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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第2章:Cut the Skin, Cut the Bones

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念願の場所

「そろそろ見えてくるよ。……ほら!」ディウの指さした先を見ると、そこには確かに、他の家屋よりもずっと大きなレンガ造りの建物が見える。

「ほんとだ……!」エミリアは木々の合間から見えるそれらしき建物の姿に思わず喜びの声を上げた。

 目の前には先ほどまでの住宅街とは違い、石畳の並木道が続いている。よく見ると、広い道の両サイドには、石造りの柱と、開いたままの状態で錆びついた鉄の門扉がある。どうやらここはカレッジタイプの学校のようだ、とエミリアは考えた。


 しばらく道を歩き続けると、途端に開けた敷地に出た。その向こう側に、先ほど遠目に見た建造物の全貌が見える。明かりのついていない室内は薄暗く、目に見える窓は無残に割られ、花壇や植え込みは手入れもされずに草が伸び放題になっている。そのうえ赤茶色のレンガの壁は、スプレーで描かれたと思える落書きや、わざと投げつけたような泥の塊で汚れている。


―学校はありますが、……あなたが思い描くようなものではないと思いますよ?


 カフェ&バー・マスカレイドでのリンドウの言葉がエミリアの脳内でフラッシュバックする。彼が言ったことを、ある程度は覚悟できているつもりでいた。けれどエミリアにとってそれは、このオールドサウスの現状のように現実味がなく、ふわふわと浮遊するようなめまいを彼女は覚えた。

「……。」思わず目頭を押さえて深く息を吐くエミリアの様子に、一瞬場が静かになった。

「……大丈夫?具合悪い?」ディウが気遣うようにエミリアの顔を覗き込む。

「ずっと歩き通しで疲れちゃった?」エレも同様に心配そうな顔でそう言った。

「……いえ、ちょっとびっくりしただけです。……まさか、こんな……、こんなはずでは……。」エミリアはどう表現していいかわからずに口ごもる。


 自分の足元が崩れ落ちるような覚束なさとともに、心臓がぎゅっと掴まれるような息苦しさと、こめかみまでせりあがってくるような熱に襲われる。

「……そんなに驚くことかなぁ。」場の空気に耐えかねたのか、ディウがぼそりと呟いた。

 彼はいつの間にかエミリアと少し距離をとり、頭の後ろに腕を組んで、遠くを眺めながら立っていた。その隣には眉間にしわを寄せたまま地面を見つめているレイがいる。エレは自分の赤い髪を手で直しながら、エミリアの方に体を寄せる。

「あの二人は学校行ったことないから、わかんないんだよ。……エミリアさんは驚いたよね?」エレは小声でそう言った。


「……エレちゃんは?」

「私は、ちょっとだけ……。」エミリアが尋ねると、エレは内緒話をするかのように話す。

「でもあんまりよくは覚えてないや。」エレの言葉を聞いて、そういえばこれに関してはアインも似たようなことを言っていたな、とエミリアは思う。

 しかし、そんなエレの態度を見ていると、エミリアはまた落ち着きを取り戻していた。

「はぁ……、ま、立ち止まっていたってしょうがないですよね。」エミリアは深く呼吸を繰り返すと、改めて目の前の廃校を見つめ直す。


 這うツタに覆い尽くされた壁は、欠けてはいるもののまだ色あせてはおらず、少し古そうには見えるが外から見える分だけでもしっかりとした造りをしている。アカデミーのキャンパスほどの広さはないが、それでもカントリーサイドの高校と比べれば十分に広い、とエミリアは思った。

「ここはおそらくオールスルースクール、4歳から18歳までの教育を担う学校ですね。」校舎の規模を見ながらエミリアが話す。

「へぇ、見ただけでわかるの?」ディウが少しだけ興味を持ったように尋ねる。

「はい。……まぁ実際のところはまだわかりませんが。私たちが先ほど通ってきたところが正門ですね。」エミリアは今しがた歩いてきた並木の向こうを振り返りながらそう言った。


「目の前にあるのはほぼ……雑草ですが……、その建物の正面付近に噴水のようなものが見えるので、元は芝生のプレーイング・フィールドだったんだと思います。今は荒れ放題ですが、でも草を踏み分けた跡がありますね……。誰か出入りでもしてるんでしょうか?」エミリアは一部分だけ草が倒れている場所を指さした。

「エミリアさんって、情報屋みたいなこと言うね。」ディウがエミリアの近くに寄ってきてそう言った。

 情報屋、とはなんのことだろう?とエミリアは思ったものの、探偵のようなものだろうかと推測して、その場では深く追求しなかった。


「それはいいけど、どうするつもり?」エミリアの耳の近くで声がする。

「うわっ⁉」驚いたエミリアが声の主を見ると、いつの間にか近づいてきたカワセミだった。

 そういえば、カワセミは道中ずっと影が薄かった。なんとなくちゃんとついてきているつもりでいたけれど、こちらが話しかけない限りは発言しないうえに、意識していないといるのかどうかも分からない。そんなカワセミが自発的に話しかけてきたことに驚いて、エミリアはバクバクする心臓に手を当て、カワセミをじっと見た。


「何。」そんなエミリアを、カワセミが怪訝そうな顔で見ている。

 今は屈んでいるから同じくらいの背丈に感じるが、そうでなければ少し首が疲れるぐらいには身長差がある。今は全く関係ないことだと思いながらも、アインやリンドウも含めて、どうしてこうも背の高い人ばかりいるのだろう、とエミリアは目を細めながら考えた。

「いえ、何でもありません。ちょっと驚いただけですから。」エミリアは素直にそう言った。

「カワセミさんって影薄いもんね。」隣で何の悪気もなくそう言ったエレを、カワセミはちらりと一瞥しただけで、特に返答はしなかった。


「あの、校舎、入ってみたいんですが、大丈夫でしょうか……。その……不法侵入とか……。」エミリアが心配そうにカワセミに尋ねたが、カワセミはエミリアをじっと見つめ、ありえないと言いたげに目を見開いた。

「そんなこと気にする人間はここにはいないよ。」そう言うとカワセミは、草を踏み潰しながら校舎の方へと向かっていった。

「俺たちも行こうよ、エミリアさん。」ディウがエミリアを見ながら声をかける。

「あ、そうですね!……誰か、いらっしゃるかもしれませんし!……管理人さんとか……。」最後は消え入りそうな声でつぶやいたものの、エミリアは何とか勇気を振り絞ってカワセミの後を追いかけた。


 生い茂る草に苦労させられるかと思ったが、すでに倒れていた分と、カワセミが踏みつぶしていった分のおかげで、そう進むのに苦労はしなかった。遅くも早くもない一定の歩調で進んでいくカワセミの背中を追いながら、エミリアはどんどん鮮明になる校舎の様子に少しだけ胸を躍らせた。想像を裏切る形にはなってしまったものの、どこか冒険をしているような気分になる。

 草の海を通り抜けた後で、エミリアはぜぇはぁと呼吸を整えた。そんな彼女を気にすることなく、カワセミはすたすたと入口扉まで歩いていき、そのいかにも重厚そうな扉の様子を確認している。


「……エミリアさん、平気?」エレが気遣うように隣にかがんだ。

 というか今までこのメンバーで行動していて、他者に積極的な心遣いを見せるのは、だいたいエレかディウだ。カワセミは全く意に介する風ではないし、レイも遠巻きに見ていることがほとんどだった。

「……はい!ちょっと、疲れましたが、大丈夫です!」エミリアはなんとか息を整えながら返事をする。

「良かった。でも今レイがちょっとしんどそうだから、休憩しても大丈夫かな?」エレの言葉を受けてレイの姿を探すと、入り口前の階段の上にしゃがみこんでいる姿が見えた。


 レイは気分が悪いのか、腕に顔をうずめて休んでいる。ディウがその隣にしゃがみこんで、レイの背中をさすっているところだった。

「……もちろんですよ!みんなで一度休憩しましょう。」エレに向かってそう言うと、エミリアはレイの方に向かって歩いて行った。

 レイの様子も確認したいが、その素振りが見えないとはいえ、エレやディウも疲れているかもしれない。まだ日は高く昇ったばかりだし、少し時間をとっても問題はないだろう、とエミリアは考えた。

「カワセミさんも休憩しましょう。一度この後のことも話したいですし。」そうエミリアが呼びかけると、カワセミは入口扉から離れ、エミリアの近くの段差に腰かけた。


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