第58話:ザード家の襲撃者
「で、本題はここからだ。アイン・ザードの家を襲撃した犯人は、その場にいたエミリア・バートンと2人の未成年者の、計3人を襲撃した。」ハーディは内ポケットからメモ帳を取り出して開き、先ほどとは打って変わって真面目な口調で報告を始めた。
時折混ざる身振り手振りの合間に、手に持ったメモ帳にびっしりと書き込まれた走り書きが見えている。しかしハーディ自身はそれを確認するそぶりがないことに、レオンは少なからぬ感心を抱いた。
「なぜそれが可能だったのかといえば、アイン・ザードがその場にいなかったからに他ならない。襲撃者の容姿は黄色いブロンドに赤いドレス、凶器は大ぶりのナタ。エミリア・バートンには防ぐ術がなかったが、アインの妹――エレ・ザードが肉弾戦で対応した。」ハーディは淡々と事実のみを述べていくが、ある意味で情報量の多いその内容に、レオンは思わず眉間に皺を寄せた。
「ここまでで、何か質問は?」ハーディは一度報告を切ってレオンを見た。
「ふむ……、アインの家の子供たちは3人だったはずだ。あと1人は?」
「1人は、たまたまその場にいなかったらしい。諸事情だが、無事は確認できているそうだ。」一瞬脇道に逸れたように思えるレオンの質問にも、ハーディは難なく回答する。
「了解だ、続けてくれ。」
「あぁ。……ところで、アイン・ザードの妹が応戦した件については気にならないのか?」ハーディが片眉をあげてレオンに尋ねた。
「いや、直接見たわけではないが、腕が立つらしいことは聞いている。……複雑な気分ではあるが、早くから軍歴のあるシュナイダー兄弟やアイン、彼ら自身の身体的なポテンシャルをデータとすれば、そういうこともないわけではないと……理解はしている。」レオンはやや苦し紛れにそう言った。
「それに、だ。1〜2年前まで月影に所属していた、あの怪力女史のこともある。彼女は訳あって月影の所属からは抜けてしまったが、女性だからといって身体的に劣っているかどうかは定かではない。」と、レオンはある女性を思い出しながら補足した。
「それに関しては俺も同意だ。現に、相手の襲撃者自体も女だしな。」ハーディは頷いた。
「しかし、赤いドレスにブロンド、大ぶりのナタか。」レオンの脳内には、複数の情報が同時に浮かんでいた。
昨日の昼にシュナイダー兄弟は赤いドレスの女に会い、妨害と取れるような行為をされている。さらに、パージウェストを中心に頻発していた切り裂き娼婦スラッシャーの件の、凶器は大ぶりの刃物だったはず。そんなレオンの思考を読んだかのようにハーディが言った。
「似ているだろ?まぁ、今の報告はアイン・ザード単体の証言がベースになっている。この辺りに関しては当事者の証言が必要だが、少なくとも類似点はいくつかある。」
「ふむ。」レオンは少し喉が渇いたなと思い至った。
「ハーディさん、もしよろしければお茶でも淹れましょうか。……少し、喉が渇いてきました。」レオンが言うと、ハーディはヒューと口笛を吹く。
「そりゃありがたい。こちらから何も持参しなくて申し訳ないが、あんたが淹れてくれるのか?」
「えぇ、ちょうどいいのがあります。……お淹れしましょう。」レオンはソファから立つと、キッチンスペースに行き、お湯を沸かした。
レオンが自前のティーカップにお茶を注いで持っていくと、ハーディは足を揺らしながら携帯端末を操作していた。
「どうぞ。」レオンが白いトレーからハーディの分のティーカップとソーサーを置き、ついで自分の分もテーブルに置いた。
ハーディはまだ顔を上げずに操作している。レオンはソファにゆっくり腰を下ろすと、自分のカップに一緒に持ってきたシュガーを入れ、ティースプーンでくるくると混ぜて一口飲んだ。
ローズヒップティーのほんのり立ち上がる華やかな香りと、マイルドに調整された酸味、スッキリとした爽やかな後味、そして何よりも湯気の立つ飲み物の温かさが、レオンの体にじんわりと染みる。
「美味いな、これ。」やっと作業を終えたのか、ハーディが紅茶を飲みながらそう言った。
「シュガーは?」
「いや、いい。俺は刺激的な方が好みだからな。」ハーディはストレートのローズヒップティーを、眉間に皺を寄せながら飲んでいる。
「紅茶、飲まれるんですか?」レオンのプライベートな質問に対し、ハーディは軽く答えた。
「いや、いつもはコーヒーだ。……大抵は、うちのエリオットが淹れてくれるんだがな。」ハーディはまだ心ここに在らずという感じで端末を見ている。
「ここ最近入った新人か。」レオンのつぶやきに対し、ハーディは「そうだ。」と返事をした。
万年人手不足の月影にも、人員補充はないわけではない。シュナイダー兄弟は二年目の若手で、先日レポートを持って現れたリオナ・フェティスもまだ1年目だ。ハーディの情報セクションはそもそもの人員が少なく、彼自身もまた2年目であり、古株の多い月影において、まだまだ新人と言えなくもない。
2年目のセクション長は他組織ならば異例ではあるが、前職の経歴を加味して任じられる月影においては、そう珍しい話でもない。その上ハーディの手腕は見事なもので、特にここ最近の働きにはレオンも驚かされている。そんな彼の元に昨年配属されたのが、エリオット・ウェルズという若者だった。
「ふむ、彼の様子は?」
「そうだな……。内部出身だからか、顔が広くて逃げ足が速いのがいいことだ。」ハーディは端末から顔を上げ、紅茶をまた一口飲んだ。
「ただ少し欠点があってな……。」
「欠点?」
「あぁ。切羽詰まるとすぐ泣き出しちまうんだ。」ハーディはエリオット・ウェルズの泣き顔を思い出しながら、少しだけ苦い顔をした。
危険を嗅ぎ分ける鼻が強そうなのだが、いかんせんそれをうまく扱い切れていない印象だった。ハーディはまた紅茶を一口飲んだ。なんの茶かまでは判別できないが、花のような鮮やかな香りと、果実のような酸味のある、華やかで上品な味がする。
「無骨な男のチョイスとは思えねぇ味だな……。」
「そうだろうか。」ふとした呟きを耳聡く拾ってくるあたりが、やはりレオン・クラッドの厄介なところだとハーディは顔を顰めた。
「まぁいい。それで、だ。アイン・ザードにはそのまま非番にしろと言っておいた。あいつ、やけに何かを拗らせたような声しやがってな。家にいた方がいいんじゃねぇかと思ったんだが、俺は直轄の上司じゃねぇし、こうして報告に参ったというわけだ。」ハーディは唐突に話を本題に戻す。
「なるほど、それで、か。」レオンは、なぜ訪問者がアインではなくハーディだったのかを理解した。
「電話もなかったのか?」
「あぁ。今のところ、彼自身からの報告はない。」レオンは素直に答える。
「なるほどな、……流石のあいつも、今回ばかりはキテるらしい。」ハーディはぐいっとカップを傾けて中身を空にした。
キテる。ハーディの言葉にはところどころ意味を掴みかねる箇所があるのだが、おそらくスラングなのだろうとレオンは思った。アインの身辺は、1週間ほどで大きく変わった。ここ1年は安定していると思っていたが、メンタルの不調が出てもおかしくはない。
「じゃあな、局長さん。俺からの報告は以上だ。お咎めは、しないでやってくれよ?俺のカッコがつかねぇからな。」ハーディは揶揄うような口調と共にニヤリと笑うと、椅子からすっと立ち上がる。
「あぁ、そのつもりだ。彼は元々非番だった。咎める点などどこにもない。」レオンがふっと笑うと、ハーディも軽く頷いた。
「そういうことなら、OKだ。あぁ、詳しいことはレポートを見てくれ。さっきはざっくりとしか説明してないからな。」
「いつも通りに処理しておこう。」
「あぁ、頼んだぜ。」そう言うとハーディは、軽く手を振って帰って行った。
ハーディを見送った後、レオンがふと壁にあるアナログ時計に目をやると、すでに針は頂点を回ったところにあった。また今日もろくに寝られそうにないな。レオンは深くため息をつくと、冷めたローズヒップティーを飲み干して、タブレット端末を手に取り、ハーディのレポートをその場で開いた。




