第65話:銀髪の青年ヨナス、再び
エミリア・バートンは、セントラルスクエアの雑貨屋ソニアでの買い物を終えたところだった。買い物といっても、買う予定だった護身用パフュームは店主のスミレさんの好意によりただになってしまったので、買い物をしたとは言えないかもしれないな、とエミリアは思った。
「それじゃあ、Colorsのみんなによろしくね?……あと、アインくんにも。」エミリアが帰ろうとすると、スミレさんがそう言った。
スミレさんも、レイ、エレ、ディウがColorsと呼ばれていることを知っているらしい。エミリアもすんなり受け入れていたが、3人まとめてそう呼ばれていることぐらいしか知らなかった。どうしてそう呼ばれているのか、聞いたら教えてくれるのだろうか、とエミリアは雑貨屋ソニアの前で考えた。
エミリアは自分の携帯端末をカバンからとり出した。肩掛けの小さなショルダーバッグには、先ほどもらった小さな香水瓶も入っている。瓶が割れないように気をつけて入れたエミリアだったが、「ちょっとやそっとじゃ割れないわよ?」とスミレさんは笑っていた。
「あの、また落ち着いたら、図書館に遊びに来てくださいね?」スミレさんの隣で、アザミが人懐っこそうに笑っていた。
「はい、もちろんです!あ、今度はゆっくり話せるように、ランチボックス持っていきますね?いや、実は前も持って行ったんですけど、うっかり食べ損ねちゃって。」エミリアは廃校に行った時のことを思い出していた。
「バタバタしてたら、食べ損ねちゃいますよね。私もランチボックスは持っていくけど、本に集中してると忘れちゃうんですよね。」アザミは少し恥ずかしそうにしている。
「ほんとよね、できればちゃんと食べて欲しいんだけど。今は冬だから腐らないけど、夏だったらもう、大変よ?姉としてはいつも少し心配だわ。」
「もう!!忘れるって言っても1時間とかだってば。ちゃんと食べて帰ってるでしょう?」心配するスミレに対し、アザミは怒ったように頬を膨らませた。
「あはは!とても仲がいいんですね!羨ましいです。」エミリアが笑いながらそう言うと、スミレとアザミも揃って笑った。
「じゃあ、そろそろ行きますね!他にも行かないといけないお店があるので……。」
「あら、どこに行くの?」店を出ようとしていたエミリアを、スミレが引き留めて尋ねる。
「えっと、食料品を買わないといけなくて。」昼までに帰る約束だが、ザード家の食料品がつきかけており、調達しないといけないことをエミリアは話した。
スミレとアザミはお互いに顔を見合わせ、スミレはさらに考え込むようなそぶりを見せる。そうして僅かに時間がたった後で、スミレが言った。
「それじゃあ、セントラルスクエアのおすすめを紹介してあげるわ?この辺りで買い物したことはある?」
「えっと生活用品はありますが、食料品はソルティノースの方で調達してまして。」
「それならここに行くといいわよ。端末確認してちょうだい?」スミレが自分の携帯端末で何やら操作をしたかと思うと、エミリアの携帯端末に通知が入る。
エミリアが携帯端末を確認すると、スミレのアドレスであるvioletaから、マップのデータが送られてきていた。
「そこ、大きくてなんでもあるし、大所帯の食料を買うなら割安よ?」
「エミリアさんのとこだと5人分ですよね?普通のお店だと揃えるの大変じゃないですか?」秘密でも打ち明けるかのように言うスミレとともに、アザミは少し心配そうにしている。
「そうですね……。まぁ、その、私も出してるとはいえ、お金はほとんどアインさんにいただいてますし、そのアインさんはお家にほとんどいないのですが、それでも少し大変ですね。」エミリアは素直にそう言った。
「でも、トラムもあるし、必要だったら迎えに行くって言ってくれてるので、大丈夫です!」
「そう?ならいいんだけど。」スミレは頬に手を当てている。
「はい!でも良さそうなお店、教えてくれてありがとうございます!リンドウさんにも聞いてはいましたが、まだまだ情報収集が難しくて。」
「そうよね……。ま、私でよければいつでも相談に乗るわ。何かあったら連絡してね?」
「はい、ありがとうございます!ではまた!」エミリアはスミレとアザミに軽く頭を下げて店のドアに手をかけた。
「バイバイ!!」手を振っているアザミに手を振り返し、同じように自分を見送っているスミレに再度会釈をして店を出る。
そうして今、そのスミレからもらったデータを元に、食料品店に向かおうとしているところだった。
「ねぇ君、こんなところで何してるの?」唐突に、聞き慣れたような声がした。
「え?」驚いたエミリアが振り返ると、そこには銀髪の青年が立っていた。
「こんにちは……、えっと、先日ぶりだよね?」相変わらず街中ではよく目立つブルーシルバーの短髪に、ブルーグレーの瞳、シルクのように滑らかな声でヨナスが言った。
「あ、こんにちは!先日ぶりです、ヨナスさん。」
「よかった、人違いだったらどうしようかと。」
「数日前に会ったじゃないですか。」
「そうなんだけどさ。」ヨナスは人当たりの良さそうな軽い口調で言いながら、少し目を細めて頬を掻く。
「間違ってナンパしたみたいになったら嫌じゃない?」
「それはそうかも。」ヨナスの言葉に、エミリアは軽く笑った。
ヨナスには、この街に来てすぐの時に2回も助けられている。一度目はメインストリートで路地裏に連れ込まれそうになった時、もう一度はこの店の前でだった。しかしそのきっかけを抜きにしても、ヨナスとの偶然による関係性は、エミリアにとっても心地良いものだった。
「んで、今日は何してるとこ?」ヨナスは軽く首を傾げながら尋ねる。
「今日は買い物です。」
「確か、前も買い物だったよね?」ヨナスは何かを思い出すようにそう言った。
「そうです。よく覚えてますね!」
「そりゃだって君、こんな大きな紙袋を抱えてたじゃないか。」ヨナスは手振りで一抱えもある紙袋を示して見せる。
「そうなんですけど!」エミリアとヨナスは再び笑った。
2人は雑貨屋ソニアの前を塞がないように、ほんの少し先の方まで歩き、街路樹の下で立ち止まる。冬のロストシティは相変わらずの曇り空だったが、それでも今日は明るい方だった。立て続けに笑ったせいか、エミリアは自分の心臓が少し早く鳴るのを感じていた。
「それで、今日は何を買いに行くの?」ヨナスはさらりと話題を変える。
「食料品です!ちょっと人数が多いので、買い溜めしないといけなくて。」
「そうなんだ。……一人暮らしじゃないの?」ヨナスは驚いたように目を見開く。
「そうなんです。ちょっと色々ありまして、今は人のところに居候中と言いますか。」
「なるほどね。それでその食料品店を見てたんだ。」ヨナスはエミリアが手に持っていた携帯端末を指差した。
「あ、そうなんです!これ、雑貨屋の店主さんに教えてもらったので、行ってみたくて。」エミリアは携帯端末の画面をヨナスに見せた。
ヨナスは背を少し屈めてエミリアの端末の画面を覗き込む。ヨナスが軽く目を細めると、ブルーグレーの瞳を縁取る長いまつ毛が、うっすら見えるようだった。
「なるほど、ここなら僕も知ってるよ?」ヨナスが姿勢を戻してそう言った。
「え?」
「荷物持ち、必要ない?護衛でもなんでもできるけど。」ヨナスは「どう?」と軽く首を傾げてふふふと笑う。
「え、でも悪いですよ!」エミリアはブンブンと手を振りながらそう言った。
「気にしなくてもいいよ?だって荷物持ちなら前回もしたし。」
「あれはエスコートだって――。」
「そう、エスコート。」ヨナスはぐっとエミリアに顔を近づけてニコリと笑う。
「だからね?良いでしょ?僕ももう少しエミリアさんと一緒にいたいし。」ダメかな?とヨナスは少しだけ悲しそうな顔をした。
「あうっ……、全然、ダメではないです!」押し負けたエミリアが少し体を引くと、ヨナスはすっと顔を引き、また元の爽やかな笑顔に戻った。
「よし、じゃあ行こっか!」
「えぇ……。」嬉しそうにエミリアを先導するヨナスに対し、エミリアは少し振り回されたような気がしたが、それはそれとして友達と遊びに行くようなこの気軽さが、やっぱり少し心地いいなと思った。




