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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第2章:Cut the Skin, Cut the Bones

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第47話:心配事

 アイン・ザードは月影ビル18階のトレーニングルームでトレーニングをしていた。その日の業務はほとんど終わり、受け持ちの任務の報告もすでに済ませてあった。もうすでに定時業務の時間は過ぎているものの、アインには待機時間がほとんどないため、こうして時間外に体を鍛えることも少なくはない。


 特に今日は、レオンの呼び出しで朝からMTGがあったかと思えば、夕方のMTGまで含めて新チームの発足やら、謎の組織犯の話やらで大変だった。アイン自身の受け持ちには特に進展はなかったものの、解決もせず溜まっていくだけの事件レポートを見ていると、レオンがため息をつきたくなるのも分かる気がした。


 ふっと短く息を吐きながら、懸垂のバーに上体を近づける。もうかれこれ1時間はこうしてトレーニングしているが、最近はどうにも考えることが多くて面倒だった。

「97、98、99、100。」もう少し時間があれば、とは思うものの、食堂の時間もあるためアインは仕方なく床に足をつき、懸垂のバーから指を離した。


 食事のこともあるが、まずシャワールームに行こうかというところで、その辺に置いていた携帯型端末が小さく震えた。アインがそれを手に取ると、画面にはエミリア・バートンのメッセージ通知が表示されている。ひとまず呼吸を整え、近くに置いてあったタオルを取って汗を拭く。タンクトップの肌着の隙間まで手を差し込んで拭った後で、メッセージの通知をタップして開いた。


―Emiria:すみません、今ってお時間取れますか?少し電話でお話したいことがあって。レイくんのことなんですけど、少し体調を崩してしまって、一晩病院にいることになったんです。


 その文面で大体の事情は察したアインだったが、ことの成り行きには首を傾げながら通話をかけた。コ―ル中、エミリアの応答を待っている間に汗を拭いた白いタオルを首にかけ、近くにあったベンチプレスのシートの上に腰を下ろす。プライベートな通話は本来個室を探した方がいいのだが、今は当直夜勤の人間しかおらず、人が通る気配もないため妥協した。


―rrrrrr……

―アインさん!お疲れ様です!あの、今お時間大丈夫でしょうか?


 数コールののちに通話に出たエミリアの声は、心なしか少しだけ慌てているようにも聞こえた。

「はい、大丈夫です。……タイミングが悪かったですか?」

―い、いえ、こちらも大丈夫です!その……。

 それでなんですが、と前置きもそこそこにエミリアは話し始めた。皆でオールドサウスの学校に行ったことの経緯や、その間に起きたこと、最終的にジゼルに会って病院へ行き、そこでレイが発作を起こして危なかったこと、しかしジゼルとマドニアがいて助かったことなどを、適度にまとめて話してくれた。


「……なるほど。」情報量が多いな、と思った後で、メッセージの文面は、エミリアなりにかなり要点を絞っていたのだとアインは気づいた。

 レイとディウの2人はもう5年ほどの付き合いになるため、レイの体が弱いこと自体はアイン自身も把握はしていた。訳あってジゼルとも懇意にしており、時折その状態を診てもらっている。彼のことは心配ではあったが、大事であればすぐにでも連絡が入るとわかっているため、一旦は大丈夫なのだろうとアインは思った。


「なんというか、色々あったんですね。」アインはエミリアの1日の活動量に密かに驚きつつ、返事をした。

―はっ!……確かに言われてみれば、そうですね!

「ふっ、今まで気づいてなかったんですか?」エミリアの驚いて仰け反ったような声に、アインは思わず軽く笑った。


―気づきませんでした……。あ、そういえばランチ用に持っていったサンドウィッチも、全然食べれてませんでした……。

 通話越しに聞こえてくる声色は、少し悲しげに聞こえる。

「なるほど。それは、残念でしたね。」アインはエミリアの作ったサンドウィッチのことを想像しながら返事をした。


―あ、そういえば、アインさんはもうディナーは食べましたか?

 エミリアが何の気なしに話題を変える。

「いえ、むしろこれから食べようと思ってました。」

―あぁ、そうなんですね。……今日はもう帰ってこられませんか?

「そうですね、今日はもう遅くなってしまったので。……ただ、明日は帰ろうかなと、思ってます。」アインが言うと、エミリアの嬉しそうな声が聞こえた。


―そうですか!それなら明日はシチューでも作って待ってようかな。ね、アインさん。食べられないものとかありますか?

「いえ、ありません。……作ってくれるんですか?」アインが恐る恐る尋ねると、エミリアは「もちろんです!」と明るく答えた。

「ありがとうございます。……それなら俺も、早めに帰れるように、努力します。」

―ほんとですか?……あ、でも、無理はしないでくださいね?待ってますけど、忙しいのもわかってますから。

 エミリアの言葉に、アインは再びふっと笑った。

「いえ、大丈夫です。そろそろ帰ろうと思ってたので。……それでは。」また明日、と続けたアインは、どうにも心臓のあたりが疼くようなざわざわとした居心地の悪さを覚えた。

 しかし不快というわけでもなく、なぜそのような感覚になるのかは分からないまま、エミリアからの返答を待って、通話を切った。


「はい、アインさん、また明日!」通話を終えたエミリアは、ほくほくとした気持ちになりながら、急いでアインにメッセージを送った。


―Emiria:今日はありがとうございました!おやすみなさい。

―Ain・Zard:はい、ありがとうございました。おやすみなさい。


 1分も待たずに返ってきたアインからの返信を見て、エミリアは思わずふふふと笑った。

「エミリアさん?どうしたの?」ちょうどシャワーを浴び終わったエレが、髪をタオルで拭きながらダイニングへと入ってくる。


 彼女は2階に1箇所だけあるバスルームから、着替えてまっすぐに降りてきたようだった。その湿った長い赤髪からはまだほんのりと湯気が立ち、頬も真っ赤に蒸気している。上からは微かにシャワーを使う水音が聞こえてくるため、今はディウがバスルームにいるのだな、とエミリアは思った。


「えっと、今ちょうどアインさんと通話をしてたんですよ。……レイくんのことを伝えないといけないので。」

「あぁ〜。お兄ちゃん出た?」エレは髪にまだついている水気をタオルで拭き取りながら、エミリアの座っている椅子の向かい側へと腰掛けた。

「出ましたよ?先にメッセージだけ送ったんですが、すぐに通話がかかってきました。」

「ふ〜ん。」エレはなんとなくもぞもぞと体を動かしながら、髪をタオルで包んでいる。


「お兄ちゃんなんだって?」

「大変でしたねって。」

「まぁ、そうだよね。ジゼル先生も、あれで一応連絡はしてると思うしね。」エレは部屋着のポケットから携帯型端末を取り出して、ポチポチと画面を操作している。

「あ、ほら〜、ジゼル先生も、一応連絡したってさ。」エレは自分の端末の画面をエミリアに見せた。

「……連絡先、持ってるんですね?」エミリアは少しだけ驚いて目を見開いた。


 アインは常日頃から忙しく、家にほとんど帰ってこない。その間彼女たちがどうしているのか、エミリアが来る前のことについてはほとんど知らないからだ。

「うん!何かあった時用の連絡先。大体はリンドウさんでOKだけど、怪我とか病気とかはジゼル先生。お兄ちゃんとも、仕事絡みの仲なんだって〜。」エレは何の気なしにそう言った。

「へぇ、そうなんですねぇ?」エミリアは、ジゼルが月影について酷く反応したのを思い出す。


 月影の医療セクション。フロアを少し見て回っただけだったが、白くて清潔感のあるフロアと、染み付いた薬品の匂いが記憶に残る。それはあのオールドサウスの廃病院とは、対極にあるような場所だった。

「エミリアさ〜ん!俺終わったから、次使っていいよ〜!」上階から、ディウの叫ぶ声が聞こえてくる。

「は〜い!」エミリアもそれに答えるように返事をして、ひとまず部屋に部屋着を取りに行こうと立ち上がった。

 そのまま一度、頭の中でごちゃごちゃとしているいろんなものを奥にしまって、自分の端末をポケットに入れた。


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