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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第2章:Cut the Skin, Cut the Bones

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第34話:パージウェスト にて

「はぁ……、こりゃ酷い……。」ジーナ・ノルディは、EVCを使うまでもなく明らかな目の前の光景に目を顰めた。

 パージウェストの廃墟にある、死後数日は経っているであろう惨殺死体。その様子は目を逸らしたくなるほど酷く、吐き気を催すほどの腐臭が現場となった廃墟に充満していた。

「男……よね?全く……、衣服をはぎとられてるってのにろくに性別も分かんないとは……。」ジーナは愚痴っぽくつぶやいた後、大きく息を吐きだした。


 正直もう限界だ。局長レオン直々のお達しとはいえ、今回ばかりはさすがに勘弁してほしかった、とジーナは思った。彼女は治安管理局・月影、科学セクションのメンバーの一人だ。現場検証が必要になれば、駆り出されるのは仕方がない。しかし、今回のようにまだ遺体が残っているような現場には、正直自分でなくとも、来たがる人間なんているはずがない、とジーナは密かにため息をついた。


 せめて死体を先に回収してくれと言いたかったが、そうなると今度は現場の保存状態が悪くなる。発見時のままの状態で検証をしておく必要がある以上、ジーナもまた、死体を見ることからは逃げられないと、彼女自身も分かってはいることだった。


「お仕事だから、仕方がないわね。」ジーナは自分に言い聞かせるように吐き捨てる。

 そのうえ彼女はEVCホルダー(拡張視覚認知保持者)だ。ここ数年、常に人手不足の月影で、能力を腐らせたままでいることは基本できない。ジーナは深く息を吸い込んではゆっくりと吐き出し、それを繰り返して少しずつ集中力を高めていく。EVC:Analytical-Trace(痕跡視)で、ハイライトされた現場の痕跡を読み取っていく。


 今回の遺体はベッドの上に仰向けで寝転がっている形で見つかった。死因は刃の大きく重量のある得物で何度も切られたことによる失血死、あるいは外傷性のショック死だろうとジーナは推測した。傷口には蛆や羽虫が湧いて群がっており、冬とはいえすでに腐敗の始まっている箇所も見て取れる。傷口は主に上半身から下腹部にかけて集中しており、腕などは砕かれた骨が露出している状態だ。

「……チッ。気色悪い……。」少し離れたところに散らばっている男の衣服と、ベッドに付着した体液を見るに、この男は情事の最中だったらしい。


 やや肉付きのいい体は、元からだったのか、腐敗によって膨らんだのかは判別できない。そもそもジーナは医者ではない。明らかに死んでいるこの男を見ても、確かなことまではわからなかった。

「はぁ……。もうそろそろいいかしらね……。」ジーナは死体のある一室をぐるりと見る。ベッドのあるこの部屋は2階で、他にも人のいた痕跡はあるものの、凶器のような確実なものは見当たらなかった。

「あとは死体解剖に回すしかないわね。」運が良ければ相手の体液も採取できるかもしれないし、とジーナはもう何度目かわからないため息をついた。


 ベッドのあった寝室を出て、端末でレポートを片付ける。この後は近くを巡回しているはずの戦術セクション局員に、遺体の回収を依頼しなければならない。死体解剖は医療セクションが受け持ってくれるだろうが、それにもジーナは立ち会わなければいけなかった。


 大きくぐらつくような目眩を感じて、ジーナは壁に寄りかかる。そのままずるずると床に座り込み、大きく息を吐き出しながら呼吸を整える。誰もいないのをいい事に、ポケットからタバコを取り出して火をつける。しばらくタバコを吸いながら休んでいると、少しだけ気分がマシになったような気がした。

「……ってかあいつらは一体何やってんのよ……。」ジーナは同行者がなかなか戻ってこないことに苛立ちながらも、その居場所を確認するために携帯端末を取り出した。


―rrrrrr……


―ピッ


「はい、こちらルーク……あ、ジーナさん……お疲れ様です。」パージウェストの路地で聞き込みをしていたルーク・シュナイダーは、端末から聞こえてくるジーナの声に返事をした。


―ちょっとあんたたち、一体どこまで行ってるのよ。こっちはもう終わったんだから、さっさと戻ってきなさいよ。


 端末越しのジーナの声は、どことなく疲れて苛立っているように感じられる。分かれる前に現場を見たが、あの場所にいたら誰でも気分が悪くなってしまうだろう。ルークはそこまで驚かなかったが、あそこまで凄惨なものはそうそう出会うものではない。その点で、彼は彼女を気の毒に思った。

「あ……、すみません。すぐ戻ります。」ルークはジーナと通話をしながら、双子の兄であるジーク・シュナイダーの姿を探した。


―ちょっと、聞いてる?


「……あ、はい!聞いてます……。少し、その、ジークの姿を見失ってしまって……。」ルークは胃がキュッとなるような焦りを感じて、ゴクリと唾を飲み込んだ。


―はぁ……、あのバカ……。チッ。……まぁ、いいわ。とりあえずジークを探して、その後合流しましょう。


「はい。……そうします。」マイクに入らないように気をつけながら、ルークは深く息を吐き出した。

 EVC:Empathic-Field(感応視)の影響か、ルークはジーナの声から並々ならぬ不快感を感じ取った。ズタズタに切り裂かれた男の死体が、彼の脳裏にフラッシュバックして、ルークは思わず自分のハーネスベルトに指を絡めた。


―ちょっとあんた、大丈夫?呼吸が荒いわよ?


「だ、……大丈夫です。すぐ戻ります。」ルークはジーナに指摘されるまで、自分の呼吸が乱れていることに気づかなかった。


―……そう。とにかく、早くあのバカ回収して戻ってきなさい。いいわね?


「はい。」ルークが返事をすると、ジーナからの通話は切れた。

「……どこ行ったかな、あいつ。」ルークはジークを探すため、もう一度周囲を見回した。

 同時に、深く呼吸を繰り返し、Empathic Fieldの感度を高める。視野の広がりとともに、ピリピリとする感覚が体を走る。一度目を閉じ、さらに感覚を研ぎ澄ませるとまぶたを開けた。パージウェストは廃墟だらけだと思っていたが実際はそうではなく、窓が割れていたり屋根瓦が剥がれたりしている家の中に、ルークはちらほらと人の気配を感じ取った。


「うっ……ゴホッ。」喉の詰まりとともに、一度大きく咳が出る。

 ジークとのつながりを辿るために、ルークはさらに感知するフィールドの範囲を広げた。360度全方位のフィールドから彼の気配を拾っていくと、ルークのいる場所から直線距離300mくらいのところにジークがいた。何をしているのかと、ルークは眉間に皺を寄せたものの、どうもまだ聞き込みをしている途中らしい。誰かと話しているようで、すぐ近くに複数の人の気配があった。自分は単に、ジークとはぐれてしまっただけらしいと、ルークは思った。


「……はぁ。」ルークはつま先で地面をたたきながらため息をつき、目にかかった髪を軽く払った。

 周囲からこちらを見定めるような視線を感じる。聞き込み中にも感じたことだが、ここパージウェストの住民たちは、月影への心象があまりよくないらしい。まぁ、このエリアの荒れ具合からすれば無理もない、とルークは静かにため息をつく。

 やはり今日は日差しが強い。プレジデントルームに差し込んでいた白い朝日を思い出し、普段は霧深いこの街のヴェールがはがされるようでぞっとする。会議と書類修正を終えた後、ルークとジークは科学セクションのジーナとともに、殺害現場のあるパージウェストまで調査に来ていた。


 お目付け役、という言葉には少し違和感を覚えたものの、ルークと同じEVCホルダーであるジーナの同行は、人選としては納得のいくものだった。本当はジーナを一人にしておくべきではないのだが、あまり遠くへ行かないことを前提に、ルークのEVC:Empathic-Fieldを頼ったうえで、作業分担の許可を得た。

「ジークと合流しよう。」ルークはそう呟くと、ハイライトされたジークの気配を辿りつつ、携帯端末で彼のアドレスをコールした。


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