第38話:The Way Of The Back Alley
―バァン
「おい、新入りかぁ?なんか騒がしいじゃねぇか!」奥の扉を蹴り開けるようにして、気の立った男が教室内へと入ってくる。
そこまで騒がしくしているつもりはなかったのだが、どうやらここの住民たちにとってはそうではなかったらしい、とエミリアは推測する。男は煤けたジャケットと破れたジーンズを履いていて、手には何か棒のようなものを持っている。
「こちとらいい感じに昼寝してたのによう!おめぇらがなんかバタバタしてやがるせいで目ぇ覚めちまったじゃねぇか!」男は棒を振り回し、叩きつけながら喚きたてている。
「あの!騒がしくしてしまって申し訳ありません。その、少しお話をしたいのですが……。」
「お話だぁ!?誰だテメェ、くそ女がよ!なんで俺がてめぇとお話しねぇといけねぇんだよあぁ!?」思わず立ち上がって謝罪したエミリアに対して、男は余計に血走った眼で喚き散らした。
「エミリアさん、刺激しちゃダメ。」レイがささやきながらエミリアの手を引く。
見ると、浮浪者たちもレイに賛同するように何度も頷き、教卓の裏に身を隠していたディウが、しーっと口に指を当てるジェスチャーをした。
「ご、ごめんなさい。」小さな声で謝ると、エミリアは再び身を低くした。
「大丈夫。事故みたいなものだから。」そんな彼女に寄り添うように身を近づけながら、レイがささやく。
「ちょっとやばい人に当たっちゃったけど、ここではよくあることだし、カワセミさんもいるから大丈夫。僕たちは邪魔しないようにおとなしくしてないと。」レイもまた人差し指をトントンと口に当てる仕草をした。
カワセミが丸テーブルをどかしたおかげか、室内には開けた空間ができている。当のカワセミはというと、男とエミリアたちの間で何をするでもなく立っている。そのせいなのか、棒を振り回しながら喚いている男自身も、こちら側へは踏み込んでこれないようだった。
「おいおいなんの騒ぎだぁ?」喚き散らしている男の声を聞きつけてか、他にも何人かの柄の悪そうな男たちが集まってきた。
「……聞いてくれよ。こいつら騒がしいんだよ。人が使ってる場所にズカズカ入ってきやがってさぁ!」
「そ、そんなことはありません!確かに少し不法侵入気味だったことは否めませんが、他に人がいるのを知りませんでしたし、ちゃんと正面から入ってきたんですよ!?」不穏な気配になり始めていた男たちの会話に、堪り兼ねたエミリアが割り込んだ。
「というか別に私たち、他に人がいるところを無理に荒そうなんて思ってませんし、穏便に済むならそれが一番だと思ってるんですけど!」
「エミリアさん!?」隠れていたはずのディウが教卓に肘をつき、やれやれという様子で突っ伏した。
「あちゃ〜。」どこからかエレの呆れたような声も聞こえてくる。
「やっぱテメェなんなんだよ!上から説教しやがってよ!?喧嘩売ってんじゃねぇぞ!!」顔を真っ赤にして激昂した男が大きく棒を振り上げてエミリアの方へと狙いを定め、そのまま勢いをつけて振り下ろす。
「はぁ……。」静観していたカワセミは、一度重心を深く下げ、右足で踏み込んで回転しながら左足を蹴り上げた。
男の手から離れる寸前だった鉄の棒は、カワセミが男の手首を蹴り上げたことで二人の真上へと飛んでいく。
―ガン
そのまま棒は天井に突き刺さり、崩れた天井の破片がぱらぱらと落ちてくる。カワセミは蹴り上げた左足を引いて戻し、そのまま左側に重心を置いて体勢を変え、右足で男の胸を蹴り飛ばした。ゴンと大きな音を立てて、男の背中が後方の棚へと叩きつけられる。
「がっ!」男は苦しそうにうめき声をあげ、怯えと怒りの入り混じった眼でカワセミを見上げた。
「おいっ、テメ、くそ。……何しやがる!!」男の視線をものともせずに、オレンジ髪の青年はパンパンと服の埃を払い落としている。
あまりにも気怠そうなその表情に、男は再び怒りがこみ上げ、感情のままに青年の胸へと掴みかかった。
―ガシッ
カワセミは男の腕を右手で掴み、そのまま足を払って、あっさりと床に男を転がした。仰向けになった男の腕を掴んだまま、足で男の肩を踏みつけて掴んだ右腕をひねり上げる。そこまでしてようやく男は苦悶の表情に顔をゆがめ、おとなしく歯噛みする以外には何の行動もとれなくなった。
「わ~、さっすがカワセミさん。」ディウがあきれたような感心したような声で呟いた。
カワセミは男を冷ややかな眼で見下ろしたまま微動だにしないが、一連の様子をうかがっていた粗暴な男たちは、みな息を飲むことも忘れて見入ってしまったようだった。まぁ、彼らが一目見てカワセミさんだと気づいていたなら、あんなふうに無茶をすることもなかっただろうな、と頬杖を突きながらディウは思った。
でも、そんな冷静さを持ち合わせているならそもそも人に喧嘩なんて売ったりしない。ディウはドタドタと近づいてくる足音を聞きながら、はぁと重たいため息をついた。
「おい、俺の縄張りで何騒いでやがる。」その辺にいる小物たちとは打って変わって、扉の上に頭を掠めそうなほど大柄な男が、エミリアたちのいる室内へと肩をいからせて入ってくる。
「え、縄張り……?」エミリアがよくわからないといった口調で呟いた。
「ねぇ、あの人誰?」ディウが小声で近くの浮浪者に聞くと、「あれはちょっと力が強いだけで威張り散らしてる小童だ」と一番年上に見える男が言った。
「なるほど。」
「ねぇこれ手伝った方がいいかな?」ディウが一人で納得していると、隣でエレが聞いてきた。
「え?手伝うって……あぁ、なるほど。」何を?と聞きかけたディウだったが、腕や足をストレッチしているエレを見て、なんとなく言いたいことを察してしまった。
男たちの数は、大柄な男を含めてもざっと見るだけで10人程度はいる。最初の男が棒を振り回している間に、少しずつ集まってきてしまったようだった。現に、今カワセミと対峙している大柄な男は、ここの騒ぎを聞いてやってきたのだろう、とディウは思った。
「カワセミさ〜ん。」ディウがカワセミに向かって声をかけると、男を組み伏せたままのカワセミの目がこちらに向いた。
飢えた猫のように大きく開いた瞳孔と、鋭く発光する緑の瞳。ディウは思わず身震いをして、息を呑む。しかしカワセミが意識を逸らしたことを察してか、突っ立っていた大柄な男がニヤリと笑いカワセミの方へと拳を突き出した。
「あ、やべ。」声をかけるべきではなかったと、ディウが後悔しかけた瞬間に、カワセミが再び重心を下げ、後ろへ引きつつ交差した腕で男の拳を対角方向へいなす。
「ぐっ。」カワセミの口から息が漏れる。
「ふぅ。」カワセミは軽く息を吐き出して呼吸を整える。
先日負ったケガが軽く痛んだが、大きなダメージは特にない。自分より一回りも体格の大きな男を目の前にして、カワセミはキッと相手を睨んだ。
「ははっ!やっぱりやる気じゃねぇか!!おい野郎ども!狭苦しい場所だが、ひと暴れだ!!」大柄な男が笑いながら叫ぶと、後に控えていた男たちも皆血走った目で騒ぎ始めた。
「あ、これやばい!!エレ!!バリケード!!」
「おっけい!!」ディウが叫ぶよりも早く、エレは手近にあった丸テーブルを両手で持ってぶん投げた。
「避けて!!」エレの声とともに、一直線に飛んで行ったそれを、カワセミは姿勢を低くしてスレスレでかわす。
―バコン!!
扉付近にいた男たちの何人かを大きく巻き込み、エレの投げた丸テーブルは、入口を塞ぐ形で突き刺さる。窓側にいた男たちは一瞬それに気を取られたが、怯むまいと気合いを入れた直後に突っ込んできた何かによって大きく後ろに飛ばされる。
「ぐあっ!!」棚に背を打ちつけた男たちはそのまま意識を失った。
「エレ!!」
「はい!!」ディウの声に返事をし、エレはしゃがみ込んだところから立ち上がって背後の男の顎に蹴り上げた踵を叩き込む。
さらに男が落とした鉄の棒を拾いあげ、右足で踏み込むと同時に振り抜いた。
「ぎゃっ!!」カワセミは大柄な男の左拳をかわして、さらにその脇の下を潜り、後ろに控えていた別の男の喉に肘を喰らわせた。
そのまま大柄な男の二撃目を予測して、よろめく男の服を掴んで自分の方に引き寄せる。そのまま自分の体を隠すように盾にした後、的を外した大柄な男の腕に手をかけ、自分の体をふわりと持ち上げて足を振り、回転する勢いで左膝を男の首へと叩き込む。
―ゴッ
大柄な男の体がよろめく動きを利用して、カワセミはそのまま体を回転させて、最後に立っていた男の上に飛び降りた。
「グェ。」
―バタン
カワセミが着地するのとほぼ同時に、大柄な男の体が床に倒れる。カワセミはふぅと息を吐いて呼吸を整えると、そのまま立ち上がり、鉄の棒をクルクルと放り投げて回すエレと、疲れ切ったように台に突っ伏したディウを見た。あたりに転がっている男たちを足でどかしながら部屋の中央に戻ると、エミリアが浮浪者たちと一緒に丸い目でカワセミたちのことを見つめていた。




