第44話:不穏な因子
「で、まず私からなんだけど。」ジーナ・ノルディはタブレット型端末を取り出しながら報告を始めた。
「まぁ、概ね先に提出したレポートの通りよ。なんてことはない。手口もこれまでと全く同じ。男との情事の後で、切り刻んで殺す。凶器は鉈のような、大きくて重量のある刃物だと推測されるわ。」ジーナは要約しつつも淀みなくレポートを読み上げた。
「遺体はすでに回収済みで、医療セクションに回してあるわ。……とはいえ、死因はおそらく外傷性のショック死か失血死でしょうし、解剖の目的は女の体液の採取がメインかしらね。……でも正直、それが取れたところでデータがないとどうにもならない。一応指紋の採取も行ったけれど、LOSタグ対象者でなきゃ、後手に回るのは仕方ないわね。」確かに概ねレポートに書いてある通りの報告だな、とレオンは思った。
LOS――Location-Oriented-Signal(位置追跡信号)は、Lost Cityにおける犯罪者追跡システムに組み込まれている、位置情報発信機だ。この街では、犯罪者の首の後ろにこの発信機を埋め込んで管理することになっている。
仮に対象者が再犯に手を染めることがあったとしても、LOSタグがあれば追跡が容易になるというわけなのだが。そこまで考えると、レオンはアイン・ザードをちらりと見た。しかしアインはそれとは気づかず、ジーナの報告に黙って耳を傾けている。
「対象者の中に、スラッシャーに該当しそうな者はいない、か。」
「えぇ。すでにITセクションによる該当者の割り出しは済んでいる。……該当者なし、という結果だけどね。」レオンの相槌に対し、ジーナが補足した。
「ふむ……。」どうしたものかな、とレオンは思案した。
もともとその特性上、犯罪件数の多い街ではあるが、こと最近のそれは、データベースによる追跡が容易ではないものばかり増えている。
「ただ、今回は放火魔ライターの時と違って、目撃証言があったわね?娼婦……つまり、その手の職の女だと。」ジーナがルーク・シュナイダーに目配せをして、顎で続きを促した。
「あ、はい……えっと。」ルークは少し動揺したように目を泳がせたが、すぐに自分のタブレット端末を手に取った。
「目撃証言についてですが……。」ルークは少し言い淀んだかのように溜めを作ったが、くっと唾を飲み込むと、再び報告を続ける。
「えっと、結論から言うと、自分たちの質問にまともに答えてくれるような住民が見つからず……、追加情報はありませんでした。」ルークは縮こまっていた背筋を伸ばしたものの、わかりやすく青ざめたような顔をしている。
「基本的には、その、元々こちらで把握していた情報を再度聞き出したのがほとんどでした。娼婦とか、女とか、その辺でよく見かける、とか。でも印象的な部分がないかと聞くと、みんな口を揃えて『そこまでは……』と。」ルークがレオンの方をチラリと見た。
「なるほど……。確か、君のレポートには、もう少し複雑な事情が書かれてあったような気がするが。」レオンが先を促すと、ルークは少し落ち着きを取り戻したように話を続ける。
「はい。途中でジークとはぐれて、ジーナさんと合流するために探していました。俺の方ではあまり成果がなくて。それで合流した後、男性何人かに聞き込みをしたんですが、証言があると言ったのになかなか話そうとしないんです。『それは言っちゃいけない』って……誰かに口止めされてるみたいな感じでした。」口止めか、とレオンは思った。
「ちょっと待ちなさいよ。そこは初めて聞いたわよ?」ジーナが驚いたように口を挟んだ。
「あれ、そうでしたっけ。」
「そうよ。……てかあんたたちと合流した後も色々あったし、あんたも倒れちゃったから共有する時間なんてなかったわよね。」ジーナが「はぁ」と深いため息をついた。
レオンもすでに聞いた話だったが、EVC――Extra-Visual Cognition(拡張視覚認知)の使用過多により、一時的に気を失っていたと報告があった。レポートはルークが目を覚ました後に書いたのだろう、とレオンは思った。
「……まぁ、とはいえ、男たちに対してジークがキレそうになったところで、別の人物が現れました。……それが例の、赤いドレスの女です。」ルークがそう言うと、場がいっそう静まり返ったかのように感じた。
「赤いドレスの女。……レポートにもあったな。直接接触してきたのは、彼女が初めてか?」レオンはルークに質問した。
「はい。」ルークははっきりとそう言った。
「初めて、と言うのであれば、ですね。……たいてい避けられるので。」
「そうか。アインからも直接接触してきたものの話は聞いたことがない。そうだよな?」
「はい、そうだと記憶しています。」レオンの確認に対して、アインは短く返答した。
「……赤いドレスの女……。」ジーナがぼそりとつぶやいた。
「赤いドレスの女って言ったわよね?」彼女は何かに気づいたかのようにルークに詰め寄る。
「はい、そうですが……?」ルークは若干困惑しているようだった。
しかしレオンは、ジーナのレポートの内容を思い返して、彼女が何に引っかかったのかに即座に気づいて呟いた。
「あれのことか。」
「なんですか?」
「あれよあれ、赤い布地よ。」合点がいったレオンとジーナをよそに、ルークはまだよくわからないという顔をしていた。
ただそれはアインとジークにも言えることで、アインは僅かに眉を寄せ、ジークは意味がわからないという顔をしている。
「あったのよ、現場に。まぁ正しくは、増えていたんだけどね。例の少年が襲ってくる直前に。」ジーナの言葉に、困惑とも疑念ともつかないような重苦しい空気が、ミーティングルームに満ちていく。
「それはつまり、赤いドレスの女は遺体のある現場にいたということですか?」ミーティング中ほとんど口を開かなかったアインが、単純な疑問を口にした。
「レポートにある情報だけを見れば、そういうことになるのだろうが……、ことはそう単純でもないらしい。」レオンが返答すると、アインはますます額に皺を寄せてこう言った。
「それは、どういうことでしょう。」
「つまりはこうよ。何者か、あるいは例の刺客の少年が、わざと赤い布を置いたのよ。」ジーナが結論を口にする。
「なぜそういうことになるんです?」まだよく理解が追いついていないようなアインに対し、ジーナがさらに詳しく説明した。
「だっておかしいじゃない。私が赤い布の端切れを見つけたのは、刺客の少年に襲われる直前。刺客の少年はジークに蹴飛ばされたから私は無傷なわけだけど、ルークとジークは現場に走ってきたのよね?私と合流するまでの時間を約5分ほどだと計算しても、ルークとジークが直前まで一緒にいた赤いドレスの女が現場に先回りできるとは思えない。赤い布の端切れは、現場到着時にそこになかった。……これは、逐一記録をとっているから断言できるわ。」
「……それはつまり、どういうことでしょうか。」一息で説明し切ったジーナに対して、アインは素直にそう言った。
「……えっとね、つまり。」
「つまり、嵌められた可能性がありますね。」ジーナがアインに言い切る前に、ルークがはっきりそう言った。
「あぁ、そういうことかよ。」ジークが納得がいったというように相槌を打つ。
「あら、あんたわかったの?珍しいわね。」ジーナがすかさずからかいを入れた。
「はぁ?……いや、そういえば前もルークが言ってたなって思っただけだよ。」ジークはウザがるような素振りをしつつも、ジーナの問いには素直に答えた。
「前にも?」レオンが聞くと、ジークはだるそうに舌打ちをしながら言葉を続けた。
「前ってか今日だけどよ。男どもが妙な動きをする連中だから、嵌められたかもって言ってたじゃねぇか。」
「覚えてたのか。」
「そんなに記憶力悪かねぇよ。」ルークの呟きに対してすかさずジークが反論する。
「なるほどな。……サラッと流してはいたが、例の少年に関しても気になることばかりだな。」話題が散り始めたのを察して、レオンがすかさずまとめに入る。
「あぁ、そこはね、今のこの仮説だと……、ちょっと面倒なことになりはしないかしら。」レオンの言葉を受けて、ジーナが嫌そうにそう言った。
「面倒なこと……か。」
「ええそうよ、つまり。」
「つまり、組織的な犯行、ということですね。」またもやジーナの言葉を奪ってルークが言った。
「ええそうよ……。まだ確証は持てないけどね。」ジーナは悔しそうにそう言った。




