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天使伝説

 俺たちは、慎重に一階へと降りて行った。

 マリアとの距離はかなりある。

 まずは間合いを詰めることが最優先となるだろう。


 マリアはその場から動かず、指先を俺へ向けた。

 そして静かに口を開く。


「……ツェヴァオト・オル」

 

 一瞬で危険を察知し、瞬時にマリアの指先から体をずらした。


 一閃——。


 細い光が光線となって、真横を通り抜ける。

 肩に少しだけ掠った光は、俺のオーラを紙のように突き破り、皮膚を焼いた。

 そしてそのまま石壁に穴を開ける。


「……痛えじゃねぇか」


 肩にジワリと滲む血。

 その攻撃の厄介さに眉をしかめる。

 発動が早過ぎる上に、威力も俺を殺すのに十分だった。


「拓人!オレの背後に回れ!」


 哲也の指示に一瞬の迷いを見せたが、その言葉を信じて移動する。


 マリアはそれを見て、哲也へ指を向けた。

 そして、先ほどの光線を迷いなく放つ。

 

 向かってくる光の線は、寸分違わず哲也の頭に吸い込まれていった。

 

 

 ——ここに来る前、研究室で拓人に外見が変わった理由を聞いた。

 自分の細胞を変化させて、状況に応じた形を造り出すことが出来るようになったのだと。


 それによって、あらゆる事象に耐性を持つ物質を造り上げることに成功したらしい。

 外見の変化はそれの副産物によるもの。


 哲也が拷問染みた実験の末手に入れたのは、すべての脅威を遮断する絶対的な物質。


「イージス!」


 哲也が腕から真珠色に輝く丸みを帯びた盾を作り出す。

 それがマリアの光線を見事に防ぎ切った。

 

「防御はオレに任せろ!このまま前進するからオマエは距離が詰まったら攻撃しろ」


 マリアが指先をずらして盾のない場所を次々と狙ってくるが、それにも対応し盾を緻密に動かす。


 哲也は、視覚を複眼化させて全身の神経やシナプスを増やし、筋繊維を強靭なものに変化させていた。


 他にも色々説明されたが、詳しい話は専門用語が多すぎて正直全部は理解できなかった。

 わかったのは、俺にとって安心して隣を任せられる相棒だということ。


 それだけで十分だった。


 マリアは攻撃を防がれたことに表情を変えない。

 そしてまた何かを呟くと右腕を大きく振る。


「オル・ハシャマイム」


 その言葉と共に、オーロラのような光の壁が形成されて、床を削りながらこちらに向かってきた。


 逃げ場のない全面攻撃。

 哲也はそれを認識した瞬間、盾の形状を大きくし床へと突き立てた。


「手伝え拓人!」


 盾と光の壁が衝突し、金属を削るような甲高い音が広間に響き渡る。

 二人掛かりで盾を支えて衝撃を抑え込んだ。


 マリアは次々と腕を振るい、光の壁が層を成すほどの波状攻撃を掛けてくる。

 二人は盾を押し込み、ゆっくりと前進しマリアとの距離を縮めていった。


 ようやく、マリアとの距離が目と鼻の先まで縮まった。

 俺は息を深くして攻撃の準備をする。


 だが、盾を押し込みながら前進する俺たちを、マリアは冷ややかに見つめていた。

 翡翠の瞳が妖しく輝き、次の瞬間、彼女の周囲に淡い光の粒子が舞い始める。

 

「妾を侮るでない……これより示すは神の子の力ぞ」

 

 その声と共に、広間の空気が震えた。

 

「ツェヴァオト・オル」

 

 現れた光の粒子は、巨大な翼のような形をつくり、マリアの背後にピタリと張り付いた。

 神々しい少女の背に光り輝く羽が生えたその姿は、まさに天使そのものだった。

 

「来るぞ、拓人!オレから離れるなよ!」


 哲也が叫ぶ。

 

 マリアが指先を軽く振るだけで、翼から光の矢が放たれた。

 それは雨のように降り注ぎ、床や壁を次々と穿ち、石片と閃光が飛び散る。

 

「チッ……!」


 俺はオーラで包んだ拳を振るい、質量を持った矢を弾き飛ばし、哲也は盾をさらに大きく広げて防御する。

 だが、光の矢は、まるで無限に生み出されるかのように降り注ぐ。

 量に押し込まれ、再び距離が開かれてしまった。

 

「クッ……これではジリ貧だな」


 哲也が歯を食いしばる。


 その時、視界を覆いつくしてた矢の雨が止む。

 

 マリアは静かに微笑み、両手を天へ掲げた。


「面倒だ、これで終わりとしようぞ……ディン・エロヒム」

 

 その声で広間全体が光に包まれ、天井から光の柱が降り注ぐ。

 光の当たった建物の金属が、高熱でみるみるうちに溶けていった。

 

 「妾の楽園を拒む愚か者よ……その魂ごと焼き尽くしてくれよう」

 

 光の柱は二人を狙い、逃げ場を奪うように迫る。

 哲也は盾を上に向けて受ける準備をした。

 その下で、俺は拳を握りしめて呼吸を濃密に練り出す。

 

「哲也!防御は任せた、行くぞ!」

 

 黄金のオーラをさらに強くし、体を包み込んだ。

 

「フン、任せろ!オレが道を開く!」

 

 掛け声と共に、マリアから繰り出された圧倒的な光の顕現に挑む。


 光の柱が二人を呑み込み、視界を真っ白に埋め尽くす。

 周囲の温度が跳ね上がる中、哲也の盾がそれを必死に受け止めていた。

 俺は攻撃の機会を待って、汗ばんだ拳を握りしめるが、マリアとの距離がありすぎた。


「クソ!このままだと近づけねぇ!」


 広範囲に絶え間なく注がれる光の柱に隙はない。

 周囲の温度が上昇して、汗が蒸発し始めていた。


「いや、これはチャンスだ」


 哲也が盾を構えたまま俺に耳打ちする。


「さっきの矢と違って、この攻撃には威力があるが物理的な衝撃はない」


 確かに、光を受けている盾は動いていなかった。


「そのことに奴は気づいていない、だが、普通に進めば気づかれてしまうだろう」


「……ならどうする?」


「拓人、オレを抱えて奴のところまで全力で走れ」


「……そういうことか」

 

 俺は頷くと、哲也の細い腰に手を回す。


 俺たちの変化を見ても、マリアは動きを見せない。

 むしろ、愉快そうに微笑んでいた。


「何をするつもりかは知らぬが、無駄なことよ」


「……そうかよ」


 マリアの周囲では、光の柱が轟音を立てながら降り注いでいる。

 反撃されるなんて、微塵も思っていないのだろう。

 

「……確かにチャンスだな」


 深く呼吸をし、足のチャクラをフル回転させ突進する準備をした。

 そして爆発させるように床を蹴りつける。

 

 哲也が支える盾を傘代わりにし、光の中を真っ直ぐに駆け抜け、一瞬で距離を詰めた。

 

「オラァ!吹き飛べや!」

 

 盾の下から低い軌道で突き出した拳が、光に焼かれながらマリアの胴へめり込む。

 衝撃が広間を震わせ、小柄な体が天井へ向かい弾け飛んだ。

 

 その衝撃で術の制御を失ったのか、降り注いでいた光の柱が粒子となって消えてく。

 

 俺は哲也を手放し、マリアの落下に合わせて拳を引いた。

 

「喰らい……やがれ!」


 光の柱から溢れた粒子が、俺の呼吸に吸い込まれる。

 熱も、光も、すべて俺の力へと変わっていく。

 黄金の螺旋が腕を駆け上がった。


「螺旋光拳!」

 

 繰り出した拳が、伸びあがる軌道で無防備なマリアの胴に突き刺さり、そのまま体を貫通した。

 その瞬間、マリアの背後にある光の翼が大きく揺らぎ消えていく。

 

 右腕に少女の体重を感じ、その体から腕を抜いて床へと落とした。


「……殺っちまったか」


 人を殺したことはなかった。

 こちらも殺されそうだったとはいえ、後味の悪い感触が拳に残る。


 血に染まった自分の手を眺めていると、不意に後ろから突き飛ばされた。

 戦闘が終わり油断していたせいで、思わず地面へ倒れ込んでしまう。

 

「グッ……拓人……気を抜くな……」


 次の瞬間、何かを耐えるような声で、哲也から注意をうながされる。


「……なんだ?」

 

 立ち上がって後ろを見ると、哲也の右腕が——消えていた。


「……嘘だろ」


 さっきまで俺を守ってくれた盾が腕ごとない。

 それでも哲也は、俺ではなくマリアを睨んでいた。


「……哲也ぁ!どうしたぁ!!」


「気を抜くなと言っているだろう!アイツはまだ生きているぞ!!」


 焦ったまま正面を見て、目の前の光景に背筋が凍る。


「何を、驚いておる?」


 可愛らしく小首をかしげて、マリアが立っていた。


「妾は神の子ぞ、この程度で死ぬわけがなかろう」


 彼女の腹に空いた穴の縁から、肉が蠢き始める。


 ジュクリ、ジュクリと。


 まるで時間を巻き戻すように、引き裂かれた肉が繋がっていった。


「……嘘だろ」


 思わず呟いてしまう。

 

 彼女の言った『無駄』という言葉の意味を、俺はようやく理解した。


 反撃させないじゃない。

 反撃されたところで、何も問題ないという意味だった。


「さて、続きをしようではないか」

 

 マリアの服に空いた穴からは、すでに白く滑らかな肌が覗いていた。

 それはまるで戦いが始まる前のように、傷ひとつない姿だった。

 

「それとも妾の前に跪(ひざまず)き、頭(こうべ)を垂れて許しを請うか?」


 その顔は確かに慈悲を浮かべていた。


「楽園創造の礎(いしずえ)となるならば、全てを赦し受け入れようぞ」


 だがそれはアキラとは違い、傲慢さから生み出されるもの。


 その言葉に哲也が歯を剥く。

 

「フン!オレはな、理不尽な脅しには屈しないことに決めてるんだよ!」

 

 片腕になっても決して折れない哲也を見て、俺は拳を固く握る。

 

「……ダチがやられて頭下げるなんざ、アウトローとして生きていけねえだろうがよ!」


 二人はマリアを強く睨みつけた。


「ならば妾自ら、あの世へと送ってしんぜよう……」


 エメラルドの瞳に、暗いよどみが映し出される。

 

「なあに、存外悪い場所ではないだろうて、楽しみにするがよい!」


 最終決戦の第二ラウンドは、こうして始まった。

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