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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第2章:Cut the Skin, Cut the Bones

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第46話:一時帰宅

「なるほどな。」ジゼル・ヴァッカスは口元にうっすら笑みを浮かべたままで何度か頷いた。

 エミリア・バートンは軽く息を吐いて心を落ち着かせようとした。この街に来てから何度か見かけたやり取りだとは思ったが、それでも緊張せずにはいられない。


「だがまぁ、現状はこの通りで何の解決にもなりやしない。あんたは送られて来たのかもしれないが、バックに控えているわけでもないんだろうしな。」ジゼルの言葉には少しの皮肉が混ざっているようにも感じられた。


 実際、エミリアにもどうしたらいいかはわかっていないし、今はただ目の前の出来事に対応しているだけにも見える。現に、廃校を確認したことでさらに状況が悪くなったようにすら感じている。いや、すでに元から悪かったのだと身に染みて、エミリアは小さくため息をついた。


「病院はいつからこの状態なんですか?」エミリアはジゼルに尋ねた。

「……そうだな。厳密にいつから、とは言い難いが、少なくとももう10年近くにはなるだろうな……。こうなる前にも、物資が足りないとか人手が足りないとかはちょくちょく聞いていた話だが、決定打ではなかった。」ジゼルは目を伏せて、思い出そうとしているように話した。


「学校も、10年前だと聞きました。」

「そうだろうな、あぁ、そうだろう。……別にここだけがそうってわけじゃない。」エミリアの補足に対し、ジゼルは首を左右に振りながら答えた。

「他にもあるんですか?……その、病院や学校のような施設が?」ここだけではない、という言葉に反応してエミリアが言う。


 しかしジゼルは、はっきりとしたことは何も言わずに、ただ長く息を吐きだした。そのまま親指で何かをはじくような仕草をするが、エミリアは先ほどジゼルの胸ポケットに見えたタバコの箱を連想した。

「ま、こっちも現状手一杯だ。力になれるかはわからんが、次のアテぐらいはな、くれてやっても構わない。」


「次のアテ、ですか?」エミリアはジゼルの言葉に期待した。

「あぁ、そうだ。」ジゼルはもったいぶるように間を置くと、わずかに身じろぎをして姿勢を直し、大きく息を吐いて再び口を開いた。


「この辺りがもともと行政区だったことは知っているか?」

「はい、廃校で会った方々がそう言っていましたので。」エミリアは廃校の浮浪者たちのことを思い出す。

「あぁ。その名残で大きな建物がいくつかあってな。……一つが廃校、一つが廃病院、そしてもう一つが……。」ジゼルは大きく息を吸った。


「廃図書館だ。」ジゼルはふぅと息を吐き、疲れたようにソファの背にもたれた。

 エミリアは「廃図書館」という言葉を脳内で繰り返す。オールドサウスは元行政区。確かに先ほど自分の目で見た校舎も、今いる病院自体も、造りとしてはかなり立派なものに見える。それが一度に閉鎖されたことは気掛かりだったが、それよりも図書館の存在の方が大きく感じた。

「なるほど、それは確かに見てみたいですね。」エミリアがそう言うと、ジゼルはわずかに頷いた。


「それに、あそこには1人会わせたいやつが居てな。……まぁ、もしかしたらあんたとも気が合うかも知れないし、一度会ってみるといいだろう。」ジゼルはそう言うとスラックスの尻ポケットから携帯型端末を取り出した。

「ほら、あんたの端末を出せ。……持ってないわけじゃないだろ?」

「あ、はい!」エミリアは慌てて自分の携帯型端末を取り出す。


 ジゼルは自分の端末をエミリアのそれに近づけると、何やら画面を操作した。少しするとエミリアの方に、ジゼルのアドレスからマップ情報が送られてきた。それはオールドサウスの古いマップで、学校や病院を含むいくつかのランドマークが記されており、その中の一つに図書館があった。


「あの、これは……。」エミリアはジゼルの顔をチラリと見た。

「あぁ、この辺の古いマップだ。今のマップには記載されていないものも載ってるはずだ。建物の取り壊しは基本されないからな。そう大きく違うことはないはずだ。」ジゼルはそう言うとソファから立ち上がり、大きく腕を伸ばして伸びをした。


「さて、今日はもう帰れ。なんだかんだもう暗くなっちまったしな。……車はマドニアに出してもらえ。歩いて帰るには、危ないからな。」そう言うとジゼルは、胸ポケットから取り出したタバコに火をつけた。

「ゴホッ、ゴホッ。」エミリアの後ろから咳き込む声が聞こえてくる。

「おい、どうした!?」ジゼルは慌てて携帯灰皿でタバコの火をもみ消した。


 エミリアが後ろを振り返ると、レイが床に屈んだ状態で咳き込んでいる。その背中をさすっているエレの反対側で、ディウがこちらに目配せをした。

「レイくん!?大丈夫ですか!?」エミリアも慌てて駆け寄ろうとしたものの、ドクター・ジゼルがいることを思い出して一度大きく深呼吸をする。


「すみません、レイくんはどうしたら?」

「あぁ、ひとまず一旦対処する。マドニア、起座呼吸をとらせろ!」

「了解ですわ!」壁際に控えていたマドニアが、ジゼルの指示で即座に動き、レイの上体を抱き起こす。

「ちょっとスペース開けてくださいませ。前屈みにしますわ。」見守っているエレとディウを手でどかす仕草をして、マドニアは軽々とレイの体勢を変えた。


 マドニアの膝を支えにして前屈みになっているレイに対し、ジゼルはどこからか聴診器を取り出してきて背中の方に当てている。近くにはプラスチックの箱が置いてあり、中にはまた様々な器具や薬品のようなものが見えていた。


「今のところ喘鳴はないが……吸入薬を使うぞ。」

「はい、ドクター・ジゼル。……レイくん、慌てなくていいですからね、ゆっくり呼吸しましょうね。」マドニアとジゼルの処置によって、レイの容態が少しずつ落ち着いていくのを、エミリアはほっと胸を撫で下ろしながら見ていた。


 それはエレとディウも同じだったらしく、2人の青ざめた顔も徐々に穏やかになっていくのが見えた。エミリアがチラリとカワセミを見ると、彼はまだ壁際に立ったまま、眉根を寄せて様子を見ている。そうこうしているうちに、レイの咳が治ったらしく、ジゼルにレイを任せてマドニアが部屋を出ていった。流石に邪魔にならないだろうと判断して、エミリアも彼らの方へと近寄っていく。


「あの……、大丈夫でしょうか?」エミリアが声をかけると、レイの体を支えながらその背中をさすっているジゼルがエミリアを見た。

「あぁ、ひとまずはな。……元々気管支と心臓が弱いのは把握していた。少量の煙なら大丈夫なはずだが、今回は疲れが出たらしい。……まだどうなるかわからんからな、今夜はレイをここに置いていけ。」淡々と説明したあと、ジゼルはふぅとため息をついた。


「あの、それは……。」

「心配ない。これまでも何度かあったことだ。アインもすでに知っている。……もし連絡先を持っているなら、後であんたから一言言っておいてくれないか?」心配そうなエミリアに対してジゼルが言った。

 エミリアはそれに対してこくこくと何度か頷いた後、少し顔の血色が悪くなったレイの肩に手を置いた。


「あの、レイくんは寂しくないですか?」心細いだろうなと思いながらもエミリアが聞くと、レイはうんうんと頷いたが、少しだけ首を横に振って付け足した。

「いや、ちょっとだけ。……でも少しだけなら大丈夫。」

「大丈夫だ、ちょっと疲れただけだろう。安静にしてれば1日で回復するさ。」ジゼルは多分な、と肩をすくめながら言ったが、それはレイたちを安心させようという心遣いなのだろう、とエミリアは受け取った。


「ドクター・ジゼル?レイくんにお白湯を作ってきましたわ。後はお願いしてもいいですか?」いつの間にか部屋を出ていたマドニアが、薄手のコートを着て、白湯の入ったカップを持って戻ってきた。

「あぁ、もらおう。マドニアはこいつらに車を出してやってくれ。」ジゼルがマドニアからカップを受け取り、代わりに白衣のポケットから鍵の束を取り出して渡した。


「もちろんですわ。さ、行きましょうか。レイくんのことはドクターに任せて大丈夫ですわよ?」マドニアはクルクルと鍵を回すと、コートのポケットに鍵を突っ込む。

 エミリアはレイのことが心配だったが、エレやディウも疲れているだろうと思って静かにマドニアに頷いた。ジゼルからカップを受け取って白湯を飲んでいるレイの背中を再び撫でると、「では、1日だけ待っててくださいね?」と言ってレイに微笑む。レイはカップから口を離すと、「また明日。」と返して頷いた。


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