第66話:犠牲者
―バッ
ジーナが布をめくると、ジークのライトに照らされた部分に女の顔が現れる。そのまま腹部の下まで布をずらし、下腹部は隠したままで布を置く。女は一糸纏わぬ姿で横たわっており、すでに遺体であるとはいえ、不必要に肢体を晒すのは良心が痛んだ。
「はぁ、なんてこと……。」ジーナはため息をつきながら呟いた。
女の目はしっかりと閉じられていたが、口はぽっかりと開いている。化粧をした顔は乙女のように麗かで、切り揃えられたボブカットがよく似合う、エキゾチックな美人であった。
しかし皮膚はしっかりと青白く、露わになった胸もすでに上下していない。滑らかな肌にはキスマークと思しき赤い痕があり、首筋はぐるりと一周するように赤黒く変色している。
「なるほど、道理でシーツが綺麗なわけね。」ジーナはショルダーバッグからタブレット端末を取り出すと、いつものようにまたレポートへの記述を始めた。
「部屋には争った形跡は特になし、EVC:Analytical-Trace (痕跡視)でも同様。靴跡がいくつかみえるけど、走り回ってるのは焦って出ていった管理人のものだけね。」規定のフォーマットに合わせて項目を一つずつ埋めていく。
「ルークも何か気になることがあったらすぐ言いなさい!」
「はい!」ジーナの呼びかけに、他の部屋を確認していたルークが応じる。
「あんたのEVCは……。」
「何?気になってるの?」ジークのつぶやきに反応しつつ、ジーナは邪魔な髪を耳にかける。
「いや……、ルークと少し違うんだな、と思っただけだよ。」
「何よ、素直じゃないわね……。てか、あんたたちの前では使ったことなかったかしら。」ジーナは引き続き少しの痕跡も見過ごさないように注意しながら、遺体を含めた周囲の観察をする。
「はぁ、暗いとちょっとやりづらいわね。ジーク、遺体と行方不明者の顔の照合をするから、そのままライトをかざしておいてくれる?」ジーナの言葉に、ジークはすっと位置を変え、ジーナの頭上から遺体の顔にライトを向けた。
「さっさとしろよ。」
「うるさいわね。あんたはいちいち毒づかないと仕事ができないわけ?」ジークの言葉に言い返しながら、ジーナはタブレット端末のカメラ部分を遺体に向けた。
頭頂部から胸部にかけてをフレームにおさめ、カメラアイコンを押してスキャンをする。画像自体もレポートに添付しないといけないが、データサーバへのアクセスが必要なため照合結果が出るまでには少し時間がかかってしまう。
「全身は見なくていいのか?」ライトを持ったままジークが尋ねる。
「見なくていいわ。いや、やっぱり画像だけ撮って、あとは医療セクションに引き渡しましょう。」ジーナは鬱々とした気分で返答した。
「腕疲れない?ライト一旦下ろしていいわよ。」ジーナが言うと、ジークは「この程度じゃ別に疲れねぇよ。」と言いつつライトを下ろした。
データの照合を待つ間、ジーナはベッドに背中を向けて肩を揉む。
「なんだよ、もう疲れたのかよ。」
「全く、こちとらあんたたちと違って動き回るようにはできてないんだっつの。……あー、疲れた。タバコ吸いたい。」
「お疲れ様です。一旦外、出ますか?」リビングへ続くドアから、ルークが顔を出している。
「そうしましょう。データの照合もまだ時間かかるし、情報整理も必要だしね。」ジーナは一度遺体の胸まで布で覆うと、ジークを連れて寝室を出た。
「よし、情報整理しましょうか。」3人でマンションの外へ出て、通行人の邪魔にならない場所へと身を寄せる。
現場は間違って人が入ったりしないように、管理人から受け取った鍵をかけ、テープを貼って封鎖してある。ロビーにいてもよかったが、声が響くので密談には不向き。外の空気も吸いたかったため、ジーナは外の方がいいと判断したのだ。
「吸いたいのはタバコもだろ……。」ジークが呆れたようにジーナを見ている。
「何よ、別にいいじゃない……。そういやあんたらは基本的に吸わないわよね?なんでなの?」ジーナは胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。
外に出るにも基本はユニフォームである白衣を着用しているが、今日はその上からもう1枚コートを着ていた。ジークとルークは相変わらずスーツユニフォームのままである。
「ほんと、寒くないのかしら。」
「上着ると、動きづらいんで。」ルークがジーナのつぶやきを拾って言った。
「タバコ吸わねぇのはあれだよ。……ルークが咽せるからだ。」ジークが頭を掻きながら言う。
「おい!!何言ってんだよ!!」
「事実だからいいじゃねぇかよ。一回試したけど、咽せてカッコつかなかったじゃねぇか。」顔を真っ赤にしているルークに対して、ジークがさらに追い打ちをかける。
「俺は別に興味ないからどうでもいいけどな。」その発言に、ルークは悔しそうな顔をした。
「そういうお前は一般車両免許のテスト落ちたじゃねぇか!!」
「お前が受かったんだからいいじゃねぇかよ!!」ルークの反撃に対して、ジークも思い切り突っかかる。
その賑やかな様子を目の前にしながら、チラチラとこちらを伺っている通行人たちを横目に見る。ジーナは火をつけたタバコを口に咥え、深く煙を吸い込んだ後で双子に視線を戻す。
「はいはいわかったわかった。あんたらどっちもどっちでしょ……。てか通行人がこっちを見てる。ちょっと静かにして。」
「す、すみません。」
「チッ。」ルークが大人しく謝るかたわらで、ジークは当然のように舌打ちをする。
「はぁ、全く。それじゃあ情報を整理しましょ。」
「了解です。」ルークとジークは同時に返答した。
ジーナは端末を小脇に抱え、タバコの煙を吐き出しながら、脳内を整理する。代わりに吸い込んだ冷たい空気が、喉奥をチリチリと刺激していく。ジーナはごくりと唾を飲み込んだ。
「まず私から。室内が妙に整理されているのは3人で見た通り。そこに異論はないわよね?」
「はい、妙に綺麗な室内でした。」
「綺麗ってか、余計なものがなさすぎだろ。」ジーナの問いに、ルークとジークがそれぞれ答える。
「……余計なもの?例えば?」
「そんなこと知るかよ。でもそうだな、もし仮にルークなら、その辺に読みかけの本とか置いてたりするだろ?なんか、そういうのだよ。」
「あら。」
「違いますよ、小説ですよ。そんなこと言ったらジークだって、その辺に服脱ぎ散らかしてるだろ……。いっつも俺が片付けてんだから。」ルークは即座に反論しつつ、ジークの癖に文句を言った。
「まだ何も言ってないんだけど。」ジーナがニヤリと笑うのに、ルークは少し気まずそうな顔をした。
「でも言いたいことはわかったわ。確かに、あれだけ綺麗に整えてあるくせに、生活感のある小物やなんかはほとんどなかったわね。」
「事前調査によると、引越し業者も別に出入りしてないんですよね?ってことは、物の持ち出しもしてないはずだし。」ルークが補足する。
「あぁ?つまり、どういうことだよ。」ジークも眉を寄せている。
「つまり犯人は、家具を一通り揃えたものの、部屋に置きっぱなしで出ていった。後で見つかることもわかってるくせに、ご丁寧に遺体までそのままにしてね。」ジーナはタバコの灰を落とした。
「路上ですけど。」
「ちょっとぐらい見逃しなさいよ……。」ルークの小言に、ジーナはうんざりしたような顔をする。
「はぁ、でもそうなると、犯人は見つかることまで想定してたことになりませんか?」ジーナにため息をつきつつ、ルークが怪訝そうな顔をする。
「なんでそうなるんだよ。」
「だってそうでしょ?丁寧に部屋を作り込むほどこだわりのある犯人が、そこだけ妙に雑なことってありますか?」ルークの言葉に、3人はしばらく沈黙した。
確かに、あまりにも整いすぎている。ジーナはそのことにうっすら肌寒いものを感じながらも、それは不都合な予想などではなく、単に外の冷気に体を冷やされたせいだと脳内で言い訳を考える。そして短くなったタバコを咥え、再び深く煙を吸いこんだ。
―ピピッ
「ふぅ。」ジーナが大きく息を吐き出すと同時に、端末の通知が鳴った。
「よし、ちょうどデータの照合も完了したわね。」先ほどまでのうすら寒い空気を消し去るように、ジーナは手持ちの携帯灰皿にタバコの吸い殻を押し込んだ。




