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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第2章:Cut the Skin, Cut the Bones

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第36話:閉ざされた場所

「あの、それで……どうするんですか?」エミリア・バートンは、校舎の入り口である重厚な扉の前で思案した。

「えーっと。……このタイプのパドロック(南京錠)ならピッキングでいけると思うんだ。」ディウが屈んで、扉を固定しているパドロックを観察している。

 エミリアたちはオールドサウスにある校舎を前にして、どうにか中に入れないかと考えていた。ところどころ割れた窓はあるものの、格子状の窓枠を潜れる人は限られている。正面の扉が開いてくれると一番いいのだが、扉には鎖とパドロックが掛けられていて開きそうになかった。


「……ピッキング?」エミリアは思わず眉を顰めた。

「誰がやるんですか?」専門業者でも呼ぶのだろうか、とエミリアは考えた。

 そうでなければ誰がそれをやるのだろう。錆び付いていても鍵があればと思ったが、その鍵がどこにあるかはわからない。それなら錠前を壊すか無理やり開けるかぐらいしか選択肢はないような、とエミリアも一応は理解していた。しかし、現状ここにいるメンバーの中に、それができる人がいるのだろうか、とも思っていた。


「うん……。その、俺がやるよ。」ディウが躊躇いながらそう言った。

「ディウくんが?」

「そう、俺が。」怪訝そうなエミリアの顔を伺うように繰り返しながら、ディウは腰のサイドバッグから小さなケースを取り出した。

「俺、実はできるんだよね。……ピッキング。」ディウが手に持っていたプラスチック製の箱を開けると、中には先の折れ曲がった工具のようなものが見える。


「じゃじゃーん!ピッキングツール〜!」ディウがおちゃらけるように、取り出した工具を指で挟んで広げて見せた。

「わ、わー……!」エミリアはどう反応したらいいか分からなかった。

 ピッキングは犯罪ではなかったか、そもそも不法侵入しようとしている時点で、自分にそれを咎める資格はあるのだろうか、とぐるぐる考え始めてしまう。

「……やっぱり抵抗ある?」ディウが申し訳なさそうにエミリアに尋ねた。

「中途半端な倫理観なら、さっさと捨てた方がいい。」エミリアの肩越しにカワセミが口を出す。


「ここでは誰も気にしない。やれるならやって。」時間の無駄、と言わんばかりのカワセミに、エミリアは少しだけ彼の顔を凝視した。

「そうですね……。お願いします!ディウくん。」悩んでいても仕方がない、とエミリアは思い切ってその案に乗った。

「……りょ〜かい!!」待ってましたとばかりに、ディウがピッキングに取り掛かる。

 カチャカチャと金属の擦れるような音がする中、エミリアたちは彼の邪魔にならないよう、少し離れた場所で待っていた。エミリアとしては、どうして未成年の彼がピッキングのやり方を知っているのか、誰が工具を与えたのかが気になって仕方がなかったが、それもまた踏み込みすぎる気がして悩ましく思う。


「できたよ〜!」ほんの数分後、ガチャンと大きな音がしたかと思うと、ディウからみんなに声がかかった。

「錆びてるからピックが折れちゃわないか心配だったけど、なんとかなったね!」みんなが集まってきたのを確認するとディウが軽く額の汗を拭って言った。

 先ほどまではパドロックで固定されていた鉄の鎖が、今は扉下の地面に落ちている。さっきのはこれが落ちた音だったのだな、とエミリアは目を細めながら考えた。

「すごいですね。ディウくん、ありがとうございます!」こんなにすぐ鍵が開くと思っていなかったエミリアは、ひとまず微笑みながらディウに礼を言った。


「大丈夫!まぁ、あの程度ならエレの蹴りで1発だったかもしれないけどね……。」

「え、そうなの!?」ディウの茶化しとも取れる発言に対して、エレが驚いたような声を出す。

「まぁほらお前、馬鹿力だし。」

「ちょっと!?」

「鍵が開いたんなら、入れるの?」二人のやりとりをほぼスルーしながら、レイがディウに尋ねると、小突きあっていた二人が大人しくレイの方に向き直った。


「……うーん、それがぁ。もう一個、扉側に鍵がかかってるみたいでぇ。」ディウがわざとらしく間延びした口調で返答した。

「開かないの?」

「まぁ、その……、エレがぶっ壊してくれれば開く!……多分。」レイの淡々とした追求に対し、一度は口ごもりながらも最後は開き直ったかのようにディウが言った。

「え〜、何それ。まぁ、いいんだけど。」名指しされたエレ本人は、少しうんざりしたような顔をしながらも、扉の方へと歩いていった。


「ちゃちゃっとやっちゃいまぁす!……あ、みんなはちょっとだけ離れててね!」エレが大袈裟なモーションで宣言すると、エミリアたちは1mくらい離れたところで見守ることにした。

「それじゃあ、いっきまぁす。そぉれ!!」エレはみんなが十分離れたことを確認すると、その場で大きく足を上げ、扉の取手があるところに向かって勢いよく回し蹴りをくらわせた。


―バキッ


 さっきよりも少し大きな音が鳴り、近くの木に止まっていた鳥が一斉に羽ばたいていく。エミリアは、片足立ちで静止しているエレを見た後、扉がどうなったのか確認しようと目をこらすと、扉の合わせ目にわずかに隙間ができていた。本来は外開きだったはずの扉が、なぜか内側にずれ込んでいる。どうやら、衝撃で少し扉がめり込んだらしい、とエミリアは推測した。

「わぁ……。あの、これ、普通なんですか?」エミリアは思わずカワセミに聞いた。

「……知らない。」カワセミは気まずそうに顔を逸らした。


「さっすがエレ!馬鹿力!」それを知ってか知らずか、ディウは陽気にはやし立てている。

「えへ!やったぁ!……お兄ちゃん仕込みの回し蹴りが役に立ったね!」エレは嬉しそうにガッツポーズをしている。

「ほんとすごい。結構賭けだったんだけど、扉が古くて腐食してたのもよかったみたい。」ディウが壊れた鍵を確認しながらそう言った。

「ありがとうございます!あ、でも、スカートには気を付けてくださいね!」アインが仕込んだことに若干複雑な気持ちを抱きながらも、エミリアはエレのスカートの心配をする。


「大丈夫!下にもう一枚履いてる!」

「早く慣れといたほうがいいですよ。……いつものことなんで。」エレの返しを遮るように、レイがエミリアに言った。

「開いたならさっさと入ろう。」さっきと同じように、カワセミはさっさと扉の方へと歩いて行った。

 カワセミが残っている方の取手を引くと、ギギギッときしむような音を立てながら、扉が外側にゆっくりと開いた。薄暗いエントランスの奥に踊り場付きの階段があり、踊り場の窓からは淡い光が差し込んでいる。


「わぁ~、すごーい。」カワセミが開けたところから中に入ったエレが、小さくも驚いたような声を上げる。

「わぁ、結構広いね。」ディウも続いて中へと入った。

「ちょっとだけ暗いですね。」エミリアも中に入ったのはいいものの、窓のないエントランスは、後ろの扉側と、階段踊り場のステンドグラスの明かりがすべてで、足元がおぼつかない程度には薄暗かった。

「端末のライトをつけましょうか。」エミリアは足元を照らすため、携帯端末のライトをつける。


 照らせる範囲をなめるように照らしてみると、足元は敷物のない石目調のフローリングで、うっすらと埃が積もっているのが見えた。近くにはクロークルーム(外套室)と思しき小部屋があり、さらに目を凝らすと左右に伸びる廊下の入り口と、二股に分かれている階段の下の空洞、しっかりとした造りのキャビネットが見て取れる。


「……なるほど。古いですけど、かなり一般的な造りの学校みたいですね。これならマップがなくても何とかなる、かな?」エミリアは自分の記憶と照らし合わせながらそう言った。

「ふーん?これからどうすんの?」頭の後ろで手を組みながらディウが言った。

 カワセミは扉が完全に閉まらないように、ストッパーをつけてくれたらしい。どこから見つけてきたのかはわからないが、適当な太さの木片を隙間に置いて挟んでいる。


「ひとまず、教室の方を見に行きたいです。教室なら窓があるかもしれませんし、どのくらい使えるか確認したいので。」エミリアは右側に伸びる廊下を見ながらそう言った。

「本当は職員室なんかも見に行きたいんですけど、教室の鍵がなかったらどのみち行かないといけないですし、今行っても使えそうなものは探せないと思うので……。そっちの探索は別日に回そうかと思います。」


「また来る予定なんだ……。」エミリアの言葉に対して、ディウがやれやれという体で言った。

「はい。本来は私の職場になる予定の場所でしたし……。」

「それはいいけど、人の気配がする。こっちの声も響いてたし、向こうにもばれてるかも。」エミリアの言葉を遮るように、カワセミが言った。


 カワセミは周囲をきょろきょろと見回しながら、親指を軽く噛んでいる。少し気が立っているのだろうか、とエミリアは思った。

「まぁ、このぐらいなら何とかなるか。」カワセミはそう言うと、エミリアが指し示した右側の廊下へと向かって歩き始める。

「わ、私たちも行きましょう!」エミリアは少し小声でそう言うと、レイ、エレ、ディウと共にカワセミの後を追った。


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