第50話:協力者
「教師?……あの養父から聞いたんですが、それって勉強を教えてくださる方のことですか?エミリアさんは勉強を教えられるんですか?私、あの、本を読むだけだと、どうしても物足りなくって。でもこの街だと新しい本もあんまり手に入らないし!」アザミが興奮したように早口で話しながらエミリアに詰め寄る。
「あ、えっと、あの、そうですね!流石にアカデミーレベルとはいきませんけど、10代までの教育課程ならおおよそ!基本までですが!」
「わ、私もう20過ぎてるんですけど、学校には少し憧れが!あの、何か協力できそうなことがあれば、手伝いますので!」アザミは照れたように頬を紅く染めながら、紫の髪を耳にかけながら目を伏せた。
「はい!ありがとうございます!」エミリアはアザミに嬉しそうにお礼を言った。
「ただ、教科書もノートも当てがないので、何かちょうどいい本があるといいんですけど。……子供達との接点も、まだそんなに多くはないし。」エミリアが困ったような顔で笑うと、アザミも「そうですよねぇ」と言いながらしょんぼりしたような顔をした。
「子供……の方はあれだけど、教科書って?」ディウがソワソワしたようにエミリアに尋ねた。
「教材……えっと、お勉強をするための本ですよ。例えば計算……数の扱い方を学んだり、文法……読み書きのために必要なルールを学んだりするんです。それが各分野やテーマごとに1冊にまとめられている本があるんですよ?」エミリアは説明に困りながらも、なんとかわかりやすく伝えようと試みた。
「へぇ、そうなんだ。計算と読み書きなら私も学校で少しやったし、この街に来てからはレイとディウも一緒にお兄ちゃんが教えてくれたけど。」エレが少し身を乗り出しながら会話に加わる。
「あれ、行ったことあんの、学校。」ディウが驚いた顔で言った。
「あぁ……うん、この街に来る前の話ね?私たちは5年くらい?前にここに来たけど、この街の外では学校も病院も普通にやってるから……。図書館は、外でも行ったことないけど。」エレの言葉に、ディウとアザミは目を見開いてフリーズした。
そういえば、廃校に行った時にそんな話をしていたような、とエミリアは思い出した。エレはともかくとして、レイとディウはしっかりとして見えていたので心配になることは少なかったが、それはアインがどうにか頑張った結果だったのかもしれない、とエミリアはぎゅっと心が痛んだ。
「なるほど、そうだったんですね。」少しの沈黙の後でアザミが明るく口を開く。
「教科書が本?ならどうにかなるんじゃ?」ディウもアザミに釣られて気を取り直したように見える。
「えぇ、そうですね。本ならここにたくさんあります。……劣化しているものも多いですけど、ここの建物は結構強くて雨漏りもしないし、それにあんまり人も来ません。盗める価値のあるものがそんなにないので。」アザミが淡々と補足をした。
言葉に引っ掛かりを覚えて僅かに眉をしかめたエミリアだったが、確かに上階にはたくさんの本が棚を埋めているのが見えており、アザミが抱えている本も、表面的な劣化はあれど、本としての形は損なわれていないようだった。
その辺りを踏まえて考えると、図書館の管理は行き届かないまでも、本の状態に関してはまだまだ希望が持てそうだなと、エミリアは考えた。
「なるほど、それなら確かに探してみる価値はありそうですね!」エミリアが大きく頷くと、アザミも笑って頷いた。
ふとエミリアが視線を上げると、ロビーの壁に大きな壁掛け時計がかかっているのが見えた。時計の針は短針も長針も12を少し過ぎた辺りを差しており、エミリアは時間の経過の速さに驚いた。
「もしかしてもうお昼過ぎですか!?」しかし慌てて携帯端末を取り出して画面を表示させると、デジタル時計はまだ11:30くらいを表示している。
「あれ?」エミリアが壁掛け時計と端末を交互に確認していると、隣にいたディウも時計を確認し始めた。
「エミリアさん、あの時計止まってるよ?秒針が全然動いてない。」ディウが壁掛け時計を指差していった。
「そうですね、振り子時計なのに振り子も動いてないですし。……今思いましたけど、あの時計が動いてるとこ、一度も見たことないですね。」アザミも時計の方に体をひねって確認している。
「あ、本当ですね。……立派な時計なのに、残念です。」エミリアはしょうがないと思って肩をすくめた。
時間は端末があれば確認できるが、図書館のクラシックな内装に合わせて作られたのだろうその時計が、動いていないことをエミリアは寂しいことだと感じた。
「ふぅん?あれって直ったりしないの?」ディウが興味を示したようにそう聞いた。
「どうなんでしょう?勝手に動くようになったりはしないでしょうし。」アザミは考え込むように眉を寄せた。
「時計ですから、専門知識が必要になるかもしれません。時計屋さんがあると、見てもらえるかもしれませんが。」正直、クラシックなものを再び使えるようにするのは容易ではないと知っていたので、簡単には言えないとエミリアは思った。
「へぇ……、そうなんだ。」しかしディウは思っていたよりもあっさりと返答すると、そのまま別の話題に変えた。
「ところでさ、今日本探していけば?……1〜2冊くらいなら、持って帰れるでしょ。」
「……あ、えぇ、そうですね!アザミさん、探すの手伝っていただけませんか?」エミリアが言うと、アザミは一瞬驚きつつも、すぐ嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんです!ご案内します。……でも、どんなのを探せばいいんでしょう?」
「そうですね。……エレさんたちはものすごくちゃんと文字が読めてる印象ですし、カワセミさんもアザミさんも問題はなさそうなんですけど、一旦まずはYear 1レベルから始めたいですね。 」エミリアは少し考えながら言った。
「それってどのくらいですか?」
「えっと、例えば絵本とか、できるだけ文字の少なくて絵の多いものがいいですね。それがなければ、なるべく使われている言葉が簡単なものがいいと思います。」エミリアはそう言うと、一度全員を見回した。
アザミはともかくとして、エレやディウが本というものにどれだけ触れてきたのか、エミリアは少しだけ心配していた。
ディウはさっきの時計の件以来、少しだけ退屈そうにしていて、エレはこちらを見ているものの足を伸ばして足首をパタパタと動かしている。カワセミはずっと同じ体勢で、まばたきすらしたのかどうかわからなかった。
その後はアザミが主導になって、上階2フロアにわたる本棚探しが始まった。棚はどこもかしこも埃だらけだったが、普段からアザミが出入りしているせいなのか、綺麗にされている棚もいくつかあった。
「あれ、所々埃の薄い棚がありますね?」エミリアが尋ねると、「はい、自分くらいしか出入りしていないのですが、ちょっとずつお掃除してるんです!」ついでに本の整理も兼ねて、とアザミは言った。
途中途中、崩れた本の山を踏み越えるようにして進まなければならなかったが、アザミが棚の配置を把握していたおかげで、目的の本は比較的短時間で探し終わった。計5冊の本を、エミリアが3冊、エレとディウが1冊ずつ持つことで分担する。
「ありがとうございます、アザミさん!おかげでいい感じの本が見つかりました!」エミリアがアザミにお礼を言うと、アザミはブンブンと何度か首を振った。
「いいえ!こんなにたくさん本の話ができて、楽しかったです!……その、できればまた来てくれると嬉しいのですが。」アザミは少し恥ずかしそうにしている。
「だって今まで養父と兄姉以外に、話のできる人がいなかったので。」
「嬉しいです!私もアザミさんともっと話したいと思ってました。」エミリアが言うと、2人は互いに微笑んだ。
エミリアとアザミは互いの連絡先を交換した。エミリアはこの街に来てからまだ同性の近しい関係性を持てていなかったことを思い出し、アザミとの出会いを嬉しく思う。それを見ていたエレは、「マスカレイドでも会えたらいいね!」とアザミに言った。
「確かにそうですね!私もセントラルスクエアに住んでるし、またいつでも会えますね。」とアザミもとても嬉しそうにしていた。
そうして図書館を一周し、みんなでロビーに戻ってくると、やや控えめな様子でアザミが言った。
「あの、実はお気に入りの本棚があって……、また今度来た時に見て欲しいんです。」
「え、いいんですか?」アザミの提案に、エミリアは目を少し見開いた。
「はい。あの、今度はレイくんもいる時に、みんなで遊びに来てくださいね。」一通り探索を終えたエミリアたちを、アザミはエントランスで見送った。
強かった風はいつの間にか落ち着き、少し冷たくなった微風が、エミリアの頬を滑っていった。空はまだ明るさを保っていたが、また少しずつ重たい雲に覆われようとしている。
「ふぅ、もっと冷える前に帰りましょう。雨でも降らなきゃいいんですが。」心配そうなエミリアに対して、ディウが携帯端末で天気予報を見ながら言った。
「残念、今日はこの後雨だってさ。」
「雪じゃないだけまだマシかもね……。」画面を覗き込みながらしょんぼりしたようにエレが言った。
「行こう。……まだ昼だけど。」ずっと沈黙していたカワセミが口を開いた。
「あ……、はい。そうですね。レイくんのことも心配ですしね。」エミリアがそう言うと、みんなは頷いて彼女に続く。
はぁと、一行の後で小さくため息をついたカワセミは、ふいに1人だけ立ち止まる。やはり少しずつ強まり出した湿った風に、そのオレンジ色の髪を煽られながら、どこか陰鬱とした気配を感じて近くの木立を振り返る。
「カワセミさん?大丈夫ですか〜?」少し先を行っていたエミリアたちが彼を振り返って声をかけた。
「うん、今行く。」面倒そうに顔を顰めながら彼は再び歩き出す。
そのさらに向こう側、いまし方彼の見つめていた木立のかげには、何者かの影が揺れ、ブルーシルバーの髪が煌めいた。




