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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第2章:Cut the Skin, Cut the Bones

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第42話:Druck Addict

 しぶといな、とジークは思った。さっきのは少し強めに入った感触もあり、そろそろ諦めるだろうとなんとなく思っていた。ジークと少年との力差は大きく、ちょっとすばしっこくはあるが、このまま行けば当然押し切れるだろうと確信していた。


「おい、そろそろ諦めた方がいいんじゃねぇの?」ジークは少年から目を離すことなくそう言った。

「……はっ、まだまだ。この程度で逃げ帰るわけにはいかないんでね。」少年は血の混じった唾を吐くと、ニヤリと笑った。

「……あ?」ジークが訝しげに少年を睨む。

「……!?何をするつもりだ!」何かに気づいたらしいルークが、ジークの後ろで声を上げる。


 少年は右手にナイフを持ったまま、左手で何かを取り出した。ジークの位置からはやや太めのペンのようなものに見えたが、普通に考えても万年筆ではないことは明らかだった。少年は親指でペン状のものの突起部をカチリと折った。爆発物か何かかと身構えたジークだったが、少年が腕を振り上げたのを見てピンときた。

「おい!?」ジークの声にはにやりと笑いながら、少年は腕を振り下ろし、持っていたペン状のものを思いっきり自分の太ももに叩きつけた。


―バチンッ


「くっ……はぁっ。」わずかな痛みとともに、少年は自分の薄い太ももに太い針が突き刺さるのを感じる。

 オートインジェクター(注射器)に入っていた薬液が、体に入り切るまで3秒程度。目の前の相手が慌てて動き出すのすら、今の少年にはスローに見えた。心臓の鼓動がだんだんと早くなり、周囲の音を掻き消していく。少年は自分の太ももから針を抜くと、すぐさま適当に投げ捨てた。


―ガキンッ


「あれ、やっとやる気になってくれた?」少年は挑発するようにジークの目を見た。

 ジークは自前のコンバットナイフ――Swing-Disasterを振り下ろしていた。少年はさっきまでとは比べ物にならないような速度で反応し、ジークの攻撃を受け止めている。力で押し切ろうとしてみたものの、今の少年には通用しないらしいとジークは思った。

「はぁ?やる気もクソもあるかよ。降参するならさっさとしろ!」ジークはわずかに力を抜くと、そのまま少年の体を内側へと引き込んでいなし、再び踏み込んで背後に回った。


ーキンッ


 しかし振り下ろしたナイフはまたもや少年に止められてしまい、180°回転した状態での睨み合いが続いた。

「おい、ほんとになんだってんだよ。」ジークはもう何度目かの同じ問いを繰り返す。

 その間にも少年の猛攻は続き、ジークは右左と繰り出されるナイフの軌道をかわした後、何度目かの攻撃をコンバットナイフで受け止め少年を足で蹴り飛ばす。

 靴がめり込んだ場所から、ミシッと嫌な音が聞こえ、少年が大きくノックバックした。しかしジークの方も、一度少年の切り上げたナイフの先が頬を掠めており、頬を伝う血を指で拭った。


「ねぇ、何がどうなってるの?」ジーナがルークに問いかける。

 少年はジーク1人で手こずっているため、2人は警戒以外にすることがなかった。

「ジーナさん、あれってオートインジェクターですよね?見えましたか?」ルークが目で指し示した先には空の容器が転がっている。

「ええ……そうね。そうだと思うわ。」でもどうして戦闘中に?と、ジーナが疑問を投げかけようとした瞬間、大きく戦況が変わった。


 ジークは飛びかかってきた少年の蹴りを左腕で受けて押し返し、さらに繰り出されるナイフをコンバットナイフで受けていなした。そのままの流れで少年の喉元を突くもかわされ、数度の攻防の後に少年の回し蹴りを両腕で受け止めた。ジークはようやく少し焦りを感じ、埒が開かないと舌打ちをした。

「ジーク!加勢する!」

「あぁ!」ルークの声に短く返答し、少年の出方を伺う。


 ジーナからルークを離しすぎないよう計算しながら、ジリジリと後退して立ち位置を変えた。少年も2体1になったことによる状況の変化を感じたのか、ルークとジークを交互に見ている。

「おい!無駄な抵抗はやめて月影に投降しろ!」ルークは銃を構えて少年に呼びかけた。


 ルークはどうにか少年の動きを止めようと銃を構えた。動く標的の足を狙う訓練は、いつもアイン教官とやっていることだ。一旦周囲に散らしていた意識を一点に集めつつ、視野全体で標的の動きを追う。

 標的である少年の足はほとんど動かないジークと違って小刻みにステップを刻み、右へ行ったかと思えば回転して左へ動き、時々ジークのそれと被って狙えなくなる。しかし、その程度で狙いがブレるような鍛え方はされていない。ルークはここだと思ったタイミングで引き金を引いた。


―パァン


 ルークの撃った弾丸は、ほぼ狙い通りに、動く少年の膝下のあたりへと吸い込まれていく。

「がっ!」弾丸はそのまま少年の足を貫き、少年は小さく呻いてルークを睨んだ。

「ナイス。」少年が一瞬怯んだ隙を逃さず、ジークは内側から撃った方の足をはらって少年の体勢を崩し、ナイフを握っている方の手を掴んで捻り上げ、腕で首を抑えて動きを封じた。


「あっ……ぐっ、離せよ。」少年はなおも抵抗を続け、荒い呼吸を繰り返している。

「ジーナさん、空のインジェクターを回収してくれますか。」

「あ、……えぇ、わかったわ。」手錠を出しているルークの指示に従って、ジーナはオートインジェクターの回収に向かった。

「全く、手こずらせやがってよぉ。」自分とは分かりやすく体格差ある少年を拘束しながらジークがぼやく。


 ルークが近づくと、ちょうど少年のフードが取れて、瞳と同じ赤い髪が表に出ていた。ルークは少年の手に手錠をかけるために正面に向かい合う形で膝をつく。彼の瞳は興奮したように見開かれ、歯を剥き出しながらルークを見ていた。

「はぁ……。お前いくつだ?なんでこんなことを?って聞きたいところなんだけど、一旦月影ビルまで一緒に来てもらうからな。……大人しくしとけよ。」ルークの言葉に対して、少年からの返答はない。


 ルークが少年の手首に手錠をかけていると、インジェクターを回収し終えたジーナが戻ってきた。少年の手首はルークのそれより圧倒的に細く、力を入れたらすぐに折れてしまいそうだな、とルークは思った。

「ねぇあんた、このインジェクターどこで手に入れたの?……まぁ、とりあえず、連行が先か。こっちの仕事は終わったから、回収に人を呼ぶけど、いいわよね?」


「はい、お願いします。」ジーナの言葉にルークが振り向きながら答えると、すぐにジーナは携帯端末で周囲を巡回中の月影局員に連絡を入れ始めた。

「よし、これでいいな。」少年の手首に手錠をはめ終わると、ルークは膝を手ではたきながら立ち上がる。

「ねぇあんたたち、もう少しで来れるって。それまでその……彼をちゃんと押さえておきなさいよ。」ジーナがため息をつきながら部屋の隅へと移動する。


 まぁそうか、とルークは思った。一人にしたのはジーナさんの意向でもあったが、その結果として背後から襲われるという経験もしている。気が立っていても仕方がないな、とルークはジーナを目で追った。

「はぁ、やっと大人しくなりやがったぜ。……まったくよぉ。」ジークが少年の腕を掴んだままでぶつくさ言っている。


 ルークは局員の合流を待つ間、少し周囲の様子を確認しておこうとEVC――Empathic Field(感応視)の感度を上げた。屋内にはルークとジーク、例の少年とジーナがいる。ここは問題ないなと思い、さらに外へと広げることにした。


 表には周辺の住民であろう人の気配がチラホラ見える。ただその中に、こちらをじっと伺うような気配があるのを感じた。その人影は廃墟の入り口近くに立っていたかと思うとすっと膝を折ってしゃがみ、何かを取り出す様子が見えた。


「おい!!警戒しろ!!」ルークは叫びつつジーナのもとへと駆け寄ろうとする。

「うっ……ゴホッ。」反動が、と膝を掴んだ時にはもう遅く、入口の方から何か瓶のようなものが、ルークの前に転がってきた。

 ジークはルークが苦しそうに立ち止まったのを見て即座に駆け寄る。少年を放っておくべきではないが、転がってきた瓶が何なのかわからない以上、致命傷を避ける動きをしなくてはならない。

「伏せろ!!」ジークが叫び、ルークの胴に体当たりをして壁際に回避する。


―バァン!


 直後、大きな音とともに彼らの後ろで瓶が破裂したようだった。火の熱さは感じないものの、あたりに放たれた黒い煙のせいで目が見えない。少ししてジークが体を起こして周囲を見回すと、あの赤い髪の少年の姿はどこにも見えなくなっていた。


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