第59話:疲労困憊ミーティング
第59話:疲労困憊ミーティング
「入るわよ〜。」科学セクションメンバーのジーナ・ノルディが、タブレット端末を抱えながらズカズカと入ってくる。
始業時間ちょうどのプレジデントルームにて、デスク前の椅子で仮眠をとっていたレオン・クラッドは、そのままの姿勢で軽く手を上げて出迎えた。
「ちょっと、どうしたのよ、あんたたち。揃いも揃って疲れ切ったような顔をして……。雨でも降ってんのかと思ったじゃない。」ジーナはむしろ、振り切れた針のように高いテンションで声をかける。
「そんな顔などしていませんが。」アイン・ザードが間髪入れずに言い切った。
ホログラムスクリーンの横で壁に背をもたれて立っている彼をムッとした顔で睨みながらも、ジーナは大人しくスルーした。レオンのデスクに近い大きな窓からは、その面積にそぐわぬ薄ぼんやりとした光が差し込んでいる。
「ま、雨じゃなくったってどんよりなことには変わりないわね。」ジーナは誰に向かってでもなく呟いた。
「あ、ジーナさん、お疲れ様です。」ジークの隣で項垂れるように座っていたルークが、慌てたように立ち上がり、ジーナに軽く頭を下げる。
「おはよ。ってかまぁ、ひどい顔ね。」ジーナはルークに対してそう言った。
デスク前にある応接用のソファでは、ジーク・シュナイダーが足を投げ出すように座っており、頭の後ろに腕を組んだまま、ジーナに対して顎を引くだけの会釈をした。
「うん、あんたぐらいよね、まともに挨拶してくれるの。」
「え?」ジーナの余計な一言に、ルークは多少の困惑を示す。
「すまない、ジーナさん。昨夜の一件からその、少し処理が追いついていなくてね。報告を聞くから、君もそこに座ってくれないか。」レオンは空いているソファの方を指差した。
「それはいいけど……、珍しいわね。」ジーナがスタスタとレオンのデスクへ近づいてくる。
「ねぇ、さっきレポート提出したけど、その様子だとまだ読んでないわよね?」その言葉にレオンが顔を上げると、ジーナの目の下にもくっきりとクマができているのが目に入る。
2人の視線が噛み合い、沈黙の時間が数秒流れた後で、ジーナは何かを察したように肩をすくめ、「だって、仕方がないじゃない。」と反論した。
「いや、責めているわけではないのだが。ただ君も、それなりに濃い夜を過ごしたのかと思ってね。」特に深い意味はなかったのだが、レオンの言葉に、ジーナは思いっきり苦虫を噛み潰したような顔をする。
「そんなの、我らが局長様には言われたくなんかないっての。私たちの職場であるこの月影ビルが、一部をのぞいて眠らぬビルと化してる惨状。その最たる例があんたでしょ?」ジーナの言うことはもっともだ、とレオンはふっと笑った。
「あら、その顔、一応自覚はあるのね。」
「すみません、その件については自分が――。」ジーナが軽口で畳み掛けようとしたところへ、アインが申し訳なさそうに割り込んでくる。
「いや……、その件については気にするな。」レオンが片手をあげてアインを止めると、ジーナが大袈裟に頷きながら指を鳴らした。
「あぁ、あれね。レポートは深夜のうちに回ってたわよね。……深夜のうちにね。」繰り返された言葉を、やけに強調していたように聞こえたが、それに関してはあまりにも事実だったためレオンはまたも苦笑した。
「え、てことはあいつも寝てないわけ?……ほんと、よくやるわ。」今日のジーナは寝不足を引きずっているせいか、いつも以上に饒舌だ。
レオンは収拾がつかなくなる気配を察し、会議へと切り替えるために姿勢を正す。その動きを見て、他の全員も背筋を伸ばした。
「ジーナさん、アイン、君たちもひとまずそこに座ってくれないか。これから会議を始めるぞ。」レオンが切り出すと、ジーナは手に持っていた書類の束をレオンに渡す。
「はいこれ。一応紙で持ってきたわよ。広げられるから、こっちの方が見やすいでしょ?あ、でも画像は荒いから、そこはデータを見た方が早いわ。」ジーナは早口で捲し立てると、紙束をレオンに押し付け、ソファの方へと向かっていった。
「それで、だ。」レオンはデスクの前から応接用の椅子の一つへと腰掛けながら本題を切り出した。
ローテーブルを囲んで左側にルークとジーク、右側にジーナとアインが座っている。少し前のミーティングと同じ席だな、とレオンは思った。タブレット端末をテーブルに置き、ジーナからもらった紙束を手に持っている。確かにジーナの言う通りで、データの方が勝手はいいが、徹夜明けの目には紙の資料がありがたい。
「周知のこととは思うが、まずは昨夜の件について共有しようと思う。参照は、情報セクション長ハーディ・グラントから提出されたレポートだ。……すでに読んだ者は?」レオンの問いかけに、ジーナとルークが軽く手を挙げた。
「自分は当事者です。」アインが手を挙げる代わりに発言したが、レオンは頷きながら受け止めた。
「あぁ、分かっている。……改めて説明すると、今回の一件はアインの自宅で起きたことだ。犯人は大ぶりのナタを持った、赤いドレスの金髪の女性。被害者は在宅中のエミリア・バートンと、未成年2人の計3人だ。」レオンが軽く要約すると、ルークの小さく息を呑む音が聞こえた。
「あの、この件、関連性はあるんでしょうか。」早速ルークが質問をする。
「ふむ、それについては私も疑っているところだ。主に、ルークとジークが遭遇した赤いドレスの女の方だがな。」レオンの回答に、ルークはこくりと頷いた。
「アインはどう思う?」
「はい、自分も同意見です。ただ凶器のナタを回収したところ、切り裂き娼婦スラッシャーとの関連性も捨てきれないと、判断しました。現場から採取した血液と同様、科学セクションに解析依頼を出しています。」アインは一切の私情を感じさせないほど、淡々とした報告をした。
「ふむ、凶器の画像はハーディのレポートにも載っているな。……確かに、女性の武器としてはかなり大ぶりに見える。」レオンがタブレット端末に該当の画像を映し出すと、ルークが少し身を乗り出すようにして覗き込む。
「えぇ、それに、大きくて重たい刃物という意味では、スラッシャーによる被害者の死亡要因にも一致するわね。……まぁ、こっちはまだ推測の域を出ないけど。」ジーナが軽く補足した。
「でも、ここまで被っていたら保留にするのもアレですし、どのみち襲撃事件の容疑者であることには変わりませんよね。」足を組んで座っているルークが眉を顰めながら発言する。
「あんたって、こういう時結構攻撃的よね。」
「え?」呆れたようなジーナの言葉に、ルークは驚いたような顔をした。
「そういやアインさんって、顔見たんすか、女の。」気だるそうだが、ジークが珍しく質問している。
「居たんでしょ、現場に。じゃなきゃ被害者が無事だった理由が考えつかない。」
「自分が合流したのは終盤です。……もっと早く合流できたら良かったんですが。」アインが簡潔に返答したのに対して、ジークは「は?」とでも言いたげな顔をしている。
「それまではどうしてたんです?」ルークが不思議そうに尋ねる。
「妹が……、応戦してました。」
「は?」ルークとジークがほぼ同時に声を発した。
「17ですよね?」資料にある年齢の項目を見て、ルークが怪訝そうな顔をする。
「まぁ、そういう反応になるわよね。……私もなったわ。」ジーナは妙に達観したような瞳をしている。
「そんなに変でしょうか。」
「いいえ、あんたの妹だもの。……別に、何にもおかしくなんてないわよ、ねぇ?」ジーナが他のメンバーに圧をかけるようにニコリと笑った。
「あー、まぁ……。俺らも軍に入った頃は、そのくらいの年齢でしたし……。」ルークが苦し紛れのフォローをしている。
「つってもお前は全然動けなかったじゃねぇか。」
「そん……なことないし。……第一お前がフィジカルモンスターなだけだろうが。」
「あ?」
「全く、そこまでにしろ。」ルークとジークが喧嘩しそうになっているのを、レオンが止める。
自由に発言してくれる分には構わないが、自由すぎるのも困りものだな、とレオンは思った。一昨日はルークの発作でかなり弱っていた双子だったが、やはり若いというのは大変らしい。基本的に、有り余っている双子の体力をアインの訓練で削らせてはいるものの、1日も経つともうこれだ。
しかしレオンの一声によって、散らかりかけていた場が再び締まり、双子も肩を縮こまらせながら喧嘩を辞めた。
「アインの妹についてはさておくとして、現状はこの赤いドレスの女を公務執行妨害と民家襲撃の疑いで指名手配しなくてはならない。……数日前に取り逃して以来の、放火魔ライターと一緒にな。」
「申し訳ありません。」前回に引き続き、今回もターゲットを取り逃してしまったことについて、アインは悔しそうに謝罪した。
「まぁいい。今回についても致し方なかった。むしろ現場を離れることで被害者が再び危険に晒される可能性もある。……至って健全な判断だ。」レオンは再びフォローを入れるも、アインはまだ少し納得のいかない顔をしている。
「むしろ、相手の凶器を回収し、手負いにしたのは上出来だ。地面の血痕から採取した血液も合わせれば、証拠品としても申し分ない。十分に仕事をした以上、過ぎたことを引きずっていても、仕方がないからな。」そう言うとレオンは、別の資料を取り出した。
「さて、本題に移ろう。……今回、新たに科学セクションから上がってきた解析結果についてだ。」レオンは全員の顔を見渡した。




