第41話:小柄な襲撃者
「ところで……、あなたたちこんなところで油を売っててもいいのかしら。」赤いドレスの女がささやくようにジークに言った。
パージウェストの裏路地で、ルークとジークに銃を突きつけられているこの女は、しかし少しも意に介した様子もなくくつくつと笑っている。
「そりゃあんたの出方しだいだろ。」ジーク・シュナイダーもまた、苛立ちを抑えながら女を睨み返した。
女はルーク・シュナイダーの銃口に押し付けていた体を離すと、ジークの方へと向き直って腕を組む。終始自分たちを下に見るかのように笑っている女に、ジークは舌打ちをしながらも銃を下ろした。
「そうそう、分かってるじゃない。安易に市民を撃ってはならない。……あなたたちって結構、ふふ……お利口さんよね。」
「んだてめぇ……。いったい何だってんだよ。」
「ん?何でもないわよ、別に。ただ、切り裂き娼婦……あんたたちがスラッシャーとか呼んでるそれを探してんなら、教えてあげようかなと、思っただけよ。なのに急に銃向けてくるからびっくりしちゃった〜、あはは。」女は話を引っ張るように、やけにゆっくりと話し続けた。
「だからその件はもう聞き飽きたんだよ……。話すってんならさっさとしろ!」ジークは目を見開きながら女に迫る。
「おいジーク!……ジーナさんが危ない!」突然響き渡ったルークの声によって、ジークの意識は赤いドレスの女から引きはがされた。
女はあっさりと身を引いて道を開けると、その間に割り込んできたルークがジークの肩を押すようにして走り出す。ジークはギリギリまで女の顔を睨んでいたが、女は満足そうに笑っているだけでそれ以上のことはしなかった。
「……で?何がなんだってんだよ。」ジークは裏路地から出て広い道に戻り、走りながらルークに尋ねる。
「状況がループしそうになってたろ?女の態度がおかしかったからEVCで周囲を確認してた!ジーナさんの周囲によくない気配があったんだ!」
「女は?」
「なかった!」
「足止めか?」
「多分!」ルークとジークは人を避けて走りながら、ジーナの元へと急いだ。
「てか元々お前を探してたんだぞ!?」ルークが怒ったような口調で唐突に言った。
3つ目の角を曲がったあたりだった。いつの間にこんなに離れていたのかと思い、ジークは思わず低く唸った。
「……あ、待てよ?てことはまさか。」
「ジーク!!先いけ!!」4つ目の角を曲がったあたりで、死体があった廃墟が見えた。
ルークは自分より足の速いジークに先を促すと、自分は建物の手前で軽く息を整え、状況をより一層クリアに認識しようと試みた。
「はぁ……あいつら何やってんのよ。」待つことに飽きたジーナ・ノルディは、現場のある2階から1階へと降りて休むことにした。
早く合流するようにとルークを急かしたものの、なかなか帰ってくる気配がない。
―カタン
「?何?ネズミ?」廃墟の階段を慎重に降り切ったところで、何かが動く音がした。
ジーナは意識を集中させて、EVC:Analytical-Trace(痕跡視)で1階のフロアを注意深く探る。人が歩いた痕跡はあるが、随分と古いものも混じっていてなかなか判別がつかない。
再び2階に戻ろうかとは思ったものの、ふと視界の隅に、来た時には見かけなかった赤い布切れが見え、ジーナは思わず近づいた。それはエントランスの柱時計に引っかかっている、薄くて安っぽいサテン生地だった。
「何かしら、これ……。」この現場にこの証拠があれば、切り裂き娼婦との関連性を疑わざるを得ない、とジーナは思った。
「……!」比較的新しい痕跡を見つけ、ジーナはハッとして振り返る。
―バコン!!
何かがジーナの目の前を掠めて行ったが、それが何かを認識するのには時間がかかった。理解が追いつかないまま状況を見ると、目の前には足を大きく開いて前かがみになったジークがいる。さらに奥には、舞い上がった埃の中で、同じように姿勢を低くして咳き込んでいる少年らしき人影が見えた。
「ちょっと!一体何が。」
「おい!下がれ!!」説明を求めようと近づいたジーナを、ジークが片手で突き飛ばす。
「きゃっ!」小さく悲鳴を上げて飛ばされたジーナを、誰かの体が受け止めた。
「すみません、大丈夫ですか?」今度はルークだった。
「あっ。」礼を言おうとしたジーナをよそに、ルークはジーナを左胸に抱え込むと、右腕を前に突き出した。
―パン
乾いた音が鳴り響いた。どうやらそれはルークの銃が発砲された音だとジーナは気づいた。相手の姿はジークの体に隠れてよく見えない。しかしルークは、右腕で銃をかまえ、左腕にジーナを抱き抱えたまま、スタスタと壁の方まで下がっていった。
「ジーナさん、申し訳ないですが一旦俺の後ろにいてください。この辺りなら、大丈夫なはずです。」ジーナを見下ろす角度でルークが言う。
「あ、えぇ……。もちろんよ。」ジーナが自分から壁際に立つように移動すると、ルークはすぐにジーナを背中で覆うように立ち、そのまま銃を構え直した。
―カチッ
「おい、一体どういうつもりだ?」ジークは目の前の人影を見る。
ルークよりも早く現場に到着したジークは、今にもジーナに突き刺さりそうなナイフの切先を見て、迷わずそのフードの人影を蹴り飛ばしていた。人影は壁の方まで飛んでいき、大きな音を立てて壁にぶつかる。
今目の前にいるそいつは、小ぶりのナイフを持った手で口の端を拭うと、わなわなと唇を震わせている。
「どういうつもりだ?あぁ?喧嘩売ってんのか?」ジーナをルークに引き渡したあと、相手の出方次第では戦闘もやむを得ないとジークは判断した。
―シュッ
ジークは皮一枚で敵の攻撃を回避した。そのまま右足で踏み込んで相手の懐に潜り込み、右肘を突き出して相手の鳩尾に叩き込む。
「ガッ。」柔い感触があり、再び敵が後方へ飛ぶ。
「ハッ、……勢いはいいが隙が多いぜ?」ジークはさらに重心を低くして敵の出方を待ち受ける。
武器を出す必要もない、とルークは思った。ルーク自身も初手で何発か発砲したが、正直威嚇みたいなものであり、撃たれた少年は銃声に驚いたのか、一瞬肩を震わせたように見えた。
「ジーク、現行犯だ。なるべく早めに終わらせるぞ。」ルークが銃を構えると、ジークがさらに体勢を低くした。
ジーナを狙った刺客はどう見ても小柄な少年だった。腕も足も細く、パーカーにジーンズと言った粗雑な衣服を着ている、パージウェストにはよくいるような少年だ。
どう考えてもジークの方が優勢だが、少年の方もこのまま引く気はないらしく、ナイフを構え直して再びジークに飛びかかった。
「ジーク!」
「あぁ!」ジークは下から斬りかかってきた少年を片手でいなす。
体格差もかなりあるためジークの本気では相手の骨が折れてしまいそうだ。月影では殺さずに捕まえることが最優先になるため、相手と実力差がある場合は手加減を強いられることになる。
「お前は撃つなよ!周囲警戒だけしておけ!」
「もちろんだ!」ルークはEVCで周囲の情報を拾い続けている。
今回のようなケースでは、ジークへのアシストは必要ないだろうとルークは思った。それよりも、ジーナがいる手前背後を取られる方が問題だ。
少年はなおもヒット&アウェイを繰り返しながらジークに立ち向かっている。
―ガッ
ジークが少年の右腕を掴み、自分の脇の下を通すように懐へと引き込む。そのまま左腕で押さえて少年の体勢を前に引き崩し、首後ろを掴んで左膝を少年の腹部へと叩き込んだ。
「ゲホッ。」少年が回転の要領でジークの腕を振り解き、ナイフを振り上げた隙にジークから距離を取る。
腹部を押さえている少年の瞳は赤く爛々と輝き、わずかに荒い呼吸を整えながら、少年は赤く血の垂れる口の端を袖で拭った。




