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路地裏の亡霊たち――犯罪都市で交錯する事件と人々の群像劇  作者: Nova
03:Fade in Black

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第62話:解析結果

「で、オートインジェクターの成分分析についてなんだけど。」治安管理局・月影ビルの20階にあるプレジデントルームにて、ジーナ・ノルディが話を続けた。


 ルーク・シュナイダーはごくりと唾を飲み込む。なぜ緊張しているのかは分からなかったが、あの赤髪の少年に関して、ルークはなぜか無視できないほど気がかりだった。


「私が現場で見た内容、ルークとジークの証言を元に、医療セクションの協力も得て作成した資料がこれ。」ジーナはポインタをホログラムスクリーンへと向けた。


「ただ、薬液の成分構造を全部話しても、専門的なことなんかあんたたちには分からないでしょ?だから、ひとまず掻い摘んで説明するわ。」ジーナは一度ニヤリと笑うと、宣言通りざっくりとした説明を始めた。


「まず、戦闘時における作用についてよ。オートインジェクターを太ももに刺してから、薬液が体内に入り切るまでおよそ3秒ほどだったと記憶しているわ。その間少年は動きを止めていたことになるけど、こちらの対応が遅れたのは致し方ない。」

「なるほど。未知の挙動に関しては警戒しないといけませんしね。」アインが納得したように口を挟む。


「そういうこと。成分構造としては、高濃度のアドレナリンおよび中枢神経刺激剤を主成分とした、非合法の薬液よ。つまり、軍用・医療用のどれと照合しても、正規規格からは明らかに外れた未承認薬物。」ジーナは足早に説明を続ける。


「作用としては、投与直後に心拍数と血管収縮を強制的に上げ、脳内の痛覚を一時的に遮断し、運動能力の限界値を引き上げ、実質的な身体能力を上げるものであると分析したわ。」ジーナの説明を聞いていた一同は、みな眉間にシワを寄せていた。


「ちょっと待てよ、なんか胸焼けしてきた。」ジークが前に体を倒して、膝に腕をつく姿勢をとる。

「自分も……、あまりよくわかりませんでした。」アインも腕組みをしたままそう言った。


「えっと、つまり結論から言うと違法薬物……ですよね?」ルークが小さく手を上げながら尋ねると、ジーナはふふんと笑って見せた。

「その通り、さっすがルークね。……座学ができる子は違うわね。」ジーナは片眉を軽く上げながらそう言った。

「んだよ、挑発してんのか!?」ジークがわかりやすくキレそうになるのを、ルークが彼の脛を蹴って制止する。


 ジークがグルルと喉を鳴らしてジーナを睨みつけるが、ジーナ自身は涼しい目をして受け流している。


「オートインジェクターそのものの入手経路もそうだが、中身自体も違法薬物か……。となると、ますますその辺の子供では入手できまい。」レオンが冷静にその場をまとめたことにより、歯を剥き出しにしていたジークも大人しく姿勢を正した。

「それはどうかしら。……ねぇアイン、この手の薬物の入手にどれだけの手間がかかると思う?」ジーナは意味を含んだような口調でアインに話を振る。


「そうですね、この手の薬物は、一般人からしたらどこにあるのか探すのすら難しい代物ですが、あるところにはあるものです。これはドーピング系なので定かではありませんが、普通の違法ドラッグなら少し裏に踏み入るだけで手に入る。」

「普通の違法ドラッグって……何。」ルークとジークが呆気に取られているのを、アインはすっと見つめて言った。


「軍でも手を出すやつがいる。……それに、この街ならパージウェストかオールドサウスに行けば、そういう売買の形跡がある。これまでもたびたび、月影で見つけ次第検挙している。」

「なるほど。」ルークとジークは同様に返事をしたが、にわかには受け入れ難いようで、お互いに顔を見合わせる。


「えぇ、つまり裏社会やストリートで量産・流通している市販ドープの一種であると考えられるわ。過去の検挙履歴を漁ってみたらどうかしら。……うまく行けば、バイヤーを捕まえられるかもしれないわよ?」


「確かに、都合よく行くかは分からないが、やってみる価値はある。過去に検挙された違法薬物関連のバイヤーや調合師のリストを分析するよう情報・IT両セクションに依頼しておこう。」レオンはタブレットを操作しながら頷いた。


「全く仕事の早い……。てか情報セクションって人手足りるのかしら。ただでさえ予算縮小の煽りを受けてるのに、ちょっと可哀想じゃない?」ジーナがソファの肘掛けにもたれかかりながら皮肉を言う。


「……そうだな、最近ようやく新人が入ったとはいえ、現状はハーディが、文字通り身を削って業務を片付けている。余剰リソースがないことぐらい、彼もわかっているだろう。」レオンは顔色ひとつ変えずに言い切った。


「おぉ〜怖い怖い。……うちもその煽りを受けないように頑張らなきゃねぇ。」ジーナは揶揄うようなその口調とは裏腹に、心底嫌そうな顔をする。

「まぁいいわ。それで、なんだけど、この違法薬物を検体コード:NS-3――Neural Stimulator - 3と呼称することにするわ。」


「ニューラル……何?」ジークがまたわかりやすく顔を顰めている。

「NS-3でいいわよ。とはいえ、現場で流通しているものの名前が判別するまでの、仮称とするわ。あくまでも月影内でラベリングするためよ。覚えておいて。」

「わかりました。」ルークは大人しく了承した。


「まぁ、詳しくは資料を見ておいて。概要は今説明した通りだし、重要なのは対策であって中身じゃない。戦術的に考えることもあるだろうけど、それは各自でやっといて?」ジーナは人数分の紙の資料をローテーブルにバサリと置くと、「まぁ別に、データの方を見てもいいけど」と付け足した。


 −ポーン


 突如、インターホンの音が鳴る。レオンが端末を手元で確認すると、そのままキーロックを解除した。


 −ガチャ


「あの、えっと、失礼します、局長。」プレジデントルームに入ってきたのは人事セクション長の、アヴェラ・ロッセだった。

「あ、会議中に失礼します。」アヴェラは深々と頭を下げたが、普段通りの整った容姿に似合わないほど、何か焦っているように見える。

「どうした、アヴェラ。」


「あの、うちの、人事セクションの子が、連絡もないのに出勤してこないんです。」レオンの問いかけに対して、堰を切ったようにアヴェラは話を続ける。

「まだ若い女性なんですが、一昨日の退勤履歴はあるのですが、官舎にもおらず、昨日は非番で休みを取っていたので、いつからいないのかがわかりません。」


「ふむ、だが、まだ遅刻というには早いんじゃないのか?」レオンが言うと、アヴェラは即座に否定した。

「そこの素行不良たちと一緒にしないでいただけるかしら!!あの子はこれまでだって1秒たりとも遅刻したことがございませんのよ!?」アヴェラに素行不良扱いされたシュナイダー兄弟は、ルークは申し訳なさそうな顔をして、ジークは軽く舌打ちをした。


「ほら見なさい!?うちの人事セクションでは、1秒の遅刻も許しませんのよ!?」アヴェラがジークを一瞥した後でそう言った。

「まぁまぁアヴェラちゃん?今はそこ、重要じゃあないでしょ?」見かねたジーナが、ため息をつきながらアヴェラを宥めすかして、本題に移らせようとする。


「うっ……。えぇそうね、失礼しました。その、ですから。」

「遅刻するはずのない局員が遅刻している。ならば捜索しなければならないな。」

「その通りでしてよ。」レオンの言葉に、アヴェラは再び元の勢いを取り戻したように言い切った。


「元からですけど、今は何かと物騒ですし、それに女性だけを狙っている連続殺人犯もいるでしょう?人事セクション長として、彼女のことを放置するわけにはまいりません。」アヴェラは背筋をスッと伸ばしながらそう言った。

「任務として正式に受領した。捜索の手配はこちらで出そう。」

「お願いします。」


「だがこちらからも一つ頼みがある。」

「なんでしょう?」レオンの言葉に、アヴェラは少し身構えたようだった。


 レオンは僅かに瞼を下ろし、何事かを思案しているようだった。そのまま数秒の間沈黙していたが、誰もが微動だにしない中、レオンはおもむろに口を開いた。


「そちらから1人、私の管理下に移してくれ。」レオンの鋭い眼光が見据えた先では、アヴェラが一瞬目を大きく見開き、次いで大きく顔を歪めた。


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