第60話:Drop Shadow
「オッケー、じゃあ、私からね。……ちょっと、スクリーン借りるわね。」
「あぁ。」レオンの返答を聞くと、ジーナは自分のタブレット端末からホログラムスクリーンにデータを送った。
スクリーンには細長い容器の画像と、何かの成分表示の羅列が映し出される。レポートには、「CS-1127042-INJ:特定現場回収物資における薬液成分分析報告書」と記載がある。
「あ、これ現場で回収したインジェクターの成分分析ですね?」
「何書いてあるかわかんねぇよ」興味深そうに目を見開くルークに対して、ジークはめんどくさそうに目を細めている。
「そうそう、わっかりやすいリアクション、ありがとう。」ジーナは少し皮肉めいた口調でそう言った。
「さて、それじゃあ説明を始めるわよ。できるだけ簡易的に説明するけど、わからない点があったら都度質問してちょうだい。」ジーナが端末上でスクリーンをスライドすると、箇条書きの要約文に切り替わる。
「まず入れ物の話。このオートインジェクターは、月影の医療セクションで使用しているものと酷似しているわ。まぁ、と言っても普通に正規で流通しているものなんだけどね。パッケージだけなら、どこにでもある規格の、普通のインジェクションよ。」ジーナはポインタで要約文の一つを指し示す。
「流通品か?」
「そうよ。」レオンの質問に対し、ジーナは短く回答する。
「ただ、どこでも手に入れられるかっていうとそうでもないわね。この手の製品は医療器具の扱いだもの。安物の注射器と違って、卸される場所が決まってる。」
「なるほど。医療従事者ってことですか?」アインが端的に質問を挟んだ。
「まぁそうなるわね。ただ、処方箋によって患者に渡されるものもある。」
「というと?」
「全く一般に出ないようなものでもない。」
「ややこしいですね。」
「そう、かもね。」アインとジーナが一通り問答を繰り返しているが、アインはどこか腑に落ちないような顔をしている。
「まぁいいわ。そこはいいのよ、別に。つい最近医薬品倉庫が荒らされたばかりだったはずだけど、それとの関連性が疑えない限りはね、どうだっていいのよどうだって。」ジーナはやけに含みを持たせるような言い方をした。
「ねぇ?局長。……それとも、我がレオン隊のリーダー様?」ジーナはニヤリと口角をあげた。
「あぁ……、そうだな。その話はここのラインとは関係ないはずだったんだが。別軸で捜査を拡大してみよう。」レオンはタブレット端末を操作しながら軽く答えた。
医薬品倉庫の荒らしについて、ジーナはそこまで詳しくなかった。ただ、役職のない一般局員には、公開されていない情報も多い。なんせ、月影のセキュリティをものともせずにかい潜り、適切に扱えるものだけを盗んでいったその手腕を見れば、内部に手引きした人間の存在を疑わないのも不自然だからだ。
「しかし、君が知っているとは驚きだ。……情報セクション長から聞いたのか?」レオンは咎めるでもなく口の端を持ち上げた。
普段であれば、眉目秀麗な男の微笑みに他ならないが、その眼光の鋭さを見れば藪から蛇どころかライオンが出てきても文句は言えない。ジーナはすっと目を細めた。
「いいえ、単に、セルマンのジジィから小さなお告げが降ってきただけよ。……武器庫の件だってそうでしょ?」
「ふむ、そういうことならばいいだろう。……いずれその線も回収しないといけないな。」全くこの男は、とジーナは思った。
普段は自由に部下を遊ばせておくくせに、こういうところはやっぱりその手の階級職だ。自分がどんなに背伸びしたって、この男には敵わない。ジーナはふっとため息をつくと、何事もなかったかのように本題へ戻った。
「つまり現状、刺客の少年がなんらかの経路でオートインジェクターを入手した、でも入手経路までは判別できないって言いたいわけ。」
「な、なるほど……。」ルークはそれとなく相槌を打つ。
なぜか急に始まった年上同士の探り合いを前に、ルークは自分の胃がキュッと悲鳴をあげるのを感じていた。決してバチバチと火花を飛ばすほどのものではないのに、戦場にいるよりも冷や汗が出る。いやむしろ、ただ目の前の出来事に最適化すればいいだけの戦場とは違って、喉が詰まるような圧を感じた。
「まぁ、憶測でしかないならそれ以上のことじゃねぇんだろ。さっさと続けようぜ。」ジークは隣のルークを盗み見ながら、若干飽きたような口調でそう言った。
「えぇそうね、続けましょう。」ジーナはジークに視線をやると、また元のようにホログラムスクリーンにポインタを当てた。
「で、肝心なのは内容物よ。ルークとジークもそうだし、なんなら私も目の前で見たけど、科学セクションで成分分析をしながら、医療セクション側にも知見を借りたわ。……なんせ、反射速度や身体性能の向上なんて、ただのドラッグじゃあり得ないもの。」ジーナはふぅと軽く息を吐いた。
「あの、戦闘時の状況についてはルークとジークに聞いたんですが、本当にこいつらを圧倒するほどだったんですか?」アインがゴーグル越しでもわかるほど、鋭い視線をジーナに投げる。
「待って、そんなの私に聞かないでよ……。」ジーナは思わず顔を顰めた。
なぜそんなことを自分に聞くのかと疑念はあったが、教官もしているアインのことだ。教え子たちの外部評価が知りたいのだろうと思い、ジーナは回答を続ける。
「えっと、あくまで素人目線よ?正直、圧倒するほどではなかったと思うわ。ジークも対応しきれていたし、後ろにはルークも控えてる。結果取り逃しはしたわけだけど、相手だって無傷じゃないわ。」ジーナは緊張からか、珍しくごくりと唾を飲み込んだ。
「遠目に見た限りだけど、相手の少年は発育もそこまでよくなかったし、背丈も肉付きもジークの方が数段上よ?その状態でよくもまぁとは言えるだろうけど、盤面をひっくり返せるほどには、見えなかったわ。」
「なるほど、よくわかりました。」アインは納得したのか、ジーナへと向いていた圧をおさめて、シュナイダー兄弟へと向き直る。
「助かりました。正直、訓練を増やすべきかどうかで悩んでいたので。」アインが唐突に告げた言葉で、双子の肩がびくりと震えるのを、ジーナは見ていた。
「はぁ、全く……。話が進まないじゃないのよ。」
「あぁ、そうだな。しかし、今の視点は重要だった。今後の脅威度の指標になるしな。」先ほどとは打って変わって、静かな様子でレオンが言った。
「えぇ、そうでしょうね。ただ問題は、やっぱり外部介入よ。」さすがに脱線しすぎかとも思ったが、話の流れとしては仕方がないとジーナは切り替える。
「ルークがEVCの影響で倒れたとはいえ、対少年だけならこっちが勝っていた。……実際、拘束だってしてるわけだしね。でも、その後に投げ込まれた煙幕瓶のおかげで、こっちはターゲットを取り逃してる。」
「そうだな、その分析結果もアイン経由で確認している。」
「そりゃ早い。まぁ、これも前にすでに推測済みではあるけれど、やっぱり敵は何人かで協力していると見た方が妥当でしょうね。」
「あぁ、むしろ単独犯だと決めつけるよりは、かなり現実的だ。」ジーナの発言に対し、レオンは淡々と同意を返す。
「だからね、私はこのインジェクターも、少年が自分で手に入れたかどうかすら怪しいと思ってんのよ。」
「それは、どういうことですか?」アインとルークの声が同時に聞こえる。
アインはいつもの調子だったが、ルークは思い切り身を乗り出してジーナを見ている。なるほど、真剣なのはいいことかもね、とジーナは思い、自分のやや突拍子もない推測について、冷静に説明を始めた。
「正式に、組織犯を疑って動くべきだわ。この状況、いくらなんでもできすぎている。……第一、せいぜい18かそこらに見えるようなガリガリの少年が、こんな大したものを手に入れられるとは思えないのよね。」それはやや感情的なジーナの推論に過ぎなかったが、レオンを含め、その場にいた全員が頷いた。
「そうだな、それが妥当だろう。まだ報告の途中だが、組織犯罪のフォーメーションに切り替えることとする。……総員、心してかかるように。」
「了解。」レオンの宣言に対して、各々の返答が重なった。
「OK、それじゃあ報告に戻りましょう。……長かったけど、ここからインジェクターの中身についての解析結果を話すわよ。」ジーナは気を引き締めるようにそう言った。




