第35話:赤いドレスの女
「……なんだよ?」ジーク・シュナイダーは双子の弟ルークからの通信に眉をひそめた。
―なんだじゃないし……。急にいなくなるからだろうが。
端末の向こう側から小さくため息をつくルークの声が聞こえてきた。かわいいやつだ、とつま先で地面を蹴りながらジークは思った。目の前には、つい先ほどまで聞き込みをしていたみすぼらしい身なりの男が二人立っている。
「聞き込み中に勝手にはぐれたのはそっちだろ?」ジークはややぶっきらぼうに返した。
ジークはEVCホルダーではないのだが、そうでなくとも通話越しにふてくされているルークの様子が、目の前にはっきりと見えるようだった。
―それはこっちのセリフだっての。
「いいから早く来いよ。どうせどこにいるかはわかってんだろ?」案の定ややイラついたように返答するルークを軽くいなしながら、ジークは聞き込み中の男たちが逃げないようにと睨みを効かせた。
まぁ、EVCホルダーのルークなら、多少逸れてもすぐ見つけるだろ。そう思っているからこその単独行動である。それに、とジークは再び男を睨んだ。パージウェストに住んでいるやせっぽっちの男たちなんか自分の敵にはならないだろう、という自信もあった。
―そりゃそうだけど、万が一ってものが……お前にはないか……。はぁ。
「分かってんならさっさと来いよ。」ニヤリとしながら鼻で笑うと、ちょうど真後ろから聞こえてきた弟の声に、ジークは半分振り返りながら通話を切った。
「……。」じっとりと目を細めながら閉口しているルークに対し、ジークはひらひらと携帯端末を振って見せた。
「こいつら、切り裂き娼婦とやらの目撃者なんだってよ。……自分でそう言ってたんだ。」ジークが顎で示しながらルークに言った。
ジークは、男たちを1人ずつ観察しているルークを横目に見ていた。自分と同じ亜麻色の髪に、自分とは反対側に入れた赤いメッシュ。ピアスなんかのアクセサリーをつけて、チャラく見せようと必死なくせに、自分よりもはるかにきっちりユニフォームを着ている。
どう見ても真面目な優等生にしか見えないが、そんなルークに対しても、男たちが怯えるそぶりを見せていることを、ジークは少し不思議に思った。
「おい、ほんとに真っ当に聞き込みしたんだろうな?」ルークが怪訝そうな顔でジークを見る。
「そりゃあな?乱暴は禁止されてるって知らないのかよ。」ジークはルークをからかうように返答した。
「じゃあ、何でこの人たちはこんなに怯えてんだよ。」ルークがさらに眉間にしわを寄せてジークを睨んだ。
ルークはどうも、ジークが何かをしたせいだと思っているようだったが、彼らの反応を見るに、月影の人員が増えたことに反応しているのでは、とジークは考えた。ただそのことは口には出さずに、ジークはルークに事の経緯を説明する。
ルークからの通信が入る少し前、ジークは建物の陰からじっとこちらを見ている3人の視線を感じ取った。現場検証をしているジーナ・ノルディと分かれて聞き込みに出たはいいものの、二人は警戒心の強いパージウェストの住人たちから、なかなか目ぼしい情報を得られずにいた。
情報セクションから上がってきた調査レポートにより、切り裂き娼婦の活動範囲はあらかた絞れてはいるようだ。実際、事件の頻発しているセントラルスクエアの歓楽街と、パージウェストでの目撃証言が証拠のほとんどを占めている。ルークとジークは新しい被害者の事件現場を調査するとともに、有力な目撃証言を探さなければならなかった。
街にはほとんど手入れがされず、雨風がしのげるだけの廃墟と化した建物ばかりが立ち並んでおり、微かに聞こえる陰口を頼りに、二人は住民たちを捕まえ、何か切り裂き娼婦の手がかりを聞き出せないかと考えていた。
そんな中、遠巻きにただじっと自分たちのことを見ている人間の気配を、ジークは不審に思ってマークした。彼は逃がさないように気づかない素振りをしながらも、じりじりとその気配を薄暗い路地の方へと追い詰めた。声をかけると、彼らは怯えたように身をすくませながらも、「切り裂き娼婦を知ってるんだ。……殺されたやつも。」と回らない舌で一人が言った。
「……ってわけなんだけど。でもそうならさっさとしゃべればいいのに、黙り込みやがって。」ジークは舌打ちをして、男たちの方へと一歩踏み出した。
「おい、待て、威圧するな。何か事情があるんだろ。」ルークはジークの方に腕を伸ばして引き留めると、男たちに事情を話すように促した。
「へぇ……へへっ。いや、ほんとに知ってるんですがね……。ははっ。」男の1人がオドオドしながらルークに答える。
「えっと、知ってるってのは、何をだ?会ったことがあるのか?」ルークは眉間に皺を寄せながら聞き返す。
「いや……へへっ。それはまぁ、へへっ。言っちゃならねぇって話でして。」男のやけに間延びした話し方と、はっきりとしない物言いに、ジークとルークは思わず顔を見合わせた。
男たちの挙動はどこか怪しい。確かなことを何一つ言わないばかりか、ずっとへらへら笑ってばかりだ、と思っていたジークは、ルークもまた自分と同じ違和感を持っていたことを確信した。
「ちっ……、適当なこと抜かしてんじゃねぇぞ。こっちだって暇じゃないんだ。言いたいことがあんならさっさと言いやがれ。」ジークが勢いよく、手前にいた男の胸ぐらへと掴みかかる。
「ひぃ!!は、離してくれ!乱暴は禁止されてるって言ってたじゃねぇか!」
「うるせぇ!こんなの乱暴のうちには入んねぇよ!!」より一層怯えた声を上げて抵抗する男を、ジークはぐわんぐわんと揺さぶった。
「待て!ジーク!」
「そうよ?そのぐらいにしてやんなさいな。」肩を掴んでジークを止めようとしたルークの声に被って、背後から聞きなれない女の声が聞こえてきた。
「っ!?」ルークは咄嗟に腰のホルスターからハンドガンを引き抜き、声の主へと突き付ける。
隣でドサリと音がした。気配からして、ジークが男を突き飛ばしたのだろう、とルークは推測した。しかし彼は、目の前の不審な女から視線をそらさないように意識を向けた。EVCの性質により視界が一気に狭まるような感覚になる。
「あら、ちょっと急すぎない?まだ何にもしゃべってないのに……。」くすくすと赤いドレスの女が笑う。
「ちっ。いつの間に背後をとりやがった?」ジークが苛立ちながら骨を鳴らしている音が聞こえる。
「あらあら、ご立腹かしら。短気な男は嫌われるわよ?」女は擦り切れた赤いドレスをゆらゆらと揺らしながら唇に手を当てた。
女の髪はごてごてに巻かれたブロンドで、ところどころ色味が抜けてオレンジ色に変色しているように見える。すとんと落ちるシルエットのタイトなドレスで、斜めにカットされた裾から細枝のような足が見えている。足元はベルトのついた赤いヒールだ。こんな場所にいるには似つかわしくないとルークは思ったが、女の派手な化粧を見るに、夜がらみの人間であるらしいとルークは判断した。
背後に意識をやると、いつの間にか男たちは逃げ出していて、二人の背後には誰もいない。背後から挟まれることを警戒していたが、どうやらその目的ではなかったらしい。周囲にも伏兵がいないことを確認して、ルークは再び目の前の女だけに焦点を絞った。
「あら、よそ見しちゃやぁよ?」
「っ!?」いつの間にか近くにまで踏み込んできていた女に驚いて、ルークはわずかに後方へと後ずさる。
「教えてあげましょうか?切り裂き娼婦が誰なのか。」女は警戒するルークとジークをよそに、さらに踏み込んで距離を詰めた。
「……おい、ルークから離れろ。」きつい、花のような香水の香りがルークの鼻を衝く一方で、ジークは迷わず女のこめかみに銃を向けた。
女の大きく開いた胸元が、ルークの銃口に押し付けられているのをジークは見た。しかし女はそれすら意に介さず、ぐるりと頭を回転させてジークの方に顔を向ける。銃口と重なる女の澱んだ瞳と、毒々しく発色する赤い唇がにやりと笑う。配色だけ見ればジークの知り合いにそっくりだったが、むしろだからこそ、そのけばけばしさが際立つようで、ジークは思わず舌を鳴らした。




