第63話:New Faces
「ぐっ……。」アヴェラが聞いたことのないような声で唸っている。
その様子をジーナは面白そうに眺めていた。急に慌てて入ってきたかと思ったら、普段の女王然とした立ち振る舞いからは想像もできないようなお茶目っぷりを披露してくれたアヴェラ嬢だが、いくら同期でセクション長どうしと言っても、局長様には逆らえないらしい、とジーナは思った。
「で、人事から誰を引っ張るの?」ジーナは場に助け舟を出すようなつもりでそう言った。
「待ちなさいよ、人事だって人手が足りてるわけじゃないのよ?誰かさんのせいで仕事が全く減らないのだもの。」アヴェラが抗議するようにそう言った。
「あぁ、分かっている。君も知っているだろうが、完全にこちらの管理下に置くわけではない。」
「移籍ではない……と?」レオンの言葉に、アヴェラが片眉をあげた。
「そうだ。」
「あぁ、なるほど、理解いたしました。そこのジーナ・ノルディと同じようにというわけですね?」
「その通りだ。」話が早くて助かるよ、とレオンは小さく笑う。
はぁ、とアヴェラは大きくため息をついた。その様子をルークが心配そうに見つめているのが、ジーナの目に映った。
「いいわ、手配しましょう。で、ご指名などはあるかしら。」アヴェラが優雅に手で髪を靡かせると、彼女の柔らかいシャンパンゴールドの髪がふわりと揺れる。
「あぁ、それについてなんだが、君がつい先日気にしていた、リオナ・フェティスという局員はどうだろう。」レオンがその局員の名前を出すと、アヴェラが再び嫌そうに目を細める。
「なぜあの子なんです?」
「なぜだと思う?」
「昔っから本当に嫌な物言いをしますこと……。あの清純そうな子が、男所帯に耐えられるとでも?」レオンの切り返しに対して、アヴェラは挑発するような物言いをした。
いや、傍目に見れば淡々と事務手続きでもしているかのようなやりとりなのだが、その裏に含みが透けて見えるのが厄介だな、とジーナは思う。これだからお育ちのいいもの同士のやりとりは、傍目に見てても胃がすり減るのだ。
「簡潔に言うとだな。」
「えぇ。」
「しとやかな割に裏はありそうだが、それはそれとしてルークとジークに怖気付かない点を高く買っている。」
「あらまぁ。」先ほどまでの剣呑とした雰囲気は残りつつも、アヴェラは少しだけ嬉しそうにしている。
「それなら、すぐに手配しておきますわ。とはいえ、今回は人事セクションからの選任ですから、他のセクション長にも、承認の立ち会いをお願いしておいていただけますか。」アヴェラの言葉に、レオンは「もちろん、了承した。」と答えた。
「では、捜索お願いいたしますわね。」そう言うとアヴェラは一度頭を下げ、颯爽と踵を返して退出した。
「あらぁ、大丈夫かしらね。」ジーナは自分に引き続く新たな被害者のことを心配していた。
「リオナさんって、前にジークのレポートを返しに来た方ですよね?」ルークが軽く手を挙げながら発言する。
「手を挙げるのが癖になってんの?」
「え?」ジーナの雑なからかいに対し、ルークは戸惑うような照れたような挙動をしている。
「あ?誰だよそれ。」ジークは再びめんどくさそうにしている。
「覚えてない?訂正だらけのレポート突き返しにきた女の子。」ルークはジークの質問に答えた。
「そんなやついたか?……あぁ、いたかも。」
「え、珍しい、覚えてんの?」
「まぁな。といってもちゃんと覚えてるわけじゃねぇよ。人事のやつであそこまで態度がはっきりしたやつ、見たことねぇなと思っただけだ。」
「さぁ、この話はもうここまでだ。アヴェラからの連絡と手続き待ちになるが、レオン隊に人事とのコネクションを増やすことになる。以上だ。」レオンの一言により、その場は一旦落ち着いた。
「で、捜索の話ってどうするの?」
「あぁ、それについてなんだが。」ジーナの言葉にレオンが返答しようとした時、再びプレジデントルームのインターホンが鳴った。
―ポーン
既視感のあるインターホンね、とジーナは思った。
「入れ。」またしてもレオンは端末を確認してキーロックを解除する。
「なんかお客さん、多いですね。」ルークがボソリと呟いた。
「あぁ、各セクションをいつも以上にフル稼働しているからな。」レオンの回答に、フル稼働のさらに上とは?とジーナは思ったが、口には出さないことにした。
―ガチャ
「あの……、失礼します。」ドアを開けて入ってきたのは、人柄の良さそうな青年だった。
髪は櫛の通された凡庸な栗色だが、瞳だけは特徴的な深い青をしている。制服はつなぎタイプなので、セクションカラーを確認せずともITセクションだと一目で分かる。案の定、タブレット端末を腕に抱えて近づいてきたその青年の階級章は、ITセクションを表すオレンジの一本線だった。
「えっと、ITセクションのジオ・グレイルです。監視カメラの映像情報を解析しまして、データはすでに送信したんですが、セクション長のコモリ・アンドウから直接お話ししてこいと言われまして。」ジオは背筋の伸び切らないオドオドとした振る舞いのまま、早口で言い切った。
「あぁ、確認している。早朝に依頼したものだったはずだが、早かったな。」レオンがジオを見つめているので、ジオはますます気まずそうに視線を下げた。
「え?あぁ、えっと。……たまたま残業中だったので、他の泊まりの先輩方にも手伝ってもらいまして。それに、最近監視カメラの生存と監視網の洗い出しをしている最中でちょうどよかったと言いますか。」ジオは半ば言い訳するようにそう言った。
「そうか、それでどうだった?」レオンが先を促すと、ジオはすぐに切り替えて説明を始めた。
「今回の解析対象はソルティノース第3番地、住宅街の監視エリアとなります。昨夜、当番地にて住民と襲撃者との交戦があったとのこと。交戦時間の割り出しについてはレポートに記載の通りですが、当事者の女性からの通報とアイン・ザード局員からの報告、双方の時刻をもとに割り出しました。」ジオは手元の端末を見ることなく、ほぼ一息で報告をする。
「その中間に別の住民からの報告も数件ありましたので、今回はかなり絞りやすくて。」
「なるほど。ジオくん、うちの連中が着いてこれなくなってるみたいだから、ちょっとだけ一息入れてくれるかしら。」
「あぁ、すみません。そうですよね……。」ジーナの言葉に、ジオは申し訳なさそうにふわっと笑った。
「いいですか?では続けますね。細かいことはさておきとして、監視カメラの解析をしていてわかったことがいくつかあります。まず一つ、ソルティノースの監視カメラは、該当時間内での映像が残っていませんでした。正確には該当時刻以降ダウンしています。ちなみに、これはパージウェストでの交戦の際も同じように監視カメラがダウンしています。」
「それは、どういう?」ジーナの質問に対してジオが答える。
「えっと、正しくは外部からの物理的衝撃によりクラッシュしています。電子的な攻撃ではないでしょうね。これはまだ調べていないので確定ではないですが。」
「壊されたってことですか?」ルークが質問したが、同時に手を挙げかけて引っ込める。
「はい、その通りです。」
「なら壊したやつが映ってるはずだろ。」
「はい、映っていました。」ジークの発言に対して、ジオはさらりと回答した。
「まじかよ。」自分で発言したくせに、ジークは少しだけ苦々しいような顔をしている。
「で、その人物の特徴は?」レオンはさらに続きを促す。
「残念ながら、そこまでは確認できませんでした。」ジオの言葉に、何人かが小さく息を吐き出す音が聞こえる。
「ですが、破壊されたいくつかの監視カメラを確認したところ、かなりの割合で同一と思われる人物が映り込んでいることに気がつきました。犯人はおそらくサイレンサー付きのハンドガンで直接的に破壊しています。黒いフードを被った、背丈のある人物です。たまにもう1人、フードを被った小柄な人影が映っていたりするので、複数人で組んでいるものと思われます。」ジオの報告は、それまでの会議の内容を補強するには十分すぎるものだった。
「そうか、これで我々の仮説に一つ筋が通ったな。」レオンが大きくため息をついた。
第3章開始にあわせて続けていた毎日更新は、今回で一区切りとなります。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
次回からは通常更新に戻る予定です。引き続き『路地裏の亡霊たち』をよろしくお願いいたします!




