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第3話 「脱出時間10分。昭和の廊下はダンジョン化する」

26:名無しさん@ゲーマー:202X/08/03(月) 19:42:00.15 ID:x8J9aK10

 おいスレ主!!

【持ち帰り地点:玄関(8m)】って出た直後にドアがガタガタ言い出したってマジかよ!?

 お前の家、今マジでどうなってんだよ!?


27:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/03(月) 19:42:35.88 ID:Assembler

 落ち着け。これが『黄泉からの脱出』の本質だ。

 ゲーム内で拾った戦利品を持ち帰るには、指定された脱出地点まで生き延びて到達しなければならない。

 ……つまり、スレ主の家は今、ゲームの『レイド領域』に指定された。


28:名無しさん@ゲーマー:202X/08/03(月) 19:43:10.02 ID:8bitLove

 冗談だろ!? 八畳間から玄関までの廊下が、そのままダンジョンになったってことか!?

 スレ主、廊下の引き戸開けられるのか!?


――


ガタガタガタッ!!


 引き戸を叩く不快な振動が、畳を通じて俺の足裏に伝わってくる。

 ドアの向こうから響く「ザッ……ザッ……」というノイズの足音は、すでに向かいの洗面所や台所まで溢れ返っているようだった。


「陸、ドアが開かない! 取っ手がガチガチに固まってて……っ!」


 葵が体重をかけて引き戸の取っ手を引っ張るが、木枠はピクリとも動かない。


「落ち着け葵。脱出シューターのドアロックは……力で開けるもんじゃない」


俺は右手で、畳の上に転がっていた『ノイズの核』——拳大の漆黒の鉱石を拾い上げた。

冷たく重い鉱石の表面に、かすかに赤と黒のドットノイズが明滅している。


「葵、インベントリ画面を開け。……俺の右手でセレクトボタンを押す」


「えっ……うん!」


  葵がブラウン管の前に身を乗り出し、画面を凝視する。


  俺は互換機のコントローラーを右手に抱え込み、セレクトボタンをカチリと押し込んだ。


  画面に四×四のマス目——インベントリが展開される。

 そこには、さっき実体化したはずの『錆びた包丁』と『ノイズの核』のアイコンが、そのまま残っていた。


【所持アイテム】

・[錆びた包丁] (1×2マス)

・[ノイズの核] (1×1マス)


「陸! 『ノイズの核』のところにカーソル合わせたら、新しいコマンドが出てる!」


葵が画面を指さす。


【ノイズの核】

[説明:歪んだ空間を固定する呪詛の鉱石]

・使用

・合成

・☆鍵解除


「やっぱりな……! 鍵解除だ!!」


 俺は迷わずAボタンを連打した。


ピピピッ!


 ブラウン管から甲高い電子音が響くと同時に、俺が右手で握りしめていた『ノイズの核』が、激しい黒煙を上げてサラサラと黒い砂へと崩れ去った。


ガコンッ!!


 目の前の引き戸から、重い錠前が外れたような金属音が鳴り響く。


「開いた……!」


 葵が目を見開く。


「よし、出撃だ! 包丁を持て!」


 俺は畳に落ちていた『錆びた包丁』を右手で拾い上げ、柄を固く握りしめた。


 引き戸を勢いよく横に滑らせる。


「ヒッ……!?」


 葵が短い悲鳴を上げて息を呑んだ。


 引き戸の向こう——普段なら見慣れた実家の薄暗い廊下。

 だが、そこはもはや俺の知っている家ではなかった。


 柱や壁の表面が、粗い緑と灰色のドット絵で削り取られたようにノイズ化している。


 天井の電球はチカチカと不気味に明滅し、廊下の突き当たり——

 わずか八メートル先の玄関扉が、まるで底なしの深淵のように遠く見えた。


 そして、狭い廊下の闇の中から、ゆらりと複数の影が立ち上がる。


 名前の表示は『歩く者』『這う者』。

 顔が赤と黒のドットで潰れた人型の怪異が、三体。狭い廊下を完全に塞ぐように蠢いていた。


『ザッ……ザッ……ザッ……』


「三体……っ! 陸、狭くて避けられないよ!?」


 葵が俺の背中にしがみつき、震える声で叫ぶ。


「狭いのは敵も同じだ! 葵、スマホでスレを見ろ! 解析班の指示はあるか!?」


 葵がスマホを片手で素早く高速フリックし、恐怖を押し殺した澄んだ声で要点を叩きつける。


「スレの解析班から最新情報! 『這う者』は足元狙い、攻撃直前にノイズ音が長音化! 『歩く者』二体は右側に軸ズレして挟み込みを狙ってくる!」


「軸ズレまで計算してんのかよ……! サンキュー葵、助かる!」


「感謝はあと! 陸、左の『這う者』から処理して! 3秒後に跳ぶよ!」


 この手のゲームには疎いはずだが、市役所の窓口で毎日数百通の書類を裁いてきた彼女の処理能力が、今や最高のナビゲーションとして機能し始めていた。


「了解だ……! 一体ずつ潰す!!」


 俺は右腕を前に突き出し、包丁の刃先を『這う者』へ向けた。


 床を這いずるドット絵の怪異が、素早い動きで畳から廊下の板張りを蹴り、俺の足元へ飛びかかってくる。


ジジジジジジッ……!


 不快なノイズ音が急激に高音へと跳ね上がった。


(今だ……!)


「死ねッ!!」


 俺は身体を捻り、右手の包丁を床スレスレへ一閃させた。


8bitの粗い攻撃判定が、飛びかかってきた『這う者』のドットの頭部に真っ直ぐ噛み合う。


ガガガガガッ!!


【痛恨の一撃! 24ダメージ!】

【『這う者』の体力が 0 になりました】


 ギャギャギャッというノイズと共に、一体が黒い塵となって消滅する。


「あと二体! 上から来る!!」


 葵の叫びと同時に、残る二体の『歩く者』が腕を伸ばし、同時に間合いを詰めてきた。


 左腕が動かない以上、ガードはできない。

 直撃を受ければ、今度は右腕か脚をロストして即ゲームオーバーだ。


「陸、右! 右の壁に下がって!!」


 葵が俺の服の裾を強く引っ張り、強引に身体を右壁へ引き寄せた。


 すれ違いざま、怪異のノイズの手が俺の左肩をかすめる。


 ピピピッ!


【警告:すれ違いダメージ 5】


「くっ……!」


 すれ違った瞬間、俺はすかさず右手の包丁を横一文字に薙ぎ払った。


ガガガッ! ガガガッ!


 狭い廊下で重なり合っていた二体のドット絵が、まとめて包丁の攻撃判定に巻き込まれ、激しいノイズ音を上げて同時に崩れ落ちた。


【連続撃破! 経験値獲得】

【廊下の敵反応、全消滅を確認】


「はぁ……はぁ……っ!」


 俺は廊下に膝をつき、激しい息を吐き出した。

 葵のスマホ画面には、狂ったような速度でスレ民のレスが流れ落ちていた。


29:名無しさん@ゲーマー:202X/08/03(月) 19:48:12.00 ID:x8J9aK10

 うおおおおお!? 狭い廊下で3体まとめて薙ぎ払いかよ!?


30:名無しさん@ゲーマー:202X/08/03(月) 19:48:30.12 ID:8bitLove

 片手持ちでノイズの攻撃前兆聞き分けて合わせるとか、スレ主のゲーマーIQ高すぎだろwwww


31:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/03(月) 19:48:55.40 ID:Assembler

 見事なヒット&アウェイだスレ主。……だが、油断するな!


 右手一本で全重量を支えて攻撃を繰り出したため、右腕の筋肉が悲鳴を上げている。だが、止まっている暇はない。


 ブラウン管のスピーカーから、無慈悲なカウントダウン音が廊下まで響いてくる。


ピッ、ピッ、ピッ……


【脱出制限時間:残り 03:12】


「陸、立てる!? 玄関まであと少しだよ!」


 葵が肩を貸し、俺の身体を引き上げる。


「ああ……行こう……!」


 俺たちはノイズの塵が舞う廊下を駆け抜け、八メートル先の玄関扉へと手を伸ばした。


 ドアノブを掴む。

 ガチャリ、と金属音が響き、外の真夏の夜気が部屋の中へと流れ込んできた。


「開いた! 陸、出られたよ!!」


 葵が歓声を上げた、その瞬間だった。


32:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/03(月) 19:50:00.12 ID:Assembler

 スレ主、待て!! 玄関から出るな!!

 ROMのメモリマップを再検証した。このゲーム、脱出地点の判定は『ドアを開けた瞬間』じゃない!!


33:名無しさん@ゲーマー:202X/08/03(月) 19:50:40.55 ID:x8J9aK10

 え……? どういうことだよアセンブラ!?


34:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/03(月) 19:51:15.88 ID:Assembler

 脱出地点の真の条件は『持ち帰った戦利品を清算すること』だ。

 スレ主、お前……さっきの戦闘で拾った戦利品、全部回収したか……!?


――


「え……?」


 俺はハッと息を呑み、葵が掲げるスマホの画面を見下ろした。


 そして、己の右手を見下ろす。


 握りしめているのは、耐久値の減った『錆びた包丁』一本だけ。


 さっき廊下で倒した三体の怪異が消えた場所に、紫色の怪しい光を放つ『新しいドット絵のアイコン』が、三つ転がったまま残されていた。


【警告:回収されていない戦利品が存在します】

【未回収アイテム:[壊れたラジオ×1] [黄泉の銅貨×2]】

【戦利品を放置したまま脱出する場合、ロストした左腕は永久に還元されません】


「永久に……還元されない……?」


 葵が息を飲み、俺の顔と廊下に転がる紫の光を交互に見つめた。


 そして、玄関の外——真夏の静かな住宅街の暗闇から――

 ドスッ……ドスッ……と、今までとは比べ物にならない『巨大な足音』が、実家の敷地内へ向かって近づいてくるのが聞こえた。


 ブラウン管の警告メッセージが、鮮血のような赤色で明滅する。


【危険:エリアボス『黄泉の門番』が接近中】

【制限時間:残り 01:30】


「はは……マジかよ……」


 激痛と疲労で膝がガクガクと震えている。

 なのに——俺の口角は、抑えきれずに吊り上がっていた。


「ボス戦の直前に『完全クリアの報酬』をチラつかせてくるとか……最高に根性の曲がった神ゲーだな」


「陸……? 嘘でしょ、笑ってるの……!?」


「当たり前だろ。腕一本取られたままで妥協して脱出とか、ゲーマーのプライドが許さねえよ」


 俺は血の混じった唾を畳に吐き捨て、右腕で固く包丁を握り直した。


「葵、スマホを構えろ。……ドロップ素材を全部回収して、完勝で生還(イグザジット)するぞ」


——脱出レイド、クライマックスへ。


――続く。

――――


【ステータス】

・プレイヤー:真壁 陸

・HP:[頭:100] [胸:100] [右腕:95] [左腕:0(ドット化/固定)] [右脚:100] [左脚:100]

・所持品:[錆びた包丁(耐久:3/10)]

・現在のミッション:【未回収戦利品の回収および『黄泉の門番』の撃破】(残り時間 01:30)

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