第53話:Cut the Skin, Cut the Bones
マスカレイドでの休憩のあとで、エミリアたちはアイン・ザードの家まで帰ってきた。エレとディウはまたいつものように先にシャワーを浴びているため、エミリアはキッチンに立ってシチューを作ろうと準備を始めた。
帰ってくる時に、近くの食料品店で買い出しは済ませてあるので、まずは野菜を切り始める。痩せたジャガイモやにんじんの皮をとり、玉ねぎも含めて食べやすい大きさにカットする。硬いマトン(羊肉)は長く煮込まないといけないため、アインの帰宅に間に合わせるにはできるだけ早く仕込まないといけないな、とエミリアは思った。
トントンと小気味のいい音をキッチンに響かせながら、エミリアは調理を開始する。5人分の食事を作らなければいけないとはいえ、元々自炊には慣れている。手際よく作業を進める傍ら、エミリアは数時間前のマスカレイドでのリンドウとの会話を思い出していた。
リンドウに、ここ2日分の出来事を一通り話すと、彼は感心したかのように目を細め、「とてもいい進展でしたね。」と微笑んだ。店内ではカワセミがまたいつものようにカウンター奥の壁際に腰掛けており、リンドウは彼にも色々と話を聞いたようだった。
「そういえば、レイはどうしましたか?3人で行ったのですよね?」リンドウは、ずっと気になっていたのですが、とエミリアに尋ねた。
「はい、それが……。」エミリアは、レイが体調を崩して廃病院に泊まっているため、今日図書館に行った後に、彼を迎えに行ったことをリンドウに話した。
「昨日は体力の問題だと聞いていたんですが、今日は昼頃に熱を出してしまったみたいでして。」
「おや……、それはまた。」リンドウは心配そうに顔を顰める。
「ドクター・ジゼルと話した結果、レイくんはもう1日だけ病院に泊まることになりました。……流石にちょっと、苦しそうだったので。」エミリアは、病院で少しだけ顔を合わせたレイの様子を思い出した。
長袖のTシャツ一枚でベッドに横になっているレイは、エミリアが近づいて声をかけると、赤い瞼を少しだけ持ち上げた。熱冷まし用の濡れタオルは額に置かれているものの、それでもまだ身体中に熱がこもってつらそうに見えた。
「私も病院に残って看病したいと思ったんですが、マドニアさんには心配ないと言われ、ドクター・ジゼルには居ても邪魔だと言われました……。」エミリアは小さくため息をついた。
「あぁ……、確かに、彼なら言うでしょうね。」リンドウは空いたお皿やカップを片付けながらそう言った。
「エミリアさん、シャワー終わったけど、何か手伝う?」横からディウの声が聞こえて、エミリアは意識を戻した。
食材はすでにカットされた状態でボウルに入っており、トレーに入ったマトンも、すでに下処理を終えていた。
「あら、ディウくん、早かったですね?」エミリアは、キッチンの戸棚にあった中で一番大きい鍋を出し、コンロに置いて火をつける。
「まぁね。」ディウはエミリアの隣で鍋を見ながら、まだ微妙に湿った長髪をタオルでわしゃわしゃと拭いている。
鍋が程よく熱くなったところで、バターをしいてマトンを入れた。焼き色がつくまでしばらくかかる。キッチン台に置いていたグラスから水を一口飲むと、エミリアはディウに向き直る。ほんのりと安い石鹸の匂いが漂ってくるディウの髪は、毛先が少しパサついているように見えたが、基本的には綺麗に長く伸びている。
「あの、ちょっとおせっかいかもしれないですが、綺麗な髪なのでもう少し優しくした方がいいと思いますよ。」エミリアはディウからタオルをもらうと、少しだけ彼に屈んでもらって、その黄色味がかった茶髪から優しく水分を拭き取った。
「あ、ありがと。」拭き終わった後、ディウはエミリアから受け取ったタオルで少し照れたように顔を隠し、そのまま先ほどエミリアがしたように、タオルで包むように湿り気をとった。
「いいえ、でも、ドライヤーとか、持ってないんですか?その……ディウくんもですが、エレさんも長くて綺麗な髪をしていますよね……。」
「うーん、ドライヤー?ないね。……考えたこともなかった。」ディウは携帯端末を操作しながら答えた。
ディウとしばらく話していると、焼けたマトンの香ばしい匂いがしてきたため、焼き色を確認するためにエミリアは肉をトングでひっくり返した。十分な焼き色になったので、そのままもう片面も焼けるまで待たなくてはならない。
「……調べたけど、流石に買えないと思うよ。」ディウはエミリアの作業を待つと、検索した画面を見せてきた。
ごく一般的な通販サイトの画面だったが、Lost Cityへの配送は一部制限されているようだった。初めて見る仕様だったが、それじゃあ仕方がないか、とエミリアは思った。
「あら、そうですね。……なら、この前買った私のをみんなで使いましょうか。」エミリアがそう言った時、表の玄関の扉を叩く音がした。
―コンコン
エミリアは、こんな時間に誰だろう?と訝しみながら、一度コンロの火を止めた。
「ディウくん、少し確認してきますね。」
「こんな時間に?危ないよ……。」ディウが声をひそめて、エミリアを引き止める。
「だってアインさんかもしれないですし、他の知り合いの可能性もありますし。」
「でもアインさんならドアを叩く必要なんてないし、他の知り合いならまず名乗ると思うよ?」ディウの言っていることはもっともだな、とエミリアは思った。
―コンコン
そうこうしているうちに、再び扉を叩く音がする。
「でも、そういえばカワセミさんは名乗ってませんでしたし、確認してきます。待たせてるみたいなので。」エミリアはディウの手を丁寧に解くと、玄関の方へと向かっていった。
「待って。」ディウがタオルと端末を置いてついて来る音が聞こえたが、エミリアは「はーい」と言って玄関の扉を少しだけ開けた。
少し開けたところで訪問者の姿が見えず、不審に思ったエミリアはさらに大きく扉を開き、少しだけ顔を出して外を確認しようとする。
―ヒュッ
「危ない!!」急に後ろから服を引っ張られたエミリアは、その勢いのまま後ろへ倒れ込んだ。
―バコン!!
何が起きたかわからないまま足元を見ると、玄関扉の下枠にめり込んでいる、大ぶりのナタが目に入る。
「あ、う。」声にならない悲鳴がエミリアの口から漏れる。
「大丈夫!?」その声に軽く振り向くと、自分を後ろから引っ張ってくれたのが、ディウであったことに気がついた。
「はぁ〜い。お嬢さん、こんばんは。初めまして?うふふふふ。」扉の影から現れた赤い服の女が、突き刺さったナタを軽く引き抜く。
女はそのままナタを肩に担ぎ上げると、驚いて固まっているエミリアと、エミリアを庇うようにして肩を抱いているディウとを交互に眺めてニヤリと笑う。女はゆらりと立ち位置を変えて、入口を塞ぎ、エミリアたちを見下ろした。
「あらかわいい、坊やも、お嬢さんも。うふふ……でも、簡単にドアなんか開けちゃあ、ダ・メ・よ?」女は真っ赤な唇をさらに大きく引き伸ばして、首を傾けながらひひひと笑った。




