第43話:月影ミーティング
「それで、報告のためにこうして集まってもらったわけなんだが。」治安管理局局長レオン・クラッドはメンバーの顔を見渡しながらそう言った。
治安管理局・月影ビル19階、戦術セクションフロアのミーティングルームで、今日1日の報告のために召集された面々だ。
「えぇ、そりゃあもうね……、散々だったわよ。」レオンから見て右奥に座っているジーナ・ノルディがぼやくように言った。
「えぇ、そりゃあもうね。」彼女は科学セクションのメンバーなのだが、当て付けがましく繰り返すのはいつものことだな、とレオンは思った。
「あ……えっと、すみません。」左奥に座っているルーク・シュナイダーがジーナに対して申し訳なさそうにしているのが目に映る。
「ほんっとにね!あんたたちすぐどっかいなくなるんだから!引率する身にもなって欲しいわ!」それは決して言葉通りの意味ではないが、レオンから見ても今のジーナは精神的に参っているように見えた。
開始早々なんともいえない空気が漂い始める中、右手前のアイン・ザードは腕組みをして押し黙り、左手前のジーク・シュナイダーは分かりやすく面倒そうな顔をしている。
「その辺にしてやってください、ジーナさん。色々あったらしいとは、聞いていますが。」
「そりゃあもうね、あったわよ、いろいろと。」ジーナは嗜めようとしたレオンの言葉を、ほとんど無視して話を続けた。
「ところで今日のあんたはどういう立ち位置なの?」ジーナがレオンに視線を向けながら尋ねた。
「あぁ……ふむ。なんというべきかな。」
「え、なによ。悩むことなの?」腕組みをして黙り込んだレオンに、ジーナがやや身を乗り出しながら尋ねる。
「うん、そうだな。臨時で作戦チームを作ったから、今はそのリーダーだ、と言うべきか。」珍しくもったいぶったような話し方をするレオンに、ジーナは少し怪訝そうな顔をする。
「よく分かんないけど、なるほどね?まぁた兼任するってわけ?……ほどほどにしなさいよ?」ジーナとしては、戦術セクション長でもあるレオンのことが、多少気掛かりなようだった。
「あぁ、そこについては問題ない。ついでに言うと、ジーナさんにも所属してもらうことにした。」レオンはふっと軽く笑ってジーナを見つめた。
「あぁ……えぇ……、なんですって!?」ガタンと椅子を揺らしながらジーナが立ち上がる。
ミーティングルームはしっかりと防音されているはずだが、その大きな声は部屋中に響き渡るように聞こえた。
「君が居てくれると何かと助かることが多くてね。……手続きの利便性も兼ねて、チームへの所属を打診した。」レオンはジーナの動揺を見て理由を伝えた。
「誰に。」ジーナがテーブルに両手をついてレオンを睨んだ。
「科学セクション長、セルマン・ダシルヴァ。……君の直属の上司にだ。」その名を聞くと、ジーナは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「……職権乱用よ。」
「局長なのでね。」ジーナの苦し紛れの糾弾に、レオンは顔の前で指を組みながらさらりと返答した。
「君はルークと同様、EVC――Extra-Visual Cognition(拡張視覚認知)の保持者でもある。現に、現場へ出てもらう回数も日増しに増えており、事務手続きの煩雑さを抑える意味でも私の管理下にいてもらう方が都合がいいと判断した。すでに諸々の手続きは、セルマンの同意のもとアヴェラを通して終えてある。」レオンの淀みない説明の間、ジーナは「くっ」と声を漏らし、複雑そうな顔をしている。
「あのくそ爺……!」ジーナはわかりやすく悪態をつくと席に座った。
「ねぇ局長。あの爺はなんて言って承諾したわけ?」ジーナの質問に対し、レオンは少し考え込んだふりをした。
「ふむ。……『そう来ると思ってました』と、言っていたが。」レオンは組んでいた指をほどいて座り直した。
「あーあ、そうだと思った。……まぁいいわ。で?私の所属が変更になるわけ?」ジーナは顔を顰めながら、至極真っ当な疑問を投げた。
「あぁ、そのことなんだが、この際だから説明しよう。君たち全員に関係のあることだ。」レオンが全員の顔を見渡すと、ばらつきはありつつも各々聞く体勢を取ったのが見えた。
「まず第一に、このチームのことをレオン隊と仮称することにする。」レオンがそう言うと、ルークが少し身を乗り出した。
ジークは口をぽかんと開けたまま眉を寄せ、アインは全く微動だにしない。ジーナはすでに感情の起伏が落ち着いたようで、頬杖を突きながらも大人しく聞いている。
「そして第二に、このチームはセクション横断型になる予定だ。発足時は戦術セクションのみだったが、今はジーナさんがいる。うん、まだ一日も経っていないがな。つまりジーナさんは科学セクション所属のままチームに加入し、今後も折を見て、局員を引き込む予定でいる。」レオンが説明を終えると、アイン以外は各々何かを考え込むような顔をした。
「……何か、質問は?」レオンが質問を促すと、先ほどまで縮こまっていたルークがすっと手を挙げた。
「あの。」
「なんだ?」
「増員の目星はついてるんでしょうか。」その質問は少し答えづらいな、とレオンは思案した。
彼らが任務に出ている間、レオンは新人の情報を洗い直していた。今いる人員の中にも、ジーナのような働きをするものは少なくない。だが、他のセクションの中に、どうにも気になる動きをしている者が何人かいた。
「……ついていないわけではないが、まだ見極めている最中だ。」そう言うと、レオンは深くため息をついた。
「……そう、ですか。」
「あぁ。……うん、この件が短期で終わればそれでいい。だが、どうにも嫌な予感がしている。君たちの報告次第でもあるが、長引くと想定されるようであれば、と考えている。」レオンは端末を操作して、机上のホログラムスクリーンを立ち上げた。
そこにはこれまで報告された事件の要点が並べられており、丁寧に関連付けまでされている。
「これは君たちの報告をもとに、私が整理した事件概要だ。報告に入る前に、整理しておきたいと思ってね。」レオンはさらに、ホログラムスクリーンの一部を拡大した。
そこには放火魔ライターによる、エミリア・バートンを巻き込んで収束した連続放火事件の要点がまとめられていた。その中でハイライトされているのは、謎の第3者による戦闘妨害だ。
「すごいけど、一体どこにこれ作れる時間があったのよ……。」ジーナが呆れたように呟いた。
「ふむ……、君たちが、外に出ている時にだが。」実際それは間違いではない、とレオンは思った。
「で、だ。放火魔ライターの件においては、現状進展はほとんどない。そうだな?アイン。」
「はい。」アインの返答は端的だった。
「なので本題は……。」そう言うとレオンは、スクリーンに映っている範囲を一度縮小し、今度は別の部分を拡大した。
「こっちの、切り裂き娼婦スラッシャーについてだ。」
ホログラムスクリーンに映し出された街のマップ上には、スラッシャーの起こしたであろう事件の現場が示されている。
「これを見てくれ。放火魔ライターの件が激化した裏で数件、沈黙してからは倍以上にまで増加した。だが基本的にはセントラルスクエアで事を起こしていたライターとは違い、スラッシャーは主に、パージウェストで事を起こしている。」レオンはマップを示しながら状況を確認した。
「そのうちの一つに、ルークとジーク、そしてジーナさんに行ってもらったというわけだ。」
「えぇ、そうね……。」ジーナは目を細めて相槌を打った。
「君たちのレポート……というか、ルークとジーナさんから送られたものについては目を通したが、正直頭を抱えるような内容だった。今一度、アインを含めて状況を整理したい。」ジークのレポートはいまいち内容が掴み切れなかったのだが、それはひとまず置いておくことにして、レオンは一度全員の顔を見渡した。
ジーナは眉間にしわを寄せながらため息をつき、ルークは少し青ざめたような顔をしている。アインは特に変わりがないが、あのジークですら、今回ばかりはわかりやすく苦々しい顔をしていた。そうしてしばらくの沈黙ののち、ジーナが先に口を開いた。
「えぇそうね、始めましょうか。」




