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路地裏の亡霊たち【第1部最終章連載中/毎週月・金更新】  作者: Nova
02:Cut the Skin, Cut the Bones

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第56話:Growing in the Lost City

 アイン・ザードはエミリアを助け起こすと、エレの方へと向かうことにした。ディウのことも少し心配だったが、外傷はあまり多くなく、自分で起き上がれそうだったので問題ないだろうと判断した。


「ディウ、エミリアさんと先に中へ入ってくれ。」アインはディウに声をかけた。

「は〜い。」ディウは軽快かつ少し間延びした口調で返事をすると、「よっ。」と立ち上がり、部屋着の緩いズボンをパンパンと軽く叩いた。


「あの、エレさんは?」エミリアが心配そうな眼差しを向けている。

「大丈夫です。俺が連れて行きます。」アインが言うと、エミリアは軽く頷いて「よろしくお願いします。」と言った。


「じゃ、エミリアさん、俺たち先に入っとこ。」そう言って、ディウがエミリアと中へ入るのを見届け、アインはエレの方を振り返る。


 戦闘の余熱か、あたりにはまだうっすらと熱気が漂っていたものの、あまり長居すると体が冷える。季節特有の身を切るような寒さとは別に、ソルティノースには海から上がってくる冷たい風が吹いていた。


 エレは地面に座り込み、気まずそうに俯いていた。その赤い髪は夜の暗さにも映えるほど鮮やかだったが、今は一部の髪が不揃いに千切れて跳ねている。アインはエレの目の前まで近づくと、そっと屈んだ。


「エレ……、大丈夫か?」アインが小さく声をかけると、彼女の肩がびくりと跳ねた。

「あ……うん、大丈夫。見ての通り……。」エレは自分の頬を掻いて、目を逸らす。

「そうか。」アインもまたそれ以上は何も言わずに、エレの外傷を確認した。


 頬、右肩、左腿の裂傷、それから擦ったような傷跡が複数と、内出血の跡。服に隠れていて見えない部分を除いただけでも、それだけあった。


 しかも上着も着ずに、トップスもボトムスもほぼ肌着に近い短さである。アインは自分の着ていた戦闘服のジャケットを脱ぐと、エレのか細い肩にかける。エレの体格には到底合いそうもなかったが、その分しっかりと体を覆い隠せるだろう、とアインは思った。


「腕は通せそうか?……いや、そのままでいい。」どうせ家の中に入ったら脱がせて一通り手当しないといけないのだと思うと、アインはダボダボのジャケットの前をしっかりと寄せる。


「ありがとう。」エレが小さく礼を言った。

「あぁ。」アインもまた短く返すと、エレに「前がいいか、後ろがいいか。」と問いかける。

「え?……あぁ、えっと、後ろがいいな。」エレがそう言うと、アインは自分の背中に乗るよう促した。


 アインが背中を見せると、エレはジャケットが落ちないように気をつけながら、その少し高い位置にある肩に手をかけた。少し体重をかけると、アインはエレの方に体を寄せ、太ももを上へと持ち上げる。


 一度大きく揺れる感覚に、少しだけビクッと体を震わせたエレだったが、それ以降の兄の背中は全くと言っていいほど揺らぎがなかった。


「ねぇ……、怒らないの?」エレはアインの肩に頭をのせて、首に回した腕にぎゅっと力を入れながら彼に尋ねた。


 沈黙の中、エレはアインの体から漂う焼け焦げたような匂いと、何か色々混ざり合ったかのような香りを近くで感じた。そういえば、前にもこんなことがあったような、とエレは考えたが、その時とは比べ物にならないくらい逞しくなった兄の背中に、少しだけ言い表せない寂しさを感じた。


「心配はしたが……、別に怒ったりはしない。」家の玄関扉の前でアインが言った。

「無謀に首を突っ込むことと、必要のある闘いは別ものだ。」少し拙い兄の言葉に、エレはキュッと唇を結んだ。


「心配、したの?」エレが震える声で問いかけると、アインもまた肩を強張らせたように感じた。

「あぁ……、当然だ。」それ以上の言葉は紡がず、アインは僅かに開いたままのドアを片手で開けた。


「あ、お帰りなさい!えっと、今お湯を用意しましたからね?……すぐこっちで体を拭きましょうね!」家の中に入ると、エミリアが明るい声で呼びかけた。


 エレたちが来るまでの数分の間に、料理を再開したらしい。焼けた肉の匂いだけではなく、玉ねぎなんかの野菜の匂いも漂ってくる。コンロのあたりにはディウがいて、コトコトと煮える鍋を見守っている。


「あ、やっときた!俺はもう終わったから鍋番してんの。」そう言ってディウが手を振った。

「鍋番……?あ、シチューか!」エレが飛び上がる勢いで体を起こしたため、アインの背中は一瞬だけ大きく揺れた。


「……。」しかしアインは顔色ひとつ変えずにエレの足を持ち直し、エレが落ちないように体勢を変えた。

「おい、アインさんの背中で暴れるなよ?」

「シチューは煮込むのにまだ時間がかかりますから、先にお手当をしちゃいましょうね!」わかりやすく呆れ顔をするディウに対して、エミリアは椅子のそばにお湯を溜めた丸いボウルを用意していた。


「はぁい。」今回ばかりはその通りだと思って、エレは大人しく返事をした。

「エレさん、こちらへ座ってくださいね。」エミリアが指し示した椅子に、アインがエレをゆっくりと下ろした。


「あ、ありがとうございます、アインさん。……その、エレさんの手当はこちらでしておきますから、先にシャワーを浴びてきてはどうでしょう?」お湯の入ったボウルに布を浸して絞りながら、エミリアがアインにそう言った。


 いつも通りのエミリアに見えるが、その言葉にはどこか硬さと不自然さがあり、彼女は彼女なりに気丈に振舞っているのだろう、とエレは理解した。しかし、先ほど離れて見ていた外での2人のやり取りの中で、気になることがないわけではなかった。


「……はい、そうします。」エレの近くに腕組みをして立っていたアインは、エミリアの言葉に軽く頷くと、シャワールームへと向かうことにした。


 ダイニングから聞こえてくるエミリアたちの声を聞きながら、アインは階段を上り、先ほど家の外で繰り広げられていた出来事を思い返す。本当ならば、早く報告をしなければならない。しかし、今この家を離れた後で、何が起きるのかを考えることもしたくはなかった。


 シャワールームにつくと、アインは戦闘服を脱いでいく。自分の汗が染み込んでいるであろうそれを、一旦は脱衣所にある洗濯カゴに押し込んだ。蛇口を捻り、熱いお湯を全身に浴びていると、塵も埃も体に染みついたもの全てが洗い流されてくれるのではないか、とアインは思った。


 一通り体を洗い終えて部屋着に着替え、ダイニングに戻ると、ちょうどエミリアの手当も終わったところらしかった。日が変わったら念の為、ドクター・ジゼルに見せに行かないといけないだろう。重症ではないが、軽視するほど軽くはない。怪我を放置していいことなど、この街には大してないのだ。


 エミリアたちの様子を横目に見ながら、アインははぁとため息をついた。やはり、一度報告を入れておこう、とアインは思って外に出る。玄関扉の木枠には、下側に何かが突き刺さったかのような跡があり、アインは思わず顔を顰めた。


 ーrrrrrr……


 ーピッ


 ーおぉ、やっと報告か?


 月影・情報セクションに通話をかけると、またいつものようにあくびをしながら、セクション長のハーディ・グラントが応答した。もう夜もふける頃だというのに、いつかけてもこの男につながる気がする。


「はい、遅れて申し訳ありません。」


 ーいや、いい。今回はお前も当事者だ。……別に誰も文句は言わんさ。


 アインの謝罪に対して、ハーディはなんてことないかのように受け流す。


 ーそれで?どうなったんだ?


「結論から言いますと、襲撃者の女には逃げられました。俺は銃を2発食らわせましたが、襲撃者を捕縛することは叶わず、女はナタを放り投げて逃げました。」アインはその時のことを思い出して、ハーディに悟られぬように唇を噛んだ。


 ーほぅ、そうか……。あんたの妹が戦ってるらしいと聞いたが?


「はい、その通りです。妹が応戦していましたが一歩及ばず……、あと少し遅ければ、手遅れになっていたかもしれません。」アインは感情を混ぜぬように気をつけながら淡々と報告した。


 ーはぁ……、了解。あんたもまた災難だったな。……ふぅ。


 通話口で、ゴクッと何かを飲む音がした。


「また酒ですか。」


 ーあぁ、やるせないことの後には酒が沁みるってもんだろ?


「そうですか。」意味不明な理由ではあったが、ハーディなりに何か思うところがあったらしいと、アインは無理やり解釈をつけた。


 ーそれで、だ。いつも通りレポートの作成と、局長様には俺が伝えといてやるからよ。……今夜は家で休んどけ。


 心配だろ?とハーディが言った。事実その通りではあるのだが、この男に言われるとなんだかむず痒くて仕方がない。アインはハーディに礼を言うと、電話を切ってダイニングへと戻って行った。


「アインさん!……もしかして、お仕事ですか?」エミリアは何かを察したかのようにアインに言った。

 いつものように明るく振る舞ってはいるが、どこか隠しきれない不安さが滲み出ているようだと、アインは思う。


「いえ、報告だけしてきましたが、今日はこのまま非番でいいそうです。」エミリアだけではなく、エレやディウのことも考えて、アインはハーディの提案を利用することにした。

「それはよかったです!ディウくんとエレさんの手当も終わりましたし、そろそろシチューをいただきましょうか!」エミリアの言葉に、アインを含めた全員が頷いた。


「エミリアさん。」アインが声をかけると、エミリアの肩がびくりと震える。

「はい?……どうしましたか?」銃を構えるアインに対する、エミリアの恐怖の滲んだ眼差しが脳裏にフラッシュバックする中、アインはエミリアにそっと伝えた。


「今日は……、本当にありがとうございました。」

「いえ!当然のことを、したまでですから。」その眩いばかりの微笑みに、チクリと胸が痛むのを感じながらも、アインも釣られてふっと笑った。


このエピソードをもちまして、第1部第2章は終了となります。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


本章では、切り裂き娼婦連続殺人事件を中心に、学校・病院・図書館での出来事を通して、Lost Cityや登場人物たちの日常を描いてまいりました。

少しずつでも、この街の空気や人々の暮らしを感じていただけていましたら嬉しいです。


次回エピソードからは、本章のサブストーリーを3話連続で公開予定です。

本編を補完する内容となっておりますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。


その後、第1部第3章へと進んでいきます。


もし作品を気に入っていただけましたら、評価やコメントをいただけますと、とても励みになります。

引き続き、『路地裏の亡霊たち』をよろしくお願いいたします。

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