第72話:合流
現場となったマンションで、ジーナたちは他の局員を呼んで、身元が判明した遺体を運び出していた。
「では、我々はこれで!」ハキハキと挨拶をする戦術セクション局員の1人に礼を言った後、彼らの車両が離れていくのを見送っている。
「はぁ、やっと一つ仕事が終わったわね。」時刻はそろそろ昼になろうという頃だろうか。
うっすらと雲のかかった太陽が、もうすぐ南に差し掛かろうとしている。壁に寄りかかって空を眺めながら、次にすべきことを頭の中で整理している間、隣ではルークがリオナと通話をしている声が聞こえていた。
「はい……、はい、そうですか……。分かりました。伝えておきます。」ルークが通話を切ったようで、ジーナの方に目配せをした。
「あの、ジーナさん。」
「何?」ルークが早歩きで近づいてくるのを見ながら、ジーナはまた何か厄介なことが起きたのではないかと警戒する。
「すみません、今人事セクションのリオナさんから通話があったんですが。」ルークの切り出しで、ジーナは少しだけ顔をしかめた。
「あぁ……、続けて?」
「はい。リオナさんからの要件は自己紹介と運用の――。」
「そこはもういいから。」
「あ、すみません。えっと、アインさんからの報告でした。」言葉を遮ったジーナに少し申し訳なさそうな顔を見せつつ、ルークは端的に言い切った。
「それで?」アインからの報告は、おそらくザード家の襲撃者に対する情報だろうと察しはついたが、それならばこちらには関係ないのではとジーナは思った。
「ザード家の襲撃者についてですが、こちらは被害者からの証言により、切り裂き娼婦スラッシャーであることがほぼ確実となったようです。逃走経路を、ソルティノースの港近辺から西側のパージウェストへ絞り込んだそうです。」ルークは深刻そうな顔でそう告げた。
「なるほど……。」ほぼ証拠が出揃っているようなものではあったが、確たる証言があるのとないのとでは全く違う。
これまでの報告と合わせるに、スラッシャーはアインから深い傷を負わされているはずだ。そうであるなら、これもまた放火魔ライターの時と同じく、しばらくは沈静化すると見ていいだろう。
「でも厄介ね。これでまた一つ、保留案件が増えてしまった……。」ジーナの言葉は、誰に向けられるでもないつぶやきとして、ゆっくりと虚空に消えていく。
「はい、リオナさんも同じようなことを言っていました。捜索は続けるが、動きようがない……と。」しかしルークはジーナのつぶやきを拾い、情報を補足した。
「でしょうね。」リオナが思った以上にしっかりしていることに驚きながらも、ジーナは軽く鼻で笑った。
「しっかしどうすんのかしらねぇ……。こうも残留タスクが溜まってくんじゃ、なかなかやりきれないじゃない。」
「そうですね……。やっぱり自分たちが、あの時捕縛していたら良かったんですが。」ルークは少し俯いた。
その捕縛の対象が、少年の方か女の方かは定かではないが、まだ所属年数の少ない彼が、項垂れる理由はなんとなくだがわかる気がする。
「あんなの仕方がないじゃない……。いちいち気にすると、身がもたないわよ。」ジーナはもう一本タバコを吸おうかと胸ポケットに手をかけた。
―rrrrrr……
「今度は何よ。」タバコを取りかけた手を止め、そのまま携帯端末をサイドバッグから取り出し、通話へと出た。
「はい、こちら治安管理局・月影、科学セクションのジーナ・ノルディ。要件をどうぞ。」
―はい、こちら治安管理局・月影、戦術セクションのラス・リードです。ただいま、人事セクションの行方不明者、クレア・スミスが見つかりました。至急合流をお願いできますでしょうか。
「状況は?」通話越しに告げられた情報に、ジーナは思わず目を見開いた。
―はい。クレアは、意識は戻っておりますが、まだ少しぼんやりとしている様子です。会話は可能かと思います。ただ……。
相手が声を落としたことで、ジーナは何かよくないものを感じ取っていた。
「ただ?」
―少し、申し上げにくいのですが、彼女は衣服の持ち合わせがない状況でして……。タオルケットで覆っていますが、その、何か代わりの用意をお願いできないでしょうか。車に乗るのも、その、憚られると思いますので。
つまり、裸だと言いたいのだろうが、局員は心底慎重そうにそう言った。
「あぁ、なるほど……、理解したわ。体温の低下はない?」ジーナの問いかけに対し、通話越しの局員はハキハキと答える。
―はい、少し体が冷えています。あの、見回りのためにホットコーヒーを持っていたので、様子を見つつ、少しずつ与えています。
「アルコールは?入れてないわよね?」見回りのある局員は、コーヒーにブランデーを入れていることがあるのを、ジーナは思い出していた。
―はい、入っていないものを渡しました。
「それは良かった。私が行くまで、あんたらの誰かでジャケットの一つでも貸してやりなさい。タオルケットの上から羽織れば、もっとマシになるでしょ……。」ジーナは気づかれないようにため息をつきながらそう言った。
―はい、承知しました。では、マップはそちらに送りましたので。お待ちしております!
そう言うと通話は切れた。
「はぁ……、とりあえず、生きてて良かった、と言うべきかしらね。」
「ん?なんだ、見つかったのか。」ジーナのつぶやきに、今度はジークが反応した。
「くっ……、ゴホッ……。」しかしジーナがジークに答える前に、隣でルークが身体を折って咳き込んでいる。
ゲホゲホと乾いた咳を繰り返す様子は、傍目から見ても苦しそうだった。ジーナは即座にルークに近づくと、彼をしゃがませ背中をさする。
「大丈夫?……息、できる?」ジーナの問いかけに、ルークはぶんぶんと頭を振った。
「おい、大丈夫かよ。」ジークもまた心配そうに近づいてきた。
「すみません……、大丈夫です……。」ルークはまだ苦しそうに肩を上下させている。
「あんたのEVCって確か、感応型よね……。何か、感じるものでもあった?」ジーナの言葉に、ルークはまだ軽く咳をしながらゆっくり答えた。
「えっと……、はい、そうですね。その、さっきの通話の際に、女の人の声が聞こえてしまって……。」ルークが慎重にそう告げた。
「効果範囲……、広すぎない?」ジーナは呆れたようにつぶやき、ルークの背中をさすり続ける。
「いや、通話越しだと、そこまで広い判定にならないんです……。」ルークが苦しそうに答えた。
「うっ……、すみません、もう大丈夫です。」ルークは吐き気があるのか、少しえづきながらもゆっくりと立ち上がる。
「そう?まだ顔が青いわよ。」ジーナとしては休ませておきたかったが、見つかった局員のことを思うとそうもいかない。
「でも、大丈夫そうならもう行きましょう。場所は……、ここからそう遠くないみたいよ。」ジーナは携帯端末に、先ほど送られてきたマップを見ている。
「わかりました。行きましょう。」ルークは少し身なりを整えると、ジーナの言葉に同意した。
「おい、ほんとに大丈夫かよ……?」ジークがルークに近づき、耳打ちするようにそう言った。
「あ、うん……、問題ない。」ルークがそう言ってこめかみを押さえた時、今度はルークの端末が鳴った。
―rrrrrr……
「何?」前を歩いていたジーナが振り向く。
「あ、いえ……、その、アインさんです。出ます。」ルークはジーナに通話の相手を告げ、立ち止まって通話を繋ぐ。
「はい、こちらルーク。あの……、どうしました?」ルークはアインの並々ならぬ焦燥を感じ取り、まだ本題を告げられてもいないのに緊張していた。
―こちらアイン。至急、合流したい。いや、しなくてもいいが……、今どこにいる?
「え?あ、セントラルスクエアの、住宅街です。ただ、行方不明だった局員が見つかったので、今からそっちに移動するところですが。」
―あぁ、なら、マップを送ってくれ。すぐにそちらに向かう。
いつもなら先に要点を告げるはずのアインが、今はそれすら時間が惜しいと言うように先を急いでいる。ルークの様子から、さすがに違和感を覚えたのか、ジーナとジークも彼を見ている。
「あ、えっと、マップは送りました。詳しいことはまた後で。……はい。了解です。失礼します。」ルークは通話を切ると、ジーナの方に目配せをした。
「ほんとにアイン?」
「はい、アインさんです。何かものすごく焦っている感じでしたが、今向かっている場所に、来るそうです。」
「はぁ、わかったわ……。あいつがろくに本題も言わずに切るなんて、珍しいじゃない。……てか、ほんと顔色悪いわね……。着いたら少し、休んでいいわよ。」ジーナが再び歩き出そうとすると、ルークはあっと思い出した様子でこう言った。
「あの、アインさんって、昼から非番のはずだったんですが、やっぱり何かあったんでしょうか。」
「え?」
「リオナさんも言ってたんですよ。アインさんは非番になったって。」ルークの心配そうな様子を見てか、ジーナも少し考え込んだような顔をした。
「そうかもね……。だとしても、考えるのは合流してからにしときましょう。」
「はい、わかりました。」ルークはジーナの言葉に頷きながらも、どこか落ち着かない様子で街を歩いていた。
まだ本格的ではないとはいえ、いつ雪が降ってもおかしくはないほど、冷え切った空気に包まれている。普段から霧の多いLost Cityの街並みとルークを見ながら、ジークは所在なさげに顔をしかめた。




