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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第2章:Cut the Skin, Cut the Bones

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オールドサウス

「それじゃあ、オールドサウスに行きますか!」エミリア・バートンが号令をかける。

「おー!」エレ・ザードは元気よく応じたが、少年二人は気恥ずかしかったらしく、レイは俯き、ディウは頬を掻きながら苦笑していた。

 エミリアは皆でブレックファストを食べた後、月影に向かうアインを玄関口で見送り、片づけと準備を済ませたところだった。


「もう時間だから先に行きます。」家を出るとき、アイン・ザードはゴーグルをつけながらそう言った。

「行ってらっしゃい。」エミリアがそう言うと、アインは少し驚いたように動きを止める。

「……行ってきます。またしばらく、帰って来れないかもしれませんが。」アインはそう言って目を伏せた。

 放火事件が起きた時も1週間ぶりの帰宅だったと、エミリアはエレたちに聞いていた。そういう時はどうしているのかとアインに聞くと、月影の官舎に泊まっているのだと言っていた。

「そうですよね……。あまり、無理はいいませんけど、エレさんたちだけじゃなくアインさん自身のためにも、たまには帰ってきてくださいね?お料理も作ってますし、……もちろん私も待ってますから。」エミリアが微笑むと、アインは言葉を探すようにしばらく瞳を泳がせる。


「……はい、わかりました。では、行ってきます。……あの、片付けは……。」本当に大丈夫なのかと言いたげに、アインは申し訳なさそうな顔をした。

「大丈夫です!エレさんやディウくんも手伝ってくれますし、それにお皿はまとめ洗いが基本ですから、気にしないでください!」両手を顔の前で振りながらエミリアが言うと、アインはやっと安心したような顔で家を出た。


 バイクに跨るアインに軽く手を振ると、それに応えるようにアインもまた手を振り返す。エミリアはアインの背中が見えなくなるまで玄関先にいたものの、室内の時計を見ると、まだ8時にもなっていなかった。

「エミリアさん、やっぱり行くの?」片付けも一段落してみんなで紅茶を飲んでいると、ディウが心配そうにそう言った。

「はい。行かないと始まりませんし……。それに。」エミリアがディウを安心させるように話していると、唐突に玄関扉を叩く音がした。


―コンコン


「は〜い。」エミリアが返事をしつつドアを開けると、そこにはオレンジ髪の青年が立っている。

「どうも。」オレンジ髪の青年はエミリアから視線を逸らしながら、抑揚のない声音で呟いた。

 薄いオレンジ色のカットソーに、カーキ色のジャケット。背中はやや猫背気味に丸まっており、両手をポケットに入れている。

「おはようございます、カワセミさん。今日はよろしくお願いしますね。」エミリアは彼を招き入れつつ挨拶をした。


「……どういう経緯?」そう発言したのはディウだったが、さっきまで興味がなさそうにしていたレイも、怪訝そうな顔でこちらを見ている。

「……えっとですね。」エミリアはどこまで話そうかと悩みながらも、事の次第を説明しようと試みた。

「あ、その人がどういう人かは知ってるし、そこまで配慮しなくて大丈夫だよ?」エミリアの様子を見かねてか、ディウが片手をあげながら告げる。

「……なるほど。」カワセミの職務については、エミリアも先日聞いたばかりであったが、まだ未成年であるディウたちも知っているとなるとやや複雑な感情を抱く。


「その、彼のことはリンドウさんに、紹介していただきまして。」しかし隠しすぎるのもよくないと思い、エミリアは思い切って説明を始めた。

 ソルティノースで銃撃戦があった翌日の昼に、エミリアはカフェ&バー・マスカレイドを訪れた。アインやジーナから聞いた学校の実情について、リンドウなら何か知っているかもしれないと思ったからだ。閉鎖された学校がオールドサウスにあるということを説明した後、何か知っていることはないかと尋ねると、リンドウはしばらく顎に手を当てて考え込んだのち、「それなら、確かにありますね。」と微笑みながら答えた。


「それで、リンドウさんは何て?」話の途中でエレが尋ねる。

「危ないから、1人で行くのはやめた方がいいって。」エミリアが言うと、レイは眉間に皺を寄せ、エレとディウは納得したような顔で頷いた。

 もしかしたらレイ、エレ、ディウの3人も一緒に行くと思うけど、それだけだと心許ないだろうとリンドウは言った。だから彼は、その場に居合わせたカワセミに、一緒に行くよう話をつけてくれたのだった。


「……なるほど、それでカワセミさんがね〜。」ディウが頭の後ろに手を組みながら呟いた。

「ほんと、どういう繋がりかと思っちゃった。」テーブルに背中で寄りかかりながらエレが言う。

 エミリアには、彼らがそう思う気持ちも分かる気がした。カワセミのことは以前から度々マスカレイドで見かけていたが、裏でちょっと危ない仕事をしていると聞いた時、エミリア自身ひどく驚き、困惑もした。

「カワセミさん、よく了承したよね。」そう言ったのはエレだった。

「……別に。……暇だったから。」カワセミは壁際に寄り、強く日の当たらない場所に立ったまま、ぼそぼそと返答した。


 全員で表に出ると、外はほどよく太陽が出ていて暖かかった。ソルティノースの海から吹く冷たい風はあるものの、そうでなければ春と疑うほどの心地よさである。エミリアがLost Cityに来てから初めて見た青空だったが、そもそもこの霧の多い街では曇りでないことが珍しい、とエレから聞いた。

「えっと、それじゃあ行きますか!」エミリアがランチボックスの入ったカバンを確認しながら声をかけると、エレが先導する形で歩き始めた。

「まずはトラム(路面電車)に乗って、オールドサウスの手前まで行こう!その後は歩きだよ。」エレが快活に説明する。

「了解です!……トラムを下りたら、近いんですか?」エミリアは質問した。


 トラムはセントラルスクエアやソルティノースなど、エリア間での移動がメインで使われる乗り物だが、エリア内での小区域移動にも使われる。自転車やバイクを持っていない街の人にとっては、実際欠かせない移動手段だ。正直徒歩で行き来することは現実的ではないことを、エミリアもすでに知っていた。

「うーん、なんていうか、線路はあるんだけどね。運行してないんだよね〜。」補足したのはディウだった。

「……そうなんですか?」

「うん。まぁ、あそこまで行く人自体、あんまいないからね。」エミリアの驚きに対して、ディウはサラッと流すように答える。


 家から一番近い停留所に着くと、5人はIDを入口のスキャナにかざして乗り込んだ。トラムは街の中をぐるぐる回っているとはいえ、次が来るまでには30~40分かかったりするので、タイミングが良かったことにエミリアは安堵した。乗客はまぁまぁ多かったがぎゅうぎゅうというほどではなく、軽く談笑しているうちにオールドサウスへとたどり着いた。


 しかし歩き始めてしばらくすると、歩き慣れていないエミリアにとっては少し厳しい距離だったことに気付かされた。冬なのに、太陽のせいかじんわりと汗が滲んでいるような気がする。羽織ってきたコートがずしりと重たく感じられ、エレやディウの軽装が、エミリアには少し羨ましく感じられる。そのうえあたりは、いつの間にか荒廃した建物の並びが目立ってきたように思えた。


「……なんでこんな……。ソルティノースと全然違うじゃないですか。」エミリアは立ち止まって息を整えながら、周囲を見回す。

「まぁ……ね。こっちは割とどこもこんな感じだよ?向こうがまだマシなだけでさ。」先を歩いているディウが一切振り向かずに返答する。

「そういうレベルの話なんでしょうか……。」心配そうなエミリアに対して、エレもディウも困惑するような表情を向ける。

「そういうレベルの話じゃなくても、ここはそういう場所ですよ。」代わりにレイがそう言った。

「カワセミさんも、そう思いますか?」動揺したエミリアはなぜか咄嗟にカワセミに振る。

「……別に、興味ない。」カワセミはあっさりそう言った。


 再びエミリアは歩き出したが、道はところどころ石畳が割れたり剥がれたりしており、修繕された形跡もほとんど見当たらなかった。その上立ち並ぶ家々も壁が崩れ、どこからどう見ても廃墟にしか見えない有様である。しかしながら全くの無人というわけでもないらしく、少し横道に逸れたりすると、ボソボソとした人の声が聞こえてきたり、道端に座り込んで眠っている浮浪者の姿が見えたりもした。

「……。」エミリアはその光景を見ると胸が痛み、いつの間にかグッと目に力が入ってしまう。

 急にちくっとした痛みが目に走り、砂埃が入ったような気がしてエミリアはゴシゴシと目を擦る。風に乗って、どこからかすえたような匂いが漂って来たかと思うと、エミリアは思わずクシュンとくしゃみをした。


 空はいつも以上の晴天であるにもかかわらず、このオールドサウスの惨状を見ると、エミリアにはそれもまた哀しく思えた。過去にスラムや未発達の地域の映像をエミリアは見たことがあるものの、実際に目の前にあるものを思うと全てがファンタジーに思えて仕方がない。

「エミリアさん……?大丈夫?」その声に隣を見ると、エレが心配そうにこちらを見ていた。

「はい。あの、……大丈夫です!」エミリアの心はひどく重く沈みかけていたものの、自分にとっての現実とかけ離れていたからといって、彼女たちを悲しい気持ちにさせたくなかった。


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