第61話:護身用パフューム
襲撃の翌日、エミリア・バートンは雑貨屋ソニアの前にいた。あんなことがあった次の日だ。本当は、家で大人しくしていた方がいいとわかってはいる。しかし、身を守る方法がない以上、家でじっとしているのも少しだけ心許ないと、エミリアは思った。
「エミリアさん、俺は午前だけ月影へ行ってきます。昼前には戻ります。その……、できれば家にいて欲しいんですが。」今朝月影へと立つ前に、アインが申し訳なさそうにそう言った。
エミリアも昨日まではそのつもりだった。エレもディウも、怪我をしていて本調子じゃない。一夜明けたらだいぶよくなったようだが、ドクター・ジゼルのところへ行くまでは無理をさせられないだろう、とエミリアも考えていた。
「はい、そのことなんですが……。」エミリアはアインの顔を伺うように切り出した。
「少し、買い物をしてきてもいいですか?」
「買い物、ですか?」アインは少し驚いたようだった。
「はい。あの、身を守るものが、必要かと思いまして……。それから、お昼を買わないといけないことに気づきまして。」エミリアは、エレから聞いた雑貨屋ソニアの護身用パフュームのことと、ザード家の食料品が朝の分で切れてしまったことをアインに明かした。
アインはしばらく考え込むような仕草をした。しかしエミリアが、エレのパフュームが壊れてしまったことと、自分のパフュームをエレに渡して、自分もお昼までには戻ってくることを説明すると、アインも「分かりました。」と頷いた。
「すみませーん。」エミリアは雑貨屋ソニアのドアを潜ると、店の奥に向かって声をかけた。
少し早かっただろうか。表にはCloseプレートもかかってないし、ドアの鍵もしまっていない。ただ開けられるからといって、入ってしまうのは少しよくなかったかもしれない、とエミリアは思った。
「どうしよう。」一回出るか、と踵を返すと、ちょうど奥から声がかかった。
「あら、おはよう、エミリアさん?」
「あ、おはようございます!!こんな早くに、申し訳ありません!!」エミリアは目の前に現れた店主の姿に、思わずガバッと頭を下げた。
「うふふ、気にしなくていいのよ?もう店は開いてるんだから。」スミレは前に見たような優しそうな微笑みで、エミリアを出迎えた。
「それで、今日はどういったものをお探しかしら。」店主スミレはフリルのついた白いブラウスに、マーメイドスカートという出で立ちで、長い赤紫色の髪をふわりと揺らした。
エミリアは彼女の立ち姿にぼんやりと見惚れつつも、ハッと思い出して店内をキョロキョロと見渡した。店内には相変わらず所狭しと並べられた小雑貨に加えて、店内の一角を軽く占めるほどの香水瓶が、異様な雰囲気を出している。
「あの、これなんですけど。」エミリアが小さなカバンから割れた香水瓶を取り出すのを見て、スミレは何かを察したような顔をした。
「あら、それ、どうしたの?」
「エレちゃんからもらってきました。これが護身用だって聞いて。」エミリアが香水瓶の中身についてエレから聞いたこと、そして昨日のトラブルで割れてしまったことを打ち明けると、スミレは「なるほど」と小さく呟いた。
「確かに、うちで取り扱っているものにはそういうものも含まれるわね。……ちゃんと関係性を築けているようで安心したわ。」そう言うとスミレはニコッと笑った。
「でもそうね、エレちゃんはある意味必要ないかもしれないけれど、あなたと他の子には必要かもね。」スミレは何かを考えるように目を細めると、香水瓶の棚の前へ向かい、エミリアの方へ手招きをする。
「こっちへいらっしゃい?もっと詳しく説明してあげるわ。」
「は、はい!」エミリアが棚にぶつからないよう小走りで向かうと、スミレは棚の小瓶をいくつか手に取った。
「これを見てちょうだい。」スミレの手に乗っている小瓶はどれもふんわりと柔らかい色合いで、半透明のガラスの容器には水のような液体が入っている。
「これが前にあなたに渡したもの、こっちがエレちゃんに渡してたものよ。」スミレは薄ピンク色の小瓶と赤い色の小瓶を交互に指し示す。
「その、効能は……。」エミリアがおずおずと尋ねると、スミレは再びニコリと笑った。
「どっちも刺激系で、催涙パフュームとして売ってるわ。まぁ、相手を一瞬怯ませるぐらいの効能はあるかしら。基本的な使い方としては、相手の目元にワンプッシュだけど、液体そのものを飲ませても効果があるわよ?」
「飲ませた場合は、どうなるんです?」
「飲ませた場合は……。」スミレは少し含みを持たせるように間を開けた。
「飲ませた場合は、焼けるような喉の痛みに苦しむ敵が見られるわよ?」
「そ……。」それはと言いかけたのに、エミリアはうまく言葉が出てこなかった。
それはあまりにも毒物すぎる。というか、結構ガチなやつなのでは?と内心困惑しながらも、でもまぁ台所用洗剤とかも、飲んだら結構危ないですし!と思い直す。
「それは結構な毒物ですね!」しかし、飲み込んだはずの言葉がうっかり表に出てしまったエミリアは、自分の顔が真っ赤にのぼせ上がるのをリアルに感じた。
「うふふ、そうよ?エレちゃんから聞いたでしょ?」エミリアの「毒物」という言葉を聞いても、スミレは特に驚いていないようだった。
「え!?あの、あれってほんとだったんですか!?確かに毒物を扱ってるとは聞いてましたが、そこまでのものだとは思ってなくて……。」エミリアは素直に打ち明けた。
「えぇそうよ?というか、あなたのその反応、ほんとに新鮮で面白いわね。」
「え?」
「だってこの街の人たち、物騒に慣れすぎていてあなたみたいに驚かないもの。」
「はぁ……。」
「お客さんのリアクションが薄いのも、少しだけつまんないでしょ?」スミレは退屈そうにため息をついた。
「あ……、なるほど。」エミリアは思わず呆気に取られて呟いた。
「お姉ちゃーん!」店のレジカウンターのさらに奥の方から、誰かの叫ぶ声が聞こえてくる。
「あら、妹かしら。」スミレがそう呟いてカウンターの向こうに体を向けると、ちょうどガチャリとドアが開いた。
「お姉ちゃん!……あ、お客さんが。失礼しました。」ドアの向こうから顔を出したのは、エミリアにも見知った人の顔だった。
「アザミさん!?」
「エミリアさん!?」
「あら、お知り合いだったの?」アザミとエミリアが互いに目を見開いている中、スミレも同じように目を見開いている。
「え、え、それは私のセリフなんだけど!」アザミが驚いたようにそう言った。
「お姉さん!?妹さん!?」エミリアもまた、アザミとスミレを交互に見つめた。
「あぁ、うん、えっと……。説明するから、落ち着いて?」スミレはやれやれと言った様子で2人を宥める。
「ひとまず、私たちは姉妹なの。」エミリアに向けて、スミレが端的に説明をする。
「そうだったんですね!知りませんでした。」
「えぇ、そうでしょうね。私も今日初めて知ったわ。妹ともう知り合ってたなんて。」
「昨日オールドサウスの廃図書館に来てたのよ?……他の人も一緒だったけど。」アザミがスミレに向かって補足した。
「え?行ったの?オールドサウスに?」
「あ、はい。あの、エレさんたちとカワセミさんと一緒に行きました。えっと、色々見たいものがあったので。」エミリアがオールドサウスでの出来事を掻い摘んで説明すると、スミレは頭が痛そうに目頭をつまんだ後で、はぁと大きくため息をついた。
「あっははははは!!」店内に響くほどの大きな笑い声は、これまでのスミレのイメージからは少し予想もつかないものだった。
「なるほどね、あなた、ちゃんと馴染んでるようで安心したわ。」スミレは涙を指先で拭いながらそう言うと、手に持っていた小瓶を戻し、別の小瓶を3つ手に取った。
「はいこれ、黄色いのはディウくん、青いのはレイくん、赤いのをあなたにあげるわ。……効能は、さっきと一緒よ?だけど少しだけ強めのにしといたわ。」
「あの、おいくらですか?」エミリアの言葉を聞くと、スミレはうふふと笑って言った。
「あげるって、言ったでしょ?」
「え!?」驚いたエミリアと同時に、なぜかアザミまで驚いている。
「待って!?いいんですか!?」
「そうよ、滅多にしないじゃない、そういうの。」エミリアに次いで、アザミも混乱しているようだった。
「えぇ、だから今度は4人で一緒にいらっしゃい?」スミレはそう言うと、なぜか含みのあるような笑顔を見せた。




