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路地裏の亡霊たち――犯罪都市で交錯する事件と人々の群像劇  作者: Nova
SS:Dialogues in the Lost City

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SS7:Moonlit Shadow

襲撃の後で

第1部第2章終了第56話後の話です

「それじゃあ、おやすみなさい。」ディナーを終えたあと、一通り片付けを終えたエミリア・バートンはアイン、エレ、ディウに挨拶をする。


 レイのいない椅子は少し寂しかったものの、ディナーの時間にアインがいるのも珍しいらしく、穏やかながらも少しぎこちない空気が漂っていた。


「エレ、痛みが急に強くなるようなことがあればすぐに言え。」アインがペーパーナプキンで口を拭いながら、エレに向かってそう言った。


 エミリアたちの皿にはまだシチューが残っていたが、アインはもう最後の一口を食べ終えたらしい。その早さに少し驚いたが、それでも大きく差が出ていないあたり、アインなりに食べる速度を合わせたのだろう、とエミリアは推測した。


「エミリアさん、明日の昼に廃病院へ行きましょう。ドクター・ジゼルから、一緒に来るようにと言われています。……内容的にはレイの話ですが、エレの傷の診察もしてもらいましょう。」アインがエミリアの方を向いている。

「わ、わかりました。……明日の昼で大丈夫なんですか?」エミリアは慌ててそう言った。


「はい。……むしろ、昼の方がいいです。エレを長時間歩かせるわけには行きませんし、レイを連れて帰るなら、車両があった方がいい。今日はバイクで帰ってきたので、一度月影に行って車両を借りてきます。」アインはそこまで言うと、グラスの水を一口飲んだ。


「なるほど……、でも車両って借りられるんですか?」エミリアの言葉に対して、アインは少し考え込むように顎に指を当てた。

「はい、問題ないと思います。調査という名目もありますから。」アインは目を細めて答えた。

「調査?」


「襲撃者の調査です。俺も今回は当事者の扱いとなるようですが、残留物の回収と、襲撃時の内容なんかを具体的に聞かないといけません。……月影にレポートとして提出するので。」そのために一度戻ります、とアインは言った。


「なので、昼まではここで待っていてください。あまり、無茶はしないように。しばらく不安になるかもしれませんが……。」

「だ、大丈夫です!私もいますし、今回はエレさんもディウくんもとても頼もしかったですから!……あまり心配しないでくださいね?」エミリアはアインが心に抱いているであろう心配を悟って、安心させようと微笑んだ。


「はい……、ありがとうございます。」アインは肩を落として頷いた。

「そういえばさ、エミリアさんって放火事件の後って、ドクターに診てもらった?」話の切れ目を察してか、ディウが話題をエミリアに向ける。

「いえ……、そういえば診てもらってないですね。」エミリアは向かい側に座っているディウの、残り少ない皿の中身を見つめながら答えた。


 放火事件という、いまだに思い出したくない記憶のトップ3に入っているその事件の後のことを思い出しながら、医者に診てもらうという当たり前のことをすっかり忘れていたな、とエミリアはため息をついた。


「色々と慌ただしかったので、すっかり忘れていました。……動けないことも、なかったですし。」

「それについては、俺が謝らないといけません。」アインが申し訳なさそうに口を開いた。

「エミリアさんは病院のことを知らなかったですし、俺が気がついて対処すべきでした。……すみません。」アインがエミリアの方に体を向けて、頭を下げる。


「あ、いえ!あの時は状況が状況ですし、仕方がないですよ!それにほら、今まで何事もなく過ごせてますし!!」エミリアは右腕で力瘤を作ってみせ、「アインさんのせいではありませんよ!」と付け加えた。

「いえ、ですが……。」


「それならさ、明日エミリアさんも診てもらおうよ。」なおも申し訳なさそうにしているアインを前に、ディウが口を挟んで提案する。

「え!?」

「そうですね、そうしましょう。」そこまではしなくていいと思っているエミリアとは反対に、アインはその提案を採用した。


 そんなこんなで一通りの仕事を終えて、エミリアは自室のベッドでくつろいでいる。膝の上に廃図書館から持ち出してきた本を積み、そのうちの1冊をパラパラとめくって中身を確認する。ページは確かに劣化しているが、それでも全体として見れば落丁も見当たらず、綺麗な古本くらいのものだった。


 ーコンコンコンコン


「……?」部屋の扉がノックされる音がした。

 エミリアがベッドに本を置き、気配を伺いながら立ち上がると、小さく囁くような声で「エミリアさ〜ん。」と声がした。


 エミリアがドアを開けると、そこにはエレとディウの姿があった。先ほど自室へ戻っていくのを確認したため、エミリアは少し不思議に思った。


「お二人とも、どうしたんですか?」

「あのね、ちょっとおしゃべりでもしよっかなぁって、2人で話して遊びに来たの。」エレが少し肩を縮こまらせてそう言ったので、エミリアはふふふと笑って2人を部屋に迎え入れた。


「それで、何のおしゃべりをしましょうか。」エミリアは、本を部屋の隅にある簡易的なデスクの上に置き、エレとディウを自分のベッドの上に座らせた。

「というか、エレさんはもう歩き回っても平気なんですか?」体は痛くないかとエミリアが尋ねると、エレは大丈夫だと示すように、首を縦に振りながら親指を立てる。


「平気平気。……まぁ、動きすぎちゃダメって言われたけど、お兄ちゃんから鎮痛剤ももらってるし、痛みに強いから大丈夫!」

「ふふ、大丈夫そうで安心しました。でもやっぱり無理は禁物ですよ?」エレの言葉にやや複雑な心境を抱えながらも、無事はいいことだとエミリアは思った。


「あっ!そういえば、思い出しました!」話の流れには関係なく、唐突にエミリアは声を上げた。

「え、何?どうしたの?」エレが不思議そうな顔でエミリアを見ている。


「あのですね……、今面と向かってエレさんの顔を見てたら思い出したことがあって。」エミリアはデスクについている小さな引き出しを引いて中身を出した。

「これのことなんですけど。」エミリアの手には、薄ピンク色で飾りつきの小瓶が握られている。


 以前生活雑貨を買いに雑貨屋ソニアに行った時、店主のスミレがおまけとしてくれたものだった。彼女は中身がただの香水でないことを匂わせながらも、しかしその使い方は教えてくれなかったのだ。


「あぁ〜、それスミレさんの香水瓶?」案の定、エレはこの瓶が何なのかに心当たりがあるようだった。

「スミレさん、それが何なのか教えてくれなかったんでしょ〜。」エレが揶揄うようにニヤリと笑った。

「はい、そうなんです。……使い方はエレさんに聞いて、と。」

「俺は初めて見たかも。」ディウは目を軽く見開いて小瓶を見ている。


「これはね?護身用のスプレーだよ。刺激性の。」エレは少しだけ勿体ぶるようなそぶりを見せつつも、あっさりと中身を明かした。

「ちなみに、私も持ってる。」エレが部屋着のポケットから取り出した小瓶は、エミリアのものとは違って少し赤みがかっていた。


「あら?」しかしエミリアが覗き込んだその小瓶は、ヒビが入って割れており、中身もすっかりなくなっている。

「あら。」ディウが反復するようにそう言った。

「あちゃ〜。衝撃で割れちゃったみたい。中身も空っぽだ。」エレはおどけたように肩をすくめた。


「その、刺激性ってことは、催涙スプレーみたいなものでしょうか?……なら、忘れていたのが悔やまれますね……。」香水瓶の中身を知らなかったとはいえ、さっきのような危機こそ活躍できた品なのではないかとエミリアは考えていた。

「あ、そうか、それは全然考え付かなかった。とはいえ知らなかったから仕方がないよね。」エレはハッとしたような顔をしたあと、エミリアを慰めるようにそう言った。


「まぁでも、そもそもあのレベルでやばい人だと、下手したらキレて暴れまくるだろうし。……俺も仕方がないと思うな。」ディウは難しい顔をしていたが、ふぅとため息をついて言葉を続けた。

「でも、もっと下っ端の人たち相手なら有効なんじゃないかな。一瞬怯ませられたら勝ちって時もあるから、持ってて損はないと思うよ!」


「そうそう、ポケットとかに入れて、肌身離さず持っとくといいよ!……スミレさんの毒って結構やばいし。」ディウの言葉を肯定しつつ、エレがさらっとそう言った。

「てかエレより俺が持っとくべきじゃね?」

「そんなことないよ?……あ、でもレイだったら必要かもね。」軽口を叩き合う2人を見ながら、エミリアはエレの割れた小瓶を指差した。


「それって、雑貨屋ソニアで買えるんですか?」

「え?」エミリアの言葉に、エレが驚いたような顔をする。

「多分ね?売るかどうかはスミレさん次第だと思うけど。……ちょっとした裏稼業なんだよね。」エレが声を潜めながらそう言った。


「そうですか。もし売っていただけるなら、一緒に買いに行こうかと思ったんですが。」

「え?」エレはさっきよりも驚いたようだった。

「あの、今回は頼もしかったですけど、危ないことに変わりはないですし、廃校でも少し危なかったですよね?持っていて役立つものなら、私からあなたたち3人にプレゼントしようと思ったんです。……あ、値段に寄りますし、私に買えたらの話ですが。……何かと助けられっぱなしですので。」エミリアは素直にそう言った。


「そんな、気にしなくていいのに。」

「そうそう。どうでもよかったら肩入れなんてしないんだからさ。」エレに同意するようにディウがあっさりとそう言った。

「でも一緒に買いに行くのは賛成〜。」エミリアがディウの言葉の意味を考える前に、エレがポケットに小瓶をしまい、エミリアの腕に抱きついた。


「それでさ、どうせなら俺らの部屋で話さない?レイがいないのは寂しいけど、俺らの部屋それなりに広いからさ。ゴロゴロしながら話せるよ?」ディウの提案は唐突だったが、エレは名案とばかりに頷いている。

「それは、その……嬉しいお誘いですけど。お部屋に行って大丈夫ですか?寝具とか。」エミリアは普段、シャワールームを使用する時しか2階には行かないため、行っていいものかどうかが悩ましかった。


「え、全然大丈夫っしょ!あ……アインさんの部屋の前通るけど、今日は部屋にいるから静かにね?」ディウがOKと言うように親指を立てた後、少しだけ声を小さくしてそう言った。

「まぁ、お兄ちゃんは怒らないと思うけど、一応ね。」エレもその点には同意のようだ。


 その後エミリアたちは自室から出て階段を上がり、2階のエレたちの部屋の方へと静かに向かった。途中で、階段を上がってすぐのところにあるアインの部屋の前を通ったが、中からはカタカタと小さな音が微かに聞こえるだけだった。


「お邪魔します。」エミリアは、ディウが開けてくれたドアを潜りながらそう言った。

「どうぞ〜。」エレとディウが口々に言う中、エミリアは室内を軽く見回す。


 室内は小さな個室二つ分くらいの広さで、ドアから入って正面に窓があり、左の壁側に二段ベッドが一つと、反対側には同じ大きさのシングルベッドが一つある。ドア側の壁には大きめのクロゼットが一つあり、それを挟むように小さめの衣装ケースが3つ配置されていた。


「左側はレイとディウで、右側が私!」エミリアの様子を見てか、エレが説明をした。

「なるほど、そういう配置でしたか。」エミリアは窓の前に置かれている3セットのデスクと椅子を見ながら、納得した。


「そうそう。元々は別の部屋だったんだけど、壁を壊して一つにしたの。」エレが指さす方を見ると、確かに壁に埋まった柱が見えた。

「そうなんですね。女の子と男の子が同じ部屋なのは珍しいので、少しだけ驚いちゃいました。」

「まぁね、一応、間仕切れるようにはなってんだけど、昔色々あったからね。」ディウが枕とシーツを運びながらそう言った。


「そうなんですか?」

「そうそう。あ、ここの広い床で寝よ?」エミリアのリアクションをさらっと受け流しながら、ディウは空いている床にシーツを敷いて枕を置いた。


「ちょっと硬いのがアレだけど、レイがいる時もよくこうやって3人で寝てんの。」ディウがエミリアに説明する間に、エレも自分のベッドからシーツと枕、それから掛布を持ってきている。

「エミリアさんはレイのやつを借りたらいいよ。」エレが自分の分を床に敷きながらそう言った。

「え、それはいいんでしょうか?私も自分の部屋から持ってきた方が。」


「大丈夫、大丈夫。レイはそんなこと気にしないし、エミリアさんなら良いってメッセージで言ってたよ?」

「いつの間に聞いたんですか?」ディウの手際のいい根回しに驚いて聞くと、ディウはひらひらと携帯端末を振って言った。

「ついさっき。」


 準備が終わると、3人はエミリアを中心にして寝具に横になった。なんとなく気になって、アインとはこういうことをしないのかとエミリアが聞くと、したことないなとエレが返した。エレとアインがこの街に来たのは約4年前のことで、その前もあまり兄妹らしいことはしたことがないと、エレは少し気落ちしたようにそう言った。


「仕方がないかな、お兄ちゃんは今も昔もずっと忙しいし。」エレは微笑んでいるものの、少しだけ寂しそうに見えるのは気のせいだろうか、とエミリアは心配になった。

「だけど、何かあったらすぐ駆けつけてくれるし、すごく強いから私は大好き。」エレの言葉に、エミリアは自分の推し量れない何かがこの兄妹にはあるのだろうと、思わざるを得ない。


「あの、不躾でなければお聞きしたいんですが、アインさんとエレさんは実の兄妹なんですよね?……ディウくんとレイくんはその、どういう関係なんでしょう?」エミリアは聞いてはいけない可能性を考慮しながらも、半ばはっきりと2人に尋ねる。


「あ〜、むしろ、今までよく聞かなかったよねぇ。」ディウは感心したようにそう言った。

「俺たち2人は、元孤児なんだ。」しかしさらっと発されたその言葉に、エミリアは自分の耳を疑った。

「あ、心配しないで?この街ではよくあることだし、俺たちも別に気にしてなんかないからさ。」ディウはエミリアの内心を察したかのようにそう付け加えた。


「私がこの街に来てすぐの頃だから、2人とも同じくらいの付き合いになるんだよ?」びっくりだよね、とエレが言う。

「だからさ、アインさんには感謝してるんだ。……仕方がなかったとはいえ、血縁でもない俺たち2人を、この家に置いてくれたんだからさ。」ついでにいろんなことを教えてくれたしね、とディウが言う。


 ちょっとした世間話のように口に出された言葉だが、その軽さとは裏腹に、その内実は決して軽いものではないだろうことは明らかだった。ましてや今のアインしか知らないエミリアだったが、彼が仕事に明け暮れるのも少しだけわかる気がする。


「ま、今はエミリアさんもいるし、またちょっと賑やかになったんだけどね!」打ち明けた重さを吹き飛ばすように、ディウが明るく笑った。

「これからもよろしくね、エミリアさん。」少しうとうとしながらエレがエミリアに微笑んだ。

「はい、こちらこそ、よろしくお願いしますね。」エミリアは唐突な居候から始まった関係性を、嬉しく思うと同時に愛しく感じた。


 こうやってまた一つ、この街で大事なものが生まれたことに、エミリアは微睡の中で感謝する。そうして自然に眠りについたエレとエミリアの様子を見ながら、ディウは携帯端末をいじっていた。


 光が2人を目覚めさせないように気をつけながら、隣の部屋にいるであろうアインのことを考える。本当にずっと感謝している。それは事実そうであったが、やはりディウからすれば、もう少しだけ自分たちを頼って欲しいような気がしなくもない。


「いつまで居候でいられるのかなぁ。」ため息と共に呟かれた言葉は、誰の耳にも入ることなく、そうしてディウの意識もまた、夜の静けさへと沈んでいった。


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