第68話:エミリアとヨナス
雑貨屋ソニアから離れた2人は、セントラルスクエアのHighfield Provisionersという食料品店へとたどり着いた。セントラルスクエアのメインストリートから見ると少し奥まった場所にあるものの、かえってスペースを広く取れる利点があるのか、なかなかに人で賑わっていた。
「うわ、なかなかおっきいですね!」エミリア・バートンはガラス張りの広い入り口と、「Highfield Provisioners」の看板文字を見ながら感嘆の声を上げる。
「いくらLost Cityの各所が廃れていると言っても、古くから残っている地力の強いショップはまだたくさんあるからね。セントラルスクエアの住人は経済的にも安定してる人が多いし、ここもそういう人がよく出入りする店なんだ。」ヨナスがエミリアに軽く説明をした。
確かにヨナスのいう通り、エントランスを行き交う人々は身なりの綺麗に整った人が多いように見えた。店自体は古い煉瓦造りの建築物だったが、手入れもされていて荒れている様子も見受けられない。
「本当に、そうですね。」つい先日オールドサウスの惨状を目の当たりにしたエミリアは、この現実の格差を受け止めるのに、少し時間がかかってしまった。
「どうしたの?エミリアさん。」隣のヨナスが心配そうな顔をする。
「あ、いえ、なんでもありません!セントラルスクエアでの買い物は数日ぶりだったので、ちょっと驚いてしまいまして。」
「なるほどね?」ヨナスは含みを持たせるように口の端を持ち上げる。
「いつもはどこで買い物してるの?」
「えっと、ソルティノースの食料品店です。でもあそこだと2日分も買えればいい方で……。できれば貯蔵のきくものも数日分は買っておきたいですから。」エミリアはソルティノースの港近くにある、小さな食料品店を思い出す。
ちょうど民家1軒分くらいの大きさで、魚の種類が豊富なことは強みだったが、それ以外の、野菜や肉類、穀物なんかはどうしても不足気味だった。
「ほら、丸パンなんかは量があっても助かりますし。」エミリアはエントランスに向かって踏み出しながらそう言った。
入り口から中へ入ると、買い物かごをトロリー(カート)に入れて大量に品物を買い込んでいる人がたくさん見えた。確かにこの店は1パッケージの分量が多いらしく、買い物袋がすぐにいっぱいになってしまうだろうことを想像するのは難しくなかった。
「うわ、予想以上の大きさですね。」今度は店舗ではなく、店の商品に対しての感想だった。
「だろ?ここに来ると絶対に荷物が多くなるからさ、荷物持ちがいるかいないかは大きいと思うんだ。」ヨナスがイタズラっぽく笑っている。
「はい、ほんとにそうですね。正直私1人では持ち帰れる分も限られてしまいますし。あ、今日は迎えに来るって言ってくれたんですけどね!」エミリアが補足すると、ヨナスは「ふーん。」と相槌を打った。
「じゃあ、早速買い物しようか。」ヨナスがニコッと笑ってカゴとトロリーを取りに行く。
「あ、はい!」エミリアは人の邪魔にならない位置に移動しながら、買い物メモの確認をした。
「あれ、紙のメモだ。ちゃんとしてるね。」戻ってきたヨナスが、エミリアの肩越しに言う。
「はい、あの、同居人の子が、危ないから端末そのものを手に持ちながら歩かないほうがいいよって言ってくれまして。」エミリアは僅かに肩をすくめる。
「へぇ、ちゃんとした子だね。」
「やっぱりそう思いますか?」エミリアが聞くと、ヨナスも「うん。」と返事をした。
「この街での生き方を、よくわかってるなと思ってさ。」ヨナスのその言葉に、エミリアは少しだけいたたまれないような気持ちになった。
紙のメモを持っていくよう教えてくれたのはディウだったが、まだ未成年の彼らが、この街の治安の悪さに慣れきっているのが、エミリアとしてはずっと気がかりなことだった。
「最初は何を探す?」
「どうしましょう。これだけ広いと、迷っちゃいそうで。」ヨナスの質問に、エミリアは少し不安そうな顔をした。
「そうだな……。そのメモだと、まずはパンを見に行こうか。近いのは生鮮食品だけど、なまもの以外を先に取ったほうがいいからね。」ヨナスは再びエミリアのメモを覗き込みながら提案する。
「そうですね、パンのコーナーは……。」
「量産品でいいなら向こうの棚にあるはずだよ。」キョロキョロとあたりを見回しているエミリアに対して、ヨナスはさっと中央付近のコーナーを指差した。
「あ、ほんとですね。ありがとうございます!」
「いえいえ、どういたしまして。」
そのままエミリアとヨナスは買い物を続け、大入りのパン袋の他に、まだ新しい肉の塊や、果物の缶詰、ジャガイモなどの野菜の袋を複数買った。会計を済ませると、紙袋一つ分に抑えたとはいえ、買い込んだ食料は底が破れそうなほど重たかった。
「これは……、少し買い過ぎちゃいましたかね。」エミリアが照れくさそうに言うと、ヨナスがさも当たり前かのように紙袋を抱えて言った。
「うん、でもこの店では少ないほうだから、あまり気にしなくても大丈夫だと思うよ?」
確かにヨナスの言う通りで、店には車やバイクで来ている人もなかなか多く、一人当たり二つは紙袋を抱えているような有様だった。中には自前のリュックを持ってきている人もいる。
「ほんとですねぇ。」すごいなぁとは思ったが、どうも中にいる間に感覚が麻痺してしまったらしく、エミリアは笑いながらも疲れたようにため息をついた。
「さすがにちょっと、疲れちゃった?」紙袋を抱えたヨナスがエミリアの顔を覗き込む。
「あ……えっと、そうですね、さすがにちょっと、疲れちゃったかもです。」エミリアは素直にそう言った。
「うーん、そうだねぇ……。迎えってもう呼んだ?トラムが来るのにもまだ時間があるし、もしよかったらうちの作業部屋に上がっていく?」ヨナスが携帯端末を見ながら提案する。
「え!?」あまりにもすんなり差し出された提案に、エミリアは一瞬意味を取り損ねて聞き返す。
「あぁ、急に聞いたら驚かせちゃうか……。えっと、近くのマンションに、僕が仕事で使ってる部屋があるんだよ。あんまりものを置かないようにしてるんだけど、すぐ近くだし、休憩するのにちょうどいいお茶とお菓子のストックもあるからね。もし迎えが来るなら、それまで休んで行ったらどうかなって、思ったんだけど……。」ヨナスはやや控えめに言い直す。
「やっぱりあんまり良くないかな、こういうの。」しょんぼりしたように眉を下げるヨナスに対し、エミリアはまたもや断るのが悪い気がして頭を振った。
「いえ!!確かにどこかで休めたらなぁと思ってましたが、私の方こそ悪い気がして……。えっと、迎えはまだ呼んでないです。連絡して確認を取らないといけないので……。だから、そうですね、ちょっとだけお邪魔しようかな。」エミリアがそう言うと、ヨナスはパッと顔を輝かせて笑う。
「あはは!よかった!!断られたらどうしようかと思ったんだ。」かつてないほど大きく笑うヨナスに対し、エミリアは少しだけ跳ねる鼓動を悟られないように繕いながらも、楽しそうなヨナスに釣られて「あはは。」と笑った。
「そうと決まれば、早速行こう。ここは少し人通りが多いからね、邪魔になっちゃう。」ヨナスの言葉に頷きながらも、エミリアは荷物を持たせていることを申し訳なく思って手を差し出した。
「あの、荷物は自分で持ちますよ?」しかしヨナスはゆっくりと頭を振って提案を拒むと、腰を屈めてぐっとエミリアに顔を寄せた。
「大丈夫だよ?重いものを持つの、慣れてるんだ。体も鍛えてるし、実はこのぐらいどうってことないんだよ?」その急な囁きに少しドキッとしながらも、改めてエミリアはヨナスに甘えることにしたのだった。




