第49話:本好きな女性アザミ
紫髪の女性は、図書館の幅広の階段を、本を抱えながら小走りで駆け下りてきた。途中、落ちていた瓦礫に躓いたときは焦ったものの、彼女はエミリアの目の前に立っている。おどおどとした様子は上階から覗いていた時とほとんど変わらず、ひざ丈のスカートにグレーのタイツ、小さなリボンのついたパンプスを履いている。
「あ、あの……、何の御用でしょうか。」彼女は上品さの混じったような声音でおずおずと尋ね、ずれ落ちそうになった大きな眼鏡をくいっと直した。
「は、初めまして。エミリア・バートンです!あの……、少しお話を伺いたくて。」エミリアは例のごとく姿勢を正して彼女に挨拶をした。
「あ、はい、あの、アザミです。……バートンさん?えと……、他の方々は?」本を抱えた紫髪の女性はアザミと名乗った。
アザミ……。エミリアはなぜかその名前に既視感を覚えた。”アザミ”は彼女の紫色の髪と同じ色の小さな花だ。似たような紫色の花の名前を持つ人を、エミリアは何人か頭の中に思い浮かべた。
「あの、彼はカワセミさん、こっちはディウくん、それと……エレちゃんです!」エミリアは近くにいる人から順番に紹介した。
エレとディウはそれぞれ「どうも~」と挨拶をし、カワセミはまた例のごとく何も言わなかった。てっきり初対面なのかと思ったアザミだったが、その割には慣れたような顔で「どうも。」と呟いた。
「え?カワセミさん?」しかしエミリアの想像とは裏腹に、姿は知らなくとも名前は知られているらしいことに、エミリアは内心驚いた。
「あ、いえ、何でもないです。皆さん、初めまして。」アザミは一度口に出した驚きを急いで引っ込めるようにそう言った。
「あの、カワセミさんを知ってるんですか?」エミリアが尋ねると、アザミは「うー」っと唸りながら目を泳がせた。
「えっと、はい、えぇまぁ……、そうですね……。いえ……、ちゃんと話すのは初めてなので、初めましてでいいと思います。」
「なるほど?」
「はい、カワセミさんだけではなくて、ディウさんとエレさんも……、ですね。」アザミはメガネの奥からこちらをちらちら伺いながら答えた。
どういうことだろう、とエミリアが思っていると、エミリアの左隣にいたディウは、何かを感づいたようだった。
「あぁ、リンドウさんの妹さんか。」軽く手を叩きながらディウが言う。
「え?そうなんですか?」驚いたエミリアに対し、ディウが続けた。
「うん、マスカレイドで何回か見かけたよ?……確かに、ちゃんと話すのは初めてかもね。」
「はい、あの、リンドウが兄で……、それで皆さんを知っていました。カワセミさんは、その……、兄の仕事の関係者ですし、ディウさんとエレさんは、お店によくいらしてますよね?」アザミがディウの言葉に付け足した。
「あの、でも、エミリアさんは、ほんとのほんとに初めましてです。……でも兄を知ってるんですね?」
「はい!リンドウさんには、何かとお世話になっておりまして!」何かと、の中には様々な含みや事情があるものの、おおまかには間違っていないだろう、とエミリアは思った。
「何かとっていうか、かなりいろいろ世話になってるけどね。カワセミさんもリンドウさんに言われたからって言ってたし。」ディウがエミリアに付け足した。
「なるほど?……確かにうちの兄はいろんなことに手を出していると思いますが。」そう言うとアザミは口元に手を当ててふふふと笑った。
「まぁ、立ち話もなんですから座りましょうか?……そこの椅子はまだ使えるはずです。……手入れはされてないのですが、雨漏りとかもないですし。」アザミはロビーの一角、休憩用のテーブルや椅子がある辺りを指さした。
エミリア、エレ、ディウ、カワセミは、アザミの案内で椅子に座った。昔は質が良かっただろう布張りの椅子は、放置された年月のせいで硬くごわごわした質感になっている。エミリアが手を置いて体重をかけると、硬いばねの反発とともにぼふっと中から埃が舞った。しかし骨組み自体はしっかりした造りになっていて、体重をかけても壊れることはなさそうだな、とエミリアは安心した。
エミリアが布の表面から軽くほこりを払って椅子に座ると、エレとディウはすでに適当な椅子に座った後だった。アザミもエミリアが座った後で座り、カワセミを見ると今回は大人しく椅子に座ることにしたようだった。
「えと、それでは本題なんですが。」エミリアが切り出そうとすると、アザミが慌ててそれを制した。
「あ、すみません、ちょっと待ってください。……端末を確認したんですが、ジゼル先生から事前に連絡が……。読書に夢中で気づきませんでした。」すみません、とアザミは携帯端末を握りしめながら、申し訳なさそうに肩を落とす。
「え!?そうだったんですね!連絡入れてくれてたなんて知らなかった……。」エミリアも改めて携帯端末を確認するも、エミリアに来ているジゼルからの連絡には、アザミのことは特に書かれていなかった。
「あら?エミリアさんは、ジゼル先生ともすでに面識があるんですか?」アザミが驚いたように身を乗り出した。
「はい!とは言っても、昨日会ったばかりなんですけどね。」エミリアはえへへと苦笑しながらそう言った。
「昨日?」
「はい。えっと、私自身、この街に来てから日が浅くて……。」エミリアは、ここに来てからの経緯と、昨日あったことをかいつまんで話した。
エミリアはできるだけことを短く話したつもりだったが、そうするとただでさえ高い情報密度がさらに高くなってしまって困ってしまう。あまりにも急展開な出来事のオンパレードに、聞いているアザミの表情が何度も何度もコロコロと変わった。
「え、えぇ?1週間前に月影経由で来て、放火事件に巻き込まれて、昨日は学校にいたんですか?か、活動的ですね。」アザミが戸惑うようにそう言った。
「ね、改めて聞くと意味わかんないよね〜。」もう横で何度も同じ話を聞いているはずのディウが同意する。
「そ、そんなことはないと思いますが。」エミリアは両手を振りながら否定した。
「で、今はエレさん、ディウさんと一緒に月影の方のお家で暮らしてるんですね?」アザミが興味津々な顔で質問をする。
「はい、そうです!本当はもう1人いるんですが、彼は今体調を崩して病院にいまして。」
「なるほど、道理で1人少ないわけですね。」アザミが納得したようにそう言った。
「あれ?レイのことも知ってるの?」エレが不思議そうな顔で尋ねる。
「はい、あの青髪の子ですよね?名前は知りませんでしたが、いつも一緒にいるのを見ていましたので。……あの、ところでなんですが、エミリアさんはどうしてこの街にいらっしゃったんですか?」アザミがエミリアに質問した。
自分が教師であることを迂闊に明かさないようにと散々言われていたため、エミリアはついそのあたりの話を伏せていた。
「あ……いえ、その、事情がおありなら大丈夫なのですが。」エミリアが答えに詰まったのを見て、アザミは申し訳なさそうにそう言った。
「いえいえ!その、うっかり口にするたびに釘を刺されるので、少し注意深くなってしまって……。」エミリアが言うと、ディウが「元が警戒しなさすぎなんだよ」とエミリアをからかった。
「そ、そんなことは!……あるかもしれませんが!」エミリアはディウに反論しきれずに悔しそうな顔をしたが、すぐに切り替えてアザミに向き直り、素直に打ち明けた。
「私、実は教師なんです。学校に勤めるためにこの街へ来たのですが、まさか学校が閉鎖されてるとは思わなくて。帰るに帰れないので色々と見て回ってるんです。……何か自分にできることを見つけないといけないですし。」




