」


「力を使い過ぎたのかもしれないな」

 

 マリアの背中の翼が、光の粒子となって崩れ始める。

 その姿は、神ではなく、ただの少女に戻りつつあった。

 地面へと降下する彼女の翡翠の瞳が揺れ、その唇が震える。

 

「……妾はただ……御父様の側に……」

 

 その声はもはや女王の宣託ではなく、迷える少女の呟き。

 だが次の瞬間、彼女の全身から光が爆発的にあふれ出す。

 

「力の制御を失っているな」

 

 背中の光翼が裂けるように広がり、羽根の形を保てず粒子となって散る。

 太陽の光は暴走する光の粒子へと変貌した。

 

「御父様……御父様……!」

 

 マリアは叫びながら、痛みに苦しんでいるように頭を抱える。

 その姿は苦悩に引き裂かれる少女そのものだった。

 

 広間の壁が次々と崩れ、天井から瓦礫が落ちる。

 床の亀裂から穴が開き、空間そのものが破壊されていく。

 

 「なんとかしないと地下まで崩壊するぞ!」

 

 哲也が床に開いた穴を覗き込む。

 

「……なら、俺がなんとかしてやる!」


 拡散されている光の粒子を、全て吸い込むように息を深く吸い続ける。

 体内へ送られた粒子が、気脈の中を暴れながらチャクラへと送られていく。


 全身が、内側から焼かれるような痛みを感じた。

 

 だが、それを無理矢理抑え込み、エネルギーとして使い渦を回し始める。

 それにより、周囲を覆うほどの黄金のオーラが全身から溢れ出した。

 

 真珠色のロッドを握る拳に力を集める。

 

 だが、その攻撃対象であるマリアの顔は、怒りではなく苦痛に歪んでいる。

 翡翠の瞳から、涙が光の粒子と混ざり合ってこぼれ落ちていた。

 

「妾は……御父様に人を導いてもらいたくて……きっとそれは人の幸せで……」

 

 聞こえる声は震え、少女のように弱々しかった。

 光翼は形を保てず、羽根が散るように消えていく。

 

「御父様の楽園を創れば……そこに御父様はいてくれるはずで……妾は……ただ御父様と、ずっと一緒に……」

 

 その告白は、神の子ではなく、一人の娘としての心の叫び。


「だが……妾は御父様に全てを任されて……付いていくことも許されなかった……」

 

 頼りなく空中を漂う姿は、人類の半数を束ねる偉大な女王から、寂しいと訴える少女へと変わっていた。

 

 哲也は盾を下ろし、俺は拳をほどく。

 初めて、敵ではなく人間としてのマリアを見ていた。

 

「……お前、アキラと一緒にいたいだけのために、戦争を起こそうとしてたのか?」

 

 俺は、マリアの行動の根底にあった想いへと気づく。

 そして思わず哀れみの視線を向けてしまった。


 マリアは俺の瞳へ映った想いに気づいたのか、怒りの表情をしめした。

 

「貴様!……妾は……神の子だぞ!」

 

 その言葉は必死の自己暗示のようだった。

 だが、消えた光翼が再び形を取り戻し、散った羽根が逆流するように集まっていく。

 

「妾は……人ではない……!御父様の理想を叶える神の子……それが妾なのだ!」

 

 翡翠の瞳が再び強い光を宿す。

 涙の跡を覆い隠すように、神性の輝きが彼女を包み込んだ。

 

「……見よ、これが神の子の力!」

 

 マリアの背から光が噴き出し、広間の瓦礫を押し返す。

 砕けた床が再び元の形に戻り、崩れた壁が修復されていく。

 

「妾は、人如きに同情されるほど……落ちぶれてはおらぬ!」

 

 その姿は必死に自分の力へ縋る少女。

 だが、その輝きは先ほどまでの絶対的なものではなく、どこか不安定に揺れていた。

 

 それを見て哲也が呟く。

 

「ふん、やはり無理してるな。あれは神の子じゃなくて、ただの必死な人間だ」

 

 俺はロッドを握りしめ、マリアを見据える。

 

「……なら、今度こそ叩き潰す!いい加減ウダウダとやっているのも疲れちまったからなぁ!」


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