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婚約した瞬間に破滅未来を思い出した悪役公爵令嬢ですが、婚約解消を目指しているだけなのに何故か好感度が上がっていきます  作者: 玉響すばる


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第5話 社交に向いていない令嬢を目指します

 エウフェミアは、机の上の紙を見つめながら深々とため息をついた。


 婚約解消に向けた方策一覧。


 そこにはすでに、痛ましい現実が記されている。


 王子に距離を取る

 →慎み深いと評価され失敗


 静かな場所が好きだと伝える

 →内省的で高評価


 婚約は重いと話す

 →真面目で信頼できると解釈される


「……どうしてそうなりますの」


 切実な呟きが漏れた。


 エウフェミアとしては、ただただ 『この令嬢は王妃には向きません』 と穏便に理解していただきたいだけである。


 なのに、何をしてもだいたい 『未来の王妃として素晴らしい』 に変換されてしまう。


 だが落ち込んでばかりもいられない。


 断罪回避のためには、試行回数が必要だ。


 失敗したら仮説を修正する。前世の自分もそうやって生きてきた。


 つまり次の作戦である。


 今回の狙いは、社交だ。


 王妃に必要なのは、礼儀だけではない。人前に立ち、多くの貴族と円滑に関係を結ぶ力もいる。


 逆に言えば、社交に向いていないと思っていただければ、婚約解消の余地が生まれるかもしれない。


 今までの失敗から学んだ。


 王子相手では駄目だ。あの方は解釈が特殊すぎる。


 ならばまずは周囲からだ。


 社交の場であまりにも控えめ。


 華やかな会話に向かない。


 前へ出るより後ろに引く。


 そういう令嬢だと思われれば、少なくとも 『王妃向き』 の一点張りにはならないはずだ。


 完璧である。


 少なくとも、今のところは。


「お嬢様、お時間でございます」


 セシルが扉の向こうから声をかけた。


 今日は、公爵夫人であるロザリーから基礎的な社交作法を学ぶ日だった。


「……ええ、参りますわ」


 ロザリー公爵夫人の私室は、今日も非の打ち所なく美しかった。季節の花が飾られ、テーブルには繊細な銀の茶器が並び、香り高い紅茶の湯気が光の中に溶けている。


「いらっしゃい、エウフェミア」


 母は穏やかに微笑んだ。


「今日は堅苦しいお勉強ではありませんの。まずは、来客の前でどう振る舞うかを練習してみましょう」


「はい、お母様」


 エウフェミアは素直に席に着く。


 ここでも大事なのは、目立たないことだ。


 自分から話しすぎない。


 無理に華やかに見せようとしない。


 あくまで、控えめで、社交の中心にはなれない令嬢を演じるのだ。


 ところがロザリーは、そんな娘を見つめてやわらかく言った。


「まず覚えておいてほしいのは、社交とは自分が目立つことではなく、場を乱さず相手に心地よく過ごしていただくことです」


 エウフェミアは、ぴたりと固まった。


 あら。


 それでしたら、むしろ前世の自分はそちら寄りだったのではなくて?


 華やかな会話の中心になるタイプではなかった。むしろ相手の話を聞き、空気を読み、場が変な方へ行かないように気を配る方だった。


 つまり今作戦としてやろうとしている 『控えめな令嬢』 は、わりと素である。


 まずい気がした。


 とてもまずい気がした。


「たとえば年上のご婦人が、ご自身の庭園について楽しそうに話していらしたとしましょう。その時、あなたならどう返す?」


 ロザリーが問う。


 エウフェミアは考えた。


 ここで大事なのは、あまり有能に見せないことだ。だが、無礼にもなれない。


「……素敵なお庭ですのね、と申し上げます」


「それもよいわね。でも、もうひとつ添えられるともっと良いわ」


 ロザリーは優雅に微笑む。


「たとえば、お花のお世話は季節ごとに大変なのでしょうね、とか。今年はどのお花が一番美しく咲きましたの、とか。相手が気持ちよく話せる問いを返すの」


 エウフェミアは内心で頭を抱えた。


 ああ、駄目だ。


 完全にそちらのほうが得意である。


 聞き役に回る。相手が話しやすくなるように返す。目立たずに会話を回す。


 これでは社交に向いていないどころか、地味に適性があるのではなくて?


「では、やってみましょうか」


 ロザリーが楽しげに言った。


「わたくしが客人役をいたします」


 そうして始まった簡易的な会話の練習は、エウフェミアにとって思いのほか難敵だった。


 難しいのではない。自然にできてしまうのが難敵なのだ。


「まあ、この前の雨で薔薇が少し傷んでしまって」


「それはお心を痛められましたでしょうね。今年は天候も読みにくいと聞きますもの」


「ええ、でも白薔薇だけはよく持ちこたえてくれて」


「きっと丁寧にお手入れをなさっていたからですわ。白薔薇は遠くから拝見しても美しゅうございますもの」


 ロザリーが小さく瞬きをした。


 エウフェミアはぎくりとする。


 しまった。今のはちょっと自然すぎた。


「……エウフェミア」


「は、はい」


「あなた、聞くのが上手ね」


 終わった。


 いや、まだ終わってはいないが、よくない方向へ進んでいる。


「そのようなことは……」


「相手の話を遮らず、感情を受け止めて、それから無理のない問いを返しているもの。とても大切なことよ」


 ロザリーは感心したように娘を見る。


「以前のあなたなら、自分の話を優先していたでしょうに」


 胸が少しだけ痛んだ。


 以前のエウフェミアは、まだ前世の記憶が戻る前の、気位が高く、子どもらしい我儘さの強い少女だったのだろう。


 だがこのまま成長すれば、確かに断罪ルートに入りそうだったのも事実だ。


「……今は、きちんとお話をうかがうほうが大切だと思うようになりましたの」


 それは本音だった。


 高慢な悪役令嬢にならないためにも、聞く姿勢は必要だ。


 必要なのだけれど。婚約解消には向いていない気がする。


 練習を終えたあと、ロザリーはすっかり上機嫌だった。


「控えめなのに、場の流れをきちんと整えられるのね。素晴らしいことだわ」


「……そう、でしたかしら」


「ええ。近いうちに、ほんの小さなお茶会なら出してみてもよいかもしれないわね」


「はい?」


 エウフェミアは顔を上げた。


「実践です。親しい方だけの小さな席なら、今のあなたでも十分やれるわ」


 待っていただきたい。


 今の自分に必要なのは実践ではない。婚約解消へ繋がる失敗である。


 なのに今の流れだと 『社交でもやれる』 という結論になってしまう。


「お母様、わたくしにはまだ少し早いのでは……」


 エウフェミアは慎重に、しかしできるだけ後ろ向きに言った。


「わたくし、あまり器用ではございませんし」


 これならどうだろう。


 自己評価は高くない。前に出る気もない。社交向きの華やかさも足りない。


 だがロザリーは、むしろ嬉しそうに頷いた。


「そういうところが良いのよ」


 なぜ。


「自分を過大に見せない子は、伸びるわ。しかもあなたは、できないと言いながら相手に恥をかかせないでしょう?」


 駄目だ。


 母もまた、解釈が妙に前向きである。


 そこへ、部屋の外から使用人が訪れた。


「奥様、お客様がお見えです」


「あら、ちょうどよかったわ。実践してみましょう、エウフェミア」


 やめていただきたい。


 心の準備ができていない。


 だが時すでに遅く、案内されてきたのはロザリーと親しい伯爵夫人だった。柔らかな笑みを浮かべた上品な婦人である。


「娘のエウフェミアです」


「まあ、婚約が決まったばかりの」


 伯爵夫人が優しげに目を細める。


「少し見ない間に、なんて落ち着かれたのでしょう」


 やめてほしい。その導入はもう高評価の気配しかしない。


 エウフェミアは丁寧に礼をした。


「お目にかかれて光栄ですわ」


 伯爵夫人は年下の公爵令嬢に向かって穏やかに話しかけてくる。庭のこと、最近の気候のこと、ロザリーとの昔話。


 エウフェミアは、目立たず、出しゃばらず、失礼のないようにと心がけて応じた。


「今年は風の強い日が多うございましたもの」


「ええ、本当に。うちの庭の花も倒れてしまって」


「それは大変でございましたわ。でも、きっと丹精なさっていらっしゃる分、次のお花はより美しく咲くのではありませんか」


「あら、優しいことを言ってくださるのね」


 伯爵夫人が和んだように笑う。


 ロザリーも満足そうだ。


 エウフェミアは内心で青ざめた。


 駄目ですわ。これ、たぶん失敗しておりませんわ。むしろうまくいっておりますわ。


 最悪ですわ。


 しばらく会話が続いた後、伯爵夫人は帰り際にしみじみと言った。


「エウフェミア様は本当に聞き上手でいらっしゃるのね。小さな淑女そのものだわ」


「ありがとうございます」


 ロザリーが嬉しそうに応じる。


「婚約の後、ぐっと落ち着いてくれて」


「王家に入るご覚悟がおありなのでしょうね」


 違います。


 断罪されたくないだけです。


 だが当然、その叫びは誰にも届かない。


 伯爵夫人が帰ったあと、ロザリーは娘を抱きしめんばかりの勢いで言った。


「素晴らしかったわ、エウフェミア」


「……そう、でしたかしら」


「ええ。あなた、自分では控えめにしているつもりなのでしょうけれど、それがちょうどよいの。相手を立てながら場を整えられるのは才能よ」


 才能。


 言われたくない言葉だった。


 王妃向きではない方向に寄せたいのに、地味な適性が次々と発掘されている。


 部屋へ戻ると、セシルがもう目をきらきらさせていた。


「お嬢様、お見事でした……!」


「見事ではありませんわ」


「でも、お相手の伯爵夫人様、とても楽しそうにしていらっしゃいました」


「それは……伯爵夫人様が優しいからですわ」


「それもあるでしょうけれど、お嬢様がきちんとお話を受け止めていらしたからです」


 セシルは胸の前で手を組んだ。


「控えめなのに、ちゃんと場が明るくなるのです。すごいことです」


 やめてほしい。


 そんなふうに要約されると、ますます 『王妃教育に適性あり』 みたいな響きになってしまう。


 エウフェミアは机に戻り、例の紙を開いた。


 婚約解消に向けた方策一覧。


 そこへ、新たに書き足す。


 社交で控えめにする

 →聞き上手で場を整えられると高評価


 書いてから、しばらくその文字列を見つめた。


「……控えめにしてもだめ」


 静かに呟く。


「むしろ控えめな方が評価されますの……?」


 たぶん、そうなのだろう。


 元々の身分と外見が高いぶん、少し慎ましいだけで良い意味に取られやすい。


 つまり、ただ控えめなだけでは駄目だ。


 控えめは、もう武器になってしまっている。


 では何が必要か。


 エウフェミアは真剣に考えた。


 社交で失点しない控えめさではなく、 『この人はそもそも権力や華やかな立場に執着がない』 と見せる方向の方がいいのかもしれない。


 たとえば、他の令嬢を素直に立てるとか。


 婚約者の地位に執着していないように見せるとか。


 そうすれば、少なくとも 『王妃の座を望んでいる』 とは思われないはずだ。


 よし。


 次はそれでいこう。


 少なくとも本人はそう決めた。


 だがその頃、王城では。


「エヴァルディ公爵令嬢は、伯爵夫人との席でも落ち着いていたそうです」


 報告を受けたアルベルトが、静かに視線を上げた。


「自分から目立とうとはせず、しかし相手に恥をかかせない受け答えだったとか」


「……そうですか」


 短い返事のあと、アルベルトはほんのわずかに笑った。


 婚約の場であれほど怯えていたのに、その後の振る舞いはどれも理性的で、落ち着いていて、しかも優しい。


 幼いのに、浮つかず、軽々しく振る舞わない。


「やはり」


 七歳の王子は、小さく呟いた。


「彼女は、ただの子どもではありませんね」


 もちろんその評価が、エウフェミアの目指す婚約解消と真逆であることは、言うまでもなかった。

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