第48話:廃図書館にて
翌日、エミリア・バートンはジゼル・ヴァッカスに教えてもらった廃図書館の正面に立っていた。病院とは学校を挟んで反対側に位置しており、その様相は学校とほぼ同程度のもので、煉瓦の外壁にはひび割れと這い回る蔦が見えている。
比較的大きな3階建の建物には大きく開けた空間があり、石敷きの道に囲まれた芝生と適度に休めそうな屋根付きのベンチが見て取れた。今は芝も伸び切っているが、もし手入れがされていたなら、ゆったりと落ち着きのある空間だっただろう、とエミリアは思った。
「わぁ、こっちもまた、すごいですねぇ。」エミリアも流石に3度目であり、大きく驚くことはなかった。
ただやはり現実の有り様とは裏腹に、歴史を感じつつも頑強に見える造りのせいで、学校や病院とはまた少し違った趣を感じる。
「今回は、歩きやすそうでよかったね〜。」エミリアの隣でディウが言った。
「そうですね!ここは石造りの道ですからね、草もあまり生えなかったんでしょう。」
「そんなもんなの?」
「はい。……まぁ、とはいえ、いずれはそれすら押し除けるでしょうが。」エミリアは風に靡く髪を手で押さえながらディウに答えた。
「ふ〜ん?草って強いんだね〜。」ディウの括られた黄みがかった長い茶髪も、今日の強い風に煽られている。
「風が強い、さっさと行こう。」カワセミがエミリアたちを急かすようにそう言った。
昨日、マドニア・オースティンに送られて帰宅した後、カワセミとはその場で別れた。マドニアはカワセミのことも送ると言ったが、カワセミは「いらない」と言って帰って行った。
その後リンドウに一報入れると、「まぁいつものことですね」と返答があった。それでカワセミとの付き合いは終わりかと思ったエミリアだったが、翌日(つまり今朝)には、当たり前のようにカワセミが来た。
「カワセミさんは、その、予定とか大丈夫だったんですか?」エミリアが尋ねると、カワセミがまたいつものように返答した。
「別に、問題ない。」そしてカワセミはまた先頭を切って、さっさと歩いて行ってしまった。
学校の時とは違い、エントランスに着くのに苦労はしなかった。正面エントランスの扉はやはり重厚な作りをしているが、学校の時とは違って既にパドロック(南京錠)が壊れており、細身の人が1人通れるくらい扉が開いている。
「あれ?封鎖されていた跡はありますが、壊れてますね?」エミリアは立ち止まって疑問を口にした。
「ほんとだ!じゃあ今日は蹴らなくても大丈夫そうだねぇ〜。」エレがしゃがんで、地面に落ちたパドロックを見ている。
レイは昨日の体調不良でまだ病院にいるが、概ね変わらないメンバーだ。エミリアは一晩経ってもレイのことが心配だったものの、あれからなんともないとジゼルから連絡が来ていたので、一旦は胸を撫で下ろし、後で迎えに行くことにして家を出た。
「開いてるなら、さっさと入ろう。」カワセミが相変わらず淡々とした口調でそう言って、僅かに開いた扉の取手に手をかける。
「あ、でも誰かいるんじゃないですか?危なくないでしょうか?」エミリアが慌てて言うと、カワセミは扉を押そうとした手を一瞬止めた。
「……はぁ。まぁ、誰かはいるけど、大丈夫でしょ。」カワセミは少しめんどくさそうな顔をした。
「まぁ確かに、『会わせたいやつがいる』ってジゼル先生言ってたもんねぇ。」立ち上がってスカートを払いながらエレが言った。
「そうするとその人がいるかもね。」ディウも頷いて同意した。
「そ、そうですよね!そうかもしれません!……それじゃあ、行ってみましょう!」エミリアは多少の慣れを感じながら、カワセミとは反対側の扉に近づいた。
「……よいしょ!」体重をかけながら扉を押すと、ギギギっと音を立てながら扉が開く。
カワセミの方と合わせて、人が3人並んで通れるくらい開けた後、エレやディウを先に通して自分も後に続いた。
目の前には、もう1枚、半分ガラス張りの扉がある。しかし、既にその向こう側にはスタッフがいたのであろうカウンターと、天井まで届きそうなほど背の高い本棚が見えている。
「おわ、すご……。」またしてもディウが驚いたように声を上げた。
「確かに、これは圧巻ですねぇ……。」エミリアも同様に目を見開いた。
「何してるの?早く行こう。……でないとまた帰りが遅くなる。」カワセミがガラス張りの扉を押し開けながらそう言った。
「あ、はい!」エミリアは急いでカワセミの後へと続くと、エレとディウが通るために扉を押さえる。
「ありがとう。」エレとディウが口々にそう言うのを聞いて、エミリアは「どういたしまして」と微笑んだ。
2人が通ったのを確認してエミリアは扉から手を離す。1枚目の扉と違って軽めのそれは、グワングワンと揺れながら勝手に閉まった。振り返って館内を見回すと、正面に受付・案内のためのカウンターと休憩スペースのあるロビーとともに、吹き抜けになっていて棚がそびえ立つ上階の様子が見えている。さらに上の階への階段はエントランスからは見えないが、カウンター近くに案内板のようなものが見えるので、それを見ればフロア構造がわかるかもしれない、とエミリアは思った。
「う〜ん、今のところ誰か居そうには見えないね……。」少し先を見に行っていたディウが言う。
確かに、埃を含んだような湿り気のある館内は、自分たちの声や足音がする以外は静まり返っていて物音ひとつ聞こえなかった。足元を見ると、靴跡がつくほど厚く埃が積もっており、長い間放置されていたことが否が応でも伺える。
「本当に誰かいるんでしょうか?」エミリアがそう言うと、カワセミがひとつ上の階を指差した。
「多分、向こうにいる。……隠れてるかも。」
そういえば、とエミリアは学校での浮浪者たちの様子を思い浮かべた。エミリアたちが慎重に行動していたとはいえ、教室に入ってすぐの浮浪者たちにはこちらの出方を伺うような気配があった。
今回の人もそうかもしれない。初対面で、しかもこちらの人数が多いのだから、怯えて出てこられない可能性も考慮すべきだったな、とエミリアは思った。ふぅ、とエミリアは一息つくと、上階に隠れているであろう誰かに向かって、思い切って声をかけてみることにした。
「すみませーん!私たち、あなたとお話しがしたいんです!決して危害は加えませんからー!」大きく張り上げたエミリアの声が、少しだけ館内に反響し、微かな余韻を残して消えた。
「……いや、どうだろう。その言い方だとめっちゃ怪しくないかな。」ディウが少し困ったような顔をしながら、エミリアの方へと戻ってくる。
「いや、でも、うーん、確かに!……でももう一回だけ。」ディウの言い分はもっともだなぁと肩をすくめながらも、返事のない上階に向かって、エミリアは再び声をかけようと息を吸い込んだ。
「すみませーーん!」エミリアがさっきよりも大きく声を張り上げたところで、とたんにどさどさと何かが落ちるような音がした。
「あ、誰かいる。」その音を聞いたカワセミが、上階を見つめながらそう言った。
「どこにいるか大体わかった。……連れてこようか?」なぜか小さく光ったカワセミの瞳に、エミリアは慌ててカワセミを止めた。
「あ、いえ!結構です!……それだと本当に危ない人になっちゃいますから!」エミリアがそう叫んだところで、上階の階段横の手すりに掴まって、恐る恐る顔を覗かせている女性に気づく。
彼女は遠目にも際立つような紫色の髪をしていて、迷うように何度も顔を出したり引っ込めたりを繰り返している。その彼女を安心させないといけないと思ったエミリアは、彼女のいる方に向かって、今度は直接声をかけた。
「あの!すみません!もしよろしければ、お話していただけませんか?」エミリアとばっちり目があったその女性は、今度は出たり引っ込んだりするのをやめて、オドオドした様子を残しながらもすっと立ち上がって頷いた。




