変身
オレは拘束され、裸に剥かれて鉄の棺に入れられた。
水の檻の中で呼吸を可能にした能力。
それにペストマスクが興味を持ったからだ。
我ながら常識外な現象を起こした自覚はあった。
たった数分で、人間にはない器官をつくりだす。
それは自然の摂理を超えた行為だった。
オレの生まれ持った能力、そしてなんとしてでも生き延びるという意思。
それらによって、あの状況から生き延びるという奇跡を生み出した。
「……聞こえるかね?哲也くん」
棺の中に響く声。
「私の名前はモーセ。キミにはしばらくの間、私たちの実験に付き合ってもらう」
一方的な通告。
オレはそれを聞いて怒りを覚えた。
「ここから出せ、話はそれからだ」
こういった威圧的な命令が死ぬほど嫌いだ。
だから、そんな命令には全力で歯向かうことに決めていた。
「申し訳ないが拒否権はないんだなぁ。私たちの仕事には奇跡の収集というものがあってなぁ、それに付き合って貰うよ」
その言葉と共に、棺の中に聞こえていた空気の漏れるような音が止まる。
「今、その箱への酸素供給を止めた、だが一時間経ったら、再び酸素を与えよう」
モーセと名乗った男は本気らしい。
「それまで生き延びてくれよなぁ」
どうやらオレは、モルモットへ逆戻りしたみたいだ。
一時間もの間、人が呼吸を止めることなんて不可能だろう。
ならば、先ほどと同じように自分の体を進化させるしかない。
哲也の頭の中で、最適解を導き出す。
——ウミガメだ。
ウミガメは水中に潜ると心拍数が減る。
その回数は一分に二回ほど。
そして、自身で熱を生み出す必要のない外温動物であるから、哺乳類と比べ内温動物よりも代謝率が低い。
それが出来るように体を組み替える。
構造原理はわかっている。
あとはイメージを強く持って変化させるだけだ。
頭の中の知識を総動員させて、突貫で体を造り変える。
哺乳類から爬虫類への変化。
それは何億年もの進化を一瞬に縮める行為。
イメージと共に体が異形へ変わっていく。
手足が短くなり、それと共に胴体部が膨らむ。
肋骨が開き、肺と心臓が肥大化していった。
皮膚は赤茶を帯びていき、硬質化していく。
出来上がったのは巨大な昆虫の蛹のような姿。
「……素晴らしい」
内部の状況をカメラで監視していたモーセから、感嘆の言葉が聞こえた。
「では、一時間後また来るよ、楽しみだなぁ」
そして人の気配が無くなる。
思考にもエネルギーを消費するので、オレは考えることを止め、生き抜くことだけを意識した。
一時間後、宣言通りに棺へ酸素が供給されはじめた。
「おめでとう、キミは見事に奇跡を成し遂げた」
棺に響くモーセの声。
それと共に思考を再開する。
「さて、次は電気を流す実験をしてみようかなぁ」
その楽し気な声に怒りが湧いた。
「いい加減にしろ!ここから出せと言っているだろうが!」
だが、モーセはそれを冷笑で返す。
「出すわけがないだろう、キミは一生ここから出られない。死ぬまで奇跡を見せ続けなければならないのだからなぁ」
その言葉が意味するのは、実験動物としての余生。
いつか必ず来る死に、抗い続けろと告げていた。
「ふざけるな!そんなことが許されるわけないだろう!」
しかし、自分で言って気づく。
法律などまともに機能していないこの状況で、いったい誰がコイツを許さないのだろう。
アキラか?
いや、彼はここに来られない理由がある。
拓人か?
いや、最後に見たのは窒息して連れていかれる姿。
ならば誰が許さない?
——オレだ。
このオレ自身が許さない。
どんな状況だろうが生き延びて、必ずコイツに復讐する。
魂を懸けてでも、必ず果たしてやる。
「次も楽しませてくれると嬉しいなぁ」
モーセの声と共に、体へ微弱な電気が流れ始める。
「ゆっくり電流を上げていくから、感電死する前に奇跡をみせてくれるといいなぁ」
感じる痛みが強くなっていった。
急ぎ対策をしなければならない。
体の表面をゴムのような高分子化合物に変えて、絶縁体として電流を遮断する。
「……本当にキミはすごいなぁ!まるで奇跡の集合体だよ!」
興奮したような声。
だが、それに続くのは無慈悲な言葉。
「それじゃあ次は何をしようかなぁ——」
こうして実験は続いた。
熱に、冷気に、毒ガスに、高重力に。
オレは、ありとあらゆる苦痛を能力と知識で跳ねのけていく。
次々と姿を変化させ、機能を増やし、全てに適応していった。
そしてオレが辿り着いた姿。
それは真珠のように真っ白な球体だった。
もはや生物と呼んでいいのか分からない形態。
「……美しい……奇跡の結晶とでも言うべきなのかなぁ」
モーセは棺の中をカメラで観て呟く。
「なんにせよ、女王へ報告をしておくか」
奴が部屋を出ていく音が聞こえた。
オレは球体と化した姿で、思考だけは絶えず続けていた。
あらゆる脅威を跳ね返した真珠のような外殻。
その中に脳を含む全ての内臓を詰め込んだ。
もはや人間と呼べないだろう。
だが、それは確かに自分自身だった。
しかし、この姿のままではいられない。
それでは復讐を遂げられないからだ。
そのためには、ここから出る手段を手に入れなければならない。
きっと、いまならなんでもできる。
何度も繰り返した進化で、オレは状況を打開できる自信をつけていた。
そして再び進化を始める。
自分にとっての理想の姿、追い求めてきた形。
それをゆっくりと創り上げていく。
作業に集中していたので、どれだけ時間が経ったのかはわからない。
しばらくすると、周囲で激しい音が響き始めた。
分厚い棺を通して、薄っすらと聞こえる人の声。
やがて静かになり、棺の扉が開かれる。
「哲也!」
目の前に飛び込んできたのは血だらけの拓人だった。
おそらくオレを助けに来たのだろう。
命懸けだったのは見ればわかった。
一人で逃げればよかったのに、ボロボロになってまでオレを助けに来た。
そのことがどうしようもなく嬉しかった。
きっと、コイツはオレのことを大切に思ってくれていたのだ。
『俺のことはいい……でも哲也のことは笑うんじゃねぇ!』
あの時、水の中で聞こえた言葉。
それは拓人が、オレをのことを思った怒りの声。
そんな人間はいままでいなかった。
きっと、友達というのはこういう存在なのだろう。
アキラとはまた違う関係。
尊敬はしていないが、それでも自分にとっても大切だと思えた。
「ふん、それだけ傷だらけだと売り物にならんぞ……白長ネギ」
馬鹿にするのではなく、恥ずかしさから思わず口に出た皮肉。
だが、拓人は口を開けたままこちらを凝視して固まっていた。
なぜならオレの姿は、もとの身体とはまったくの別物になっていたからだ。




