アキラ現る
まだ少し涼しさを感じられる初夏の夜。
拓人は目的もなく、横浜の街をバイクで走っていた。
何の刺激も無い生活で、愛車で風を感じている時だけが彼にとって心安らぐ瞬間だった。
ロッドの仲間とつるむのは悪くない。
だが、寄せられる信頼は、心地良さと一緒に居心地の悪さも連れてくる。
皆に望まれているという事実と、いても馴染めない現実に挟まれた生活。
それは嫌でも自分の孤独を浮き上がらせた。
中華街にバイクを止めて、ヘルメットを取ってから辺りの店を見渡す。
時間は夕食時、街は観光客でごった返している。
人混みが嫌いな拓人にとって、そこに混ざるのは苦痛だった。
「……めんどくせぇ」
思わず出てしまう口癖。
晩飯をどこで食べるか考えたが、食欲はあまりなかった。
もともと食が細く、日中に出歩くことがほとんどないせいで、肌は病的なほど白い。
肉の付かないガリガリの体は、身長の高さも相まって余計貧相に見られてしまう。
そのせいで、喧嘩の時には決まって相手からモヤシだの白ネギだのと馬鹿にされた。
マッチョな体に憧れもあったが、茶碗半分で腹が膨れる自分には無理だと諦めていた。
「……オイ!そのバイクと襟足が黒い金髪!テメェはロッドのタクトか!?」
拓人の体とは真逆な、筋骨隆々な体の男二人に絡まれる。
「噂通りのひょろい体で、ずいぶんとゴツい単車コロがしてんじゃねーか!」
男の視線が、愛車のボンネビル・ボバー・ブラックに注がれていた 。
通称BBBと呼ばれるアメリカンバイクだ。
「……失せろ」
こういったことはよくある。
あまり見かけないバイクと、この体型のせいで目立つのだろう。
「ウセロ……?失せろだってよ!聞いたかよオイ!大物気取りでマジウケるぜ!」
男は刺青の入った腕で、仲間の肩を叩きながら笑い声を上げて近寄って来る。
「ハッ!もしかして足が震えてんじゃねぇのか?オイ、単車から降りろ!」
拓人の姿を見ての舐めた態度、これも大体同じ。
だからいつも通り、躊躇なく警棒を叩きつけた。
「ギャアッ!グ、グゥゥ……!」
一瞬で刺青男の腕を折ると、遅れてそれに気付いた仲間の男が焦りを見せる。
「オ、オイ!大丈夫か!?オマエ!いきなり何しやがる!」
拓人は警棒をくるりと回し、ひと睨みした。
「俺の通り名……知ってんだろ?」
『千羽折のタクト』
その名に喧嘩を売るなら骨の一本は覚悟すること。
ここいらじゃそれが常識だった。
「コ、コイツ、マジでいかれてやがる!」
恐怖に駆られて逃げていく男たちを、拓人は憂鬱な気持ちで眺めていた。
「……めんどくせぇ」
昔から暴力を使うと気分が悪くなる。
出来れば平和に暮らしたかったが、自分に出来ることはこれしかない。
だから、生きているだけで自然と暴力の中心になってしまう。
色のない世界。
生きる意味がまるでわからない。
「ほんと……誰か無痛で殺してくれねぇかな」
空っぽの自分が、息を吸ってもいいとは思えない。
だからと言って、自ら死ぬ気力もない。
幼い頃から痛みだけは嫌というほど味わってきたので、出来ればそれも避けたかった。
「もう少し流すか……」
食事をする気分ではなくなり再びメットを被ろうとしたら、ポケットのスマホが振動した。
画面を確認すると、仲間からのメッセージが送られていた。
『おもしろい子つかまえたから、第一倉庫にきて!』
拓人に次ぐ実力を持つ幹部、尾日向 優、通称ビナ。
仲間の中でも一番明るくて、一番若く、一番残虐な奴。
ただ、性格に裏表がまったくないので、人の気持ちを察するのが苦手な拓人にとって、比較的付き合いやすい人物だった。
「……行くか」
ため息をつきながらメットを被った。
期待なんてしていない。
今まで何度も裏切られてきた。
それでも確認せずにはいられない。
もしかしたら——その淡い期待が愛車を走らせる。
その頃、ロッドたちが集まっていた倉庫は異様な空気に包まれていた。
事の発端は、女をナンパした下っ端のメンバー四人が、連れの男に一瞬で倒されたらしい。
倉庫の中には百人ほどの人数がおり、報復のために連れてきたその男を、囲むように見つめていた。
その内の一人がドスの効いた声を張り上げた。
「よく逃げずに付いてきたな……見ての通りここはオレらの溜まり場だ」
この場に漂う妙な雰囲気の理由はハッキリしている。
「用が済んだら帰りたいから、早くしてね」
全員の視線が注がれている人物が、あまりにもこの場にそぐわなかったからだ。
黒髪にシルバーのメッシュが無造作に入った背の低い男。
その姿はどうみても中学生くらいの少年だった。
しかも、彼はこの絶体絶命の危機であっても柔らかな微笑みを浮かべていた。
「このガキ!余裕ぶってんじゃねぇぞ!」
先ほど、少年と揉めた末に一人だけ逃げ帰った男が声を荒げる。
すると集団の中から、周りに比べて頭ひとつ小柄な人物が、男を押しのけるようにして前に出てきた。
幼さの残る顔立ちは、女性アイドルのように愛らしい。
髪はミディアムのアシンメトリーで、黒の革ジャンにダメージジーンズを着こなしていた。
「へー、この子がキミたちをぶっ倒したって子ー?ちっさーい」
軽快でやや高めの声を上げると、ニコニコしながら舐めるように少年を見回す。
「ビナさん!……今回のことはスイマセンでした!」
少年に脅しを入れたメンバーが、慌てたように頭を下げる。
それと同時に、倉庫内へ何かが折れたような鈍い音が響いた。
「ギャッ!」
男は悲鳴を上げ、肩の辺りを抑えながら床に倒れ込む。
「ダーメでしょー、こんなおこちゃま相手に逃げちゃー」
ビナと呼ばれた男を見ると、いつの間にかその手には伸びた特殊警棒が握られていた。
おそらくそれで鎖骨を折ったのだろう。
だが、そのことに悪びれもせず、顎をしゃくって男を退けると周囲に声をかける。
「この子に負けたメンバー、しゅうごー」
その号令に、蒼ざめた顔で必死に駆け寄る男たち。
「キミたちはー逃げないで負けたからー選ばせてあげるー」
これから起こる事がわかっている男達は、体を強張らせていた。
「どの骨がいーい?」
男たちは揃って悲痛な顔を浮かべて答える。
「指でお願いします……」
「自分もそれで……」
「自分も……」
そう言うと、指切りをするように震える手で一斉に小指を差し出した。
その姿に、ビナはやや不満げに口を尖らせる。
「キミたちつまんなーい、もっと折りがいのある骨がいいんだけどなー」
不満げな顔をして、差し出された指を躊躇なく警棒で叩く。
「骨の折れる音ってさー、なんか落ち着くんだよねー」
次々と聞こえる小気味いい音と共に、男たちのくぐもった声が響いた。
「お仕置きしゅーりょー、下がっていいよー」
手をシッシと払うようにして、青褪めた顔の男たちを追い払う。
そして、ようやく少年の方を振り向いた。
「さーて、待たせちゃったねー、おどろいたかなー?」
反応を楽しむようにニヤニヤと笑う。
「うん、若いのにちゃんと教育してるんだね。感心したよ」
一連の流れを見ても微笑みのまま答える少年に、ビナは目を輝かせる。
「わかってくれるんだー!そーなんだよーこれは教育なんだよー!」
うんうんと嬉しそうに頷くその姿には、悪意が欠片もない。
それに対し、少年も同じように頷きながら、柔らかく告げた。
「兵隊って、敵に負けたら死ぬし、敵前逃亡は死刑だし、君は偉いね」
それを聞いて、ビナのニヤついた顔が一瞬で張りつめる。
「……それ本気で言ってるよね?すごいな、キミ」
先ほどまでの笑顔を消して、あらためて探るようにアキラを見つめる。
「ぼくはねー、このロッドっていうチームの幹部で、尾日向優っていうんだー」
軽い自己紹介をしながら、手に持った警棒を器用に回して見せる。
「ビナって呼んでくれていーよー、名前は優しいけどー、全然ちがうしー」
その眼差しは一瞬たりとも警戒心を弛めない。
「僕は一条アキラ、よろしくね」
少年は、当たり前のように自己紹介を返した。
「そっかー、アキラかー……ねぇ、キミさ、ボクたちの仲間にならない?」
ビナによる予想外の提案に周囲がザワつく。
「アキラのこと気に入っちゃったー、このチームに入ってくれるならー、今日のことは水にながすよー」
手で水が流れるような仕草をしておちゃらけてみせる。
「ボクは強くておもしろいヤツが大好きなんだー、うちのヘッドも気に入るとおもうんだよねー」
どうやら本気で勧誘しているらしい。
その誘いに、アキラは少し困ったような顔で返答する。
「嬉しいけど横浜まで通うのはちょっと無理かな。僕は大田区に住んでるから、家の近くで集合するならいいよ」
それを聞いて、ビナは大げさに肩を落とす。
「それじゃダメー、キミのためにシマをうつすってー、それもうキミがヘッドだもん」
そして、ゆっくりと首を鳴らした。
「じゃあさー、最後にいっこ聞いてもいーい?」
警棒を上に投げ、空中でくるりと回し、右手でしっかりと受け止める。
「なに?」
「アキラはボクより強いかな?」
ビナは大きな目を糸のように細めた。
「うん、僕より強い人類はいないからね」
アキラは朗らかな顔で、当たり前のように口にする。
どう考えても冗談にしか聞こえないセリフ。
だが、その場にいる人間は誰一人笑わなかった。
なぜならそう告げた彼の雰囲気が、あまりにも自然体だったからだ。
「……そっか、やっぱキミ……さいこー!」
ビナが口角を吊り上げて笑う。
「じゃーあー……試しちゃお!」
次の瞬間、虚を突くように間合いを詰め、アキラに警棒で襲い掛かった。
誰もが姿を見失うほどの速さだったが、なぜかビナはそのまま床に倒れこんだ。
頭を打たないようにアキラの介助付きで。
周囲の人間には、何が起きたのかまるでわからなかった。
「いい攻撃だけど、殺気は抑えようね」
アキラは、すでに意識が無いビナを支えながら、優しく語りかける。
周りの男達は呆気に取られて、声も出せずにいた。
戦いだったのかすらわからない。
ただひとつ確かなのは、組織の幹部が一瞬で倒されたという事実だけだった。
メンバーたちは、これからどうすればいいのか戸惑い、指示を仰ぐように他の幹部を見る。
そんな中、アキラが周囲を見渡して軽く手を上げる。
「もう帰っていい?」
あまりにも自然に問うと、一人の大柄な男が前へ出てきた。
「……ちょっと待て、もうすぐヘッドがここに来る」
「それ、待たなきゃダメかな?」
大男は、睨みを利かせながら告げる。
「どうしても帰るというなら、ここにいる全員が相手になるぞ」
「べつにいいよ」
アッサリと返された声を聴いて、大男の全身から冷汗が噴き出た。
アキラの返事は、決して威圧や脅しをのせた言葉ではない。
だが、その声色には恐れという感情が欠片も乗っていなかった。
もし自分が同じ状況なら、こんなにも落ち着いてはいられないだろう。
これだけの人数がいても負ける。
そう感じさせる何かが少年にはあった。
自分たちでは留まらせる事が不可能だと察し、思わず帰っていいと口を開きかける。
すると、倉庫の入り口から一台のバイクがゆっくりと入ってきた。
排気音は低く倉庫に響き、入り口を塞いでいた人垣が綺麗に割れて道を作る。
現れた人物に対し、大男があからさまに安堵の表情を見せた。
バイクは入り口付近でゆっくりと止まり、最後に重低音をひとつ吐き出すとエンジンを切る。
そして拓人は、一条アキラと初めて出会った。




