警告
会社の飲み会に毎回出席するものの、人に関心のない平野は、同僚たちと会話していても適当に相槌を打つだけで、内容などほとんど聞いていなかった。
酔っぱらってほざいているやつらの話なんて中身なんかないだろ。
平野は親身に聞いている体で内心こんなことをいつも思っている。
ある夜の飲み会で同僚の尾木が話しかけてきた。
同じ部署とはいえ、それほど親しくない男だったが、今夜はやけに親し気に絡んできた。
もともと話し好きらしく誰とでもすぐ打ち解けるやつだが、ころころ相手を変えて深く話し合っているところを見たことがないので、真の友人と呼べる者はいないのだろう。
だが、自分と係わりのある人間ではないので、正直どうでもよく、彼の人間性をそれ以上考えたりはしなかった。
面倒臭いな……他のところへ行けよ。なんで俺なんだよ。
気安く笑いかけ、耳元で話しかけて来る尾木に対して思うのはそれ。
俺もこんな人間だから真の友なんていないよ。いないけど欲しいとも思ってない……まさかこいつ、俺と友情を築きたいとか考えてないよな……迷惑なんだけど……
そう思ったものの、話の内容は上司や同僚たち――特に優秀で出世間違いなしの稲葉――の愚痴ばかりだったので、友人になりたいのではなく、ただ単にストレスの捌け口にされているだけかと納得した。
それにしても、誰とでも打ち解ける尾木なのに、なぜ会話の相手が長続きしないのかと思っていたが、理由がわかった。
不快になるのだ。
平野は最初からまじめに聞いてはいなかったが、聞き摘んだ所を繋げると、稲葉に成果を盗られたという妄想のような愚痴ばかり。しかも、本当は自分は優秀なのに、稲葉に貶められ続けていると。
被害妄想だと言いたかったが、そこから話が広がっていくのも億劫で、それ以上聞く気になれなかった。
うんざりした平野の耳には、後半の尾木の愚痴はほぼ店内の騒めきと同化していた。
カランっ
グラスの中で崩れる氷の音がやけに大きく聞こえた。
「……って……いかな?」
「え? あ? うん……」
何を言ったのか聞き取れなかったが、いつものように適当に返事をした。
それで納得したのか、ようよう話を終えた尾木は別のテーブルへと移動していった。
数日後、いつもと変わらぬ朝。
朝食を摂りつつ見る朝のワイドショーでは、昨夜起きたという殺人事件のニュースが映っていた。
被害者の写真に箸が止まる。
「稲葉……?」
続けて加害者の名前のテロップが出て、さらに平野は驚愕した。
「尾木っ?」
その時、インターホンが鳴った。
開けたドアの前に立っていたのは刑事で、尾木の事件の共犯者として平野を連行しに来たらしい。
尾木の取り調べで、相談事をした平野に殺人を後押しされたというのだ。
思い詰めるあまり放った「殺ってもいいかな?」という言葉は、尾木にとってその時はまだ冗談の範疇だった。だが、平野の肯定により覚悟が決まり実行に移した――肯定がなければ殺っていなかったと。
あの時の平野は苦い表情で尾木の話に何度も頷いていた。平野も稲葉に思うところがあったに違いない。だから、稲葉を殺したのは二人の意志だと。
刑事の話を聞きながら、戸惑うばかりの平野の頭の中で、あの時の氷の音が大きく響いた。
了




