手から手へ
ハルドの家を出て丘を下ると、すぐに広場に到着した。村の中央にある広場には、すでに村の職人たちが荷車を並べていた。特産の木材を使った家具のほかに、薬草や編まれた籠、湖でとれる魚の燻製、カルパの肉など、それぞれが自分たちの商品を持ち込んでいた。
市のような賑わいではなく、ヘルミオ商会との定期的な取引だ。ヘルミオが直接職人たちと言葉を交わして、商品を確認する。人々は慣れた様子で品を運び代金を受け取っていた。
フィルは二台の馬車の間を忙しく動きながら、荷物を受け取ったり積み込んだりしている。
フィーネとセレナがやってきたことに気が付いたヘルミオが手招きした。
「フィーネ、ここへ」
ヘルミオが座っている場所の隣に、もう一脚椅子が置かれていた。フィーネはそこに座ると、人々のやり取りを見たり、ほんの少しだけ帳面に記録する手伝いをした。
しばらくすると、ヘルミオのもとに並ぶ列が途切れた。最初に持ち込まれた品の確認と受け取りが、一段落したらしい。
「この村は、木こりと木工職人が多い村なのです。この辺りの森で切り出された木は、乾燥させと加工をし、家具や道具などさまざまに姿を変えて、私の商会を通して各地に運ばれます」
「この辺りの木にどんな特徴があるんですか」
「そうですね、乾燥してもひびが入りにくく、独特の香りがあって、それが虫をよせつけないのです。王都でもとても人気がありますよ」
「この森はとても大きい森ですけど、切ってしまって大丈夫なんですか」
フィーネは広場の向こうに広がる森の方を見た。
「エルカディアの森は、基本的に伐採が禁じられています。ああ、炭焼きや必要最低限の暖房、料理に使う分は例外ですよ」
「そうなんですか」
「ええ。そういう意味ではこの村は特別です。昔から森の管理を任されてきましたから。植えて、育てて、そして切る。そうやって何代も森を守ってきたのです。この辺りの森が今も安定しているのは、その積み重ねのおかげですよ」
商会の馬車の荷台に置かれた家具と森を交互に見ながらヘルミオが言った。
「さて、ここからは私から職人への注文の時間です」
その言葉を合図に、近くで待っていた職人たちが順番に進み出た。広場の空気は、フィーネが来た時よりも、落ち着き始めていた。
ヘルミオは、大きな図面や計算用の石板を使って、必要な品や数を職人たちへ伝えていく。同じ木工職人でも、気にするところはそれぞれ違うらしい。
木目の入り方にこだわりがある者、図面の中の数字を気にする者、納期の短さにぼやく者。ヘルミオは、全員に手を抜くことなく丁寧に対応していった。
商人見習いのリオネルは、ヘルミオの横で図面や帳面を整理しながら、職人ごとの注文内容を書き留めていた。
フィーネはそのやりとりを見ながら、エルカディアの村にあった命の樹のことを思い出した。エルフはそれぞれの役目を与えられて命の樹から生まれ、いつか還る。この森の木も、ここで育てられ、切られ、加工されて人々の暮らしを支える。そしていつかは土に還るのだ。
そんなことを考えながらふと隣を見ると、セレナが先ほど職人の持ってきた、まだ荷台に移されていない椅子を眺めていた。
「これ、いいわね。この背もたれのカーブが絶妙だわ」
「家具を見るの、好きなんですか」
「そうね。王都で冒険者をしていた頃は、泊まるなら宿だし、依頼があれば野営でもなんでもって感じだったから。ちょっと根無し草みたいでしょう?」
セレナは椅子の背を軽く撫でる。
「だからかしらね。家具って、家っていうか、落ち着きを感じて好きなのよ」
「……なんとなくわかる気がします」
椅子に触れるセレナの手つきは、どこか大事なものを扱うように見えた。ふと視線を上げると、広場の端でゴローが誰かと話していた。荷馬車の陰になっていて、相手の顔まではよく見えない。
ただ、商人らしい男が何度か頭を下げ、ゴローは何か指示しているように見えた。その姿は、まるで仕事中のヘルミオたちに近い空気をまとっている気がした。
――ゴローちゃん、何してるのかなあ。
フィーネが立ち上がろうとしたところで、ヘルミオが声をかけてきた。
「フィーネ、ここはしばらく時間がかかります。湖を見てきてはどうですか」
「ああ、そうなのですか。では、そうします」
セレナがフィーネを見てうなずいた。
「フィーネ、フィルを呼んでくるからちょっと待ってて」
「はい」
フィーネの返事を最後まで聞くより早く、セレナはフィルを呼びに走っていった。
セレナの背中を見送りながら、フィーネは広場をぐるりと見回した。働く人たちの姿は、それぞれ全く違って見えた。それなのにこの広場からは、一つのまとまりのようなものが感じられた。




