第64話:フェイド連続女性殺人事件
「えっと、フェイド連続女性殺人事件でしたっけ。……今回の件。」現場となるマンションの一室の前で、ルークが言った。
プレジデントルームでの会議のあと、ルーク・シュナイダー、ジーク・シュナイダー、ジーナ・ノルディの3人は、新しく報告のあった事件現場の確認のため、セントラルスクエアの住宅街にある中流向けのマンションへとやってきた。
アヴェラから依頼された人事セクション局員の捜索は別のチームに任せることになったが、いつでも連携が取れるように無線を繋いでおくことになっている。今回の事件との関連性はまだ疑わしいが、万が一のことがあってはならないとのレオンからの指示だった。
「そうね。全く、あの長ったらしい会議がやっと終わったかと思えば、すぐに現場に行かされんだもん。」ジーナが髪を整えながら悪態をついている。
「会議よりは、ずっとマシだぜ……。ケツ痛ぇし。」ジークは屈伸をしながら舌打ちをした。
「あんな柔らかいソファで?」
「柔らかいからに決まってんだろ。」ルークの言葉に対し、ジークは被せるように反論した。
「はいはいそこまで。あんたたちってちょっとするとすぐ喧嘩するんだから……。全く、私は引率の先生じゃないのよ?」ジーナがルークとジークの喧嘩を遮りながら注意した。
ルークとジークは、まだ切り裂き娼婦スラッシャーの件を担当していたが、アイン・ザードの報告により、新しい情報が入るまでは捜査を保留しておくことになっていた。
「にしてもまさか、赤ドレスの女がアインの家に行ってたなんてねぇ。」ジーナが青いドアの前でタバコを取り出し、火をつけようとしている。
「ダメですよ、タバコ。ここ禁煙じゃないですか?」ルークが言うと、ジーナは舌打ちをしつつも大人しくタバコをしまった。
「赤いドレスに金髪ですもんね。確かに俺たちが会った女の特徴と酷似しています。」ルークはジーナに同意する。
「けど内容を聞く限り、相手は深手負ってんだろ?なら、当分動けねぇんじゃねぇの?」ライターだって動いてねぇしな、とジークが言った。
とはいえ、追加の情報が入らなければ捜査を続けようがないという点もまた事実だな、とルークはため息をついた。今は戦術セクションの他の班や、他のセクションからの調査報告を待たなければならないため、その間に新しく脅威となった事件の調査に舵を切るのは当然のことだと、ルークは思う。
「しっかしよぉ。あんまり洒落たマンションで目がチカチカするぜ。……もう入っていいか?」ジークが若干の苛立ちを見せながらドアを叩いた。
「えぇそうね。ここで突っ立っててもしょうがないものね。……でもまずは、あんたたちがどれほどちゃんとレポートを読んだか、確認しようじゃないの。」ジーナはイタズラを思いついた子供のようにニヤリと笑った。
「俺はちゃんと読みましたよ。」ルークは不服そうにそう言った。
「まぁまぁ、ほんのおさらいよ。」
「面倒なことすんなよ……。今回の件、最近騒がれてた女性の殺人事件が、明確に連続殺人事件として処理されたから俺たちに回ってきたんだろ?あのおっさんのレポートに、そう書いてあったじゃねぇか。」ジークが呆れたようにそう言った。
「そうそう、ちゃんと読んでて偉いじゃない。」
「チッ、うっせぇよ。」ジーナの揶揄いに対し、ジークが再び舌打ちをする。
「各殺人事件の共通点は明確です。被害者は女性、現場はセントラルスクエアの中流向けマンションの一室で、しかも毎回1週間だけ借りて解約されてるんです。」ルークが端末を確認しながらスラスラと説明する。
「金持ってんのか?」
「それはわかんないけど。でもターゲットが中流以上であることは間違いないと思います。情報セクションがマンションのオーナーから聞き出した情報によると、借主の名前は毎回違うものの、支払いに使われたのはブラックカードの一括支払いです。……少なくとも、これまでの犯人たちとは少し様子が違うと思います。」ジークの問いに答えつつも、ルークはレポートの内容を一通り話し終えた。
「カードの情報は?」ジーナがルークに質問する。
「カードを作った金融会社に開示請求中のようですが、一向に口を割らないとのことです。……どうやらこの街の企業じゃないそうで。」
「ややこしいわね。……まぁ、いいわ。残りは中で話しましょう。」廊下を歩いて行った住民の視線を感じつつ、ジーナは現場のドアを開けた。
室内は僅かに薄暗かったが、驚くほどに綺麗に整えられているとわかった。一見争った形跡もなく、淡いブルーの壁紙にホワイトウッドの家具が、やけに内装を上品に見せている。ジーナがざっと見渡した限りでは、気になるところは特になかった。
「やけに、綺麗ね。」ジーナは思わず顔を顰めた。
「整ってますね。」
「なんか居心地悪い部屋だぜ。」ルークとジークがそれぞれジーナに同意した。
「報告通り、リビングには遺体はなさそうね。入りましょう。」ジーナが先導すると、ルークとジークも後に続いた。
「確か、入って左の寝室ですよね。部屋の間取りはエントランスとリビングを兼ねた一室にダイニングキッチン、左手に2部屋あって、そのうちの一つが寝室だったはずです。」ルークがジーナを補足するように続ける。
「あともう1部屋は?」
「バスルーム。」ルークはジークの質問にも端的に答えた。
「その通りよ。通報したのはマンションの管理人。借主が退去した後、確認のために部屋に踏み入ったタイミングでの発見ね。……ここも他2件と同様よ。」
「それならさすがに顔見られてんじゃねぇの?」
「それがね、オーナーや管理人とのやりとりは全て電子上で行われてるし、監視カメラに映っているのは背格好だけ。それで身長170〜180cmの男性とまでは目星がつけられたみたいだけど、はっきりとは何もわかってない。……だから『フェイド』ってわけなんでしょうね……。」ジーナは最後にため息をついた。
「なるほど……?」
「どういう意味だよ。」ルークとジークはよくわからないと言いたげな反応をした。
「あぁ、つまり、他者との関わりはたくさんあるのに、まるで顔の見えない犯人ってことよ。まぁ、私もあのおっさんのネーミングセンスなんて知らないっての。」ジーナは投げやりな態度で補足した。
「今回もあのおっさんかよ。」
「『ハーディ情報セクション長』だろ?」ルークが訂正すると、ジークはチッと舌打ちをした。
「はぁ、それじゃあ遺体がある部屋に入りましょうか。」ジーナがズカズカと部屋を横切り、左手奥の部屋のドアノブを掴んだ。
「じゃ、開けるわよ。」
「はい。」
「あぁ。」ジーナの言葉に、ルークとジークは声を合わせて返事をした。
―ガチャ
ゆっくりと開かれたドアから見える室内は、先ほどの部屋とほぼ同じような内装だった。淡いブルーの壁紙にホワイトウッドの家具、白いカーテンの引かれた窓からは淡い光が差し込んでいる。
ベッド近くのサイドテーブルやランプまで同じテイストで揃えられ、さらに部屋の隅に置かれたテーブルと椅子のセットにも統一感がある。ここの借主のチョイスなら相当センスがいいわね、とジーナは思った。
「ティーセットに紅茶が少し残っています。あとティーバッグも。それからスコーン?だいぶ優雅にお茶してますね。」ひと足さきに部屋を見て回っているルークが、ジーナに報告をする。
「寝室でお茶会?……確かにそれは、優雅かもね。」ジーナはルークに同意をしつつ、問題のベッドまで歩み寄る。
「ちょっとジーク、ライトつけて。」ジーナは自分の髪を軽く耳にかけると、ジークに対して指示を出す。
「あぁ。」ジークはジーナの横まで来ると、目線の位置でライトをつけた。
「ベッド、確認して。」ジーナが言うと、ジークはベッドの上を滑らすようにライトを動かす。
ベッドはなぜか丁寧に整えられていて、不自然な盛り上がりがある以外には、特別目立った箇所もない。ベッドにある遺体は、この掛布の下にあるわけだ。
「布、めくるわ。」ジーナは一声かけると、人間ならば頭の方に当たる部分を掴み、ゆっくりとめくった。




