第1節
冬の朝の車内は、暖房が効いているのに足元だけが冷たい。
上越新幹線を高崎で降り、八高線のディーゼル車両に乗り換えた途端、空の色が変わった。東京を覆っていた鉛色の雲が、北へ向かうにつれて薄れていく。神流川沿いを走る車窓に差し込むのは、白く乾いた冬の光。乗客はまばらだ。蓮の向かいの席は、高崎を出てからずっと
空のままである。
丹荘駅まで、あと二十分。
蓮は膝の上に両手を置き、流れていく景色へ漫然と顔を向けている。ガタン、とポイントを通過する揺れが背中を叩いても、瞬きひとつしない。シートの背もたれは薄く、振動のたびに肩甲骨のあたりが微かに痺れる。視界の中にただ景色がある、という感覚。音は鼓膜を震わせているはずなのに、電車の駆動音すら遠い。
祖父の訃報を受け取った夜も、新宿のオフィスで休職届を出した朝も、荻窪のマンションを出た今朝も。
蓮はずっと、分厚いガラス一枚隔てた向こう側から世界を眺めているような感覚の中にいた。
窓に自分の顔が映っている。知らない人間の顔のように見えた。
ふと、神流川が見える。
いや、それはすでに川ではなかった。
蓮は初めて、ほんの少しだけ姿勢を起こす。川床が丸ごと露出しているのだ。白い砂礫と灰色の岩が、冬の陽光の下に黙って広がっている。褪せた白と、濁った灰色だけ。かつて水があったはずの場所に、今は乾いた風だけが吹き抜けていく。
異常渇水。祖父からの最後の手紙の一文が、不意に脳裏をよぎった。
『今年の冬は異常なほど水が少ない。すべてが干上がり、底が顔を出す前に、お前に見せたいものがある』
その手紙を最後まで読んだのは、皮肉にも祖父が死んだあとだった。底が顔を出す前とは、一体どういう意味だったのか。




