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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第2章:Cut the Skin, Cut the Bones

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切り裂き娼婦スラッシャー・連続殺人事件

「……放火魔ライターに関しては、追加の情報を待つしかないか……。ご苦労。アインには引き続き捜査を頼む。」アイン・ザードの報告を受けて、レオンが思案しながら締めくくった。

「了解。」アインが短く返答する。

 ルークの記憶では、放火魔ライターはセントラルスクエアの企業や上流層の住居を狙って火を放っていたはずだ。火炎瓶の使用は捜査初期から疑われていたことではあったが、ソルティノースでの一件で確定したということか、とルークは考えた。


「……改造、火炎瓶ですか?」火炎瓶をベースとした投擲物だとアインが言っていたことから、ルークは質問を投げた。

「……あぁ。火炎瓶の使用に関しては現場検証の際にジーナ・ノルディが仮説を立てていました。が、24日の戦闘において、遠目ではありますが確認したところ、普通の火炎瓶ではなく、起爆も兼ねた爆発物のようなものだと判明しました。それこそテルミット・グレネードのような……。」アインが追加で説明をする。


「焼夷手榴弾か。」レオンが室内を歩きながら相槌を打つ。

「はい。……簡易的ですが、威力はそれに近いものがあります。」アインの口調は相変わらず淡々としていたが、どこか苦みの混じったような響きだとルークは感じた。

 アインは夜目が効くうえ、プラスでゴーグルに仕込みもあるのだろうが、仮にそれを含めたとしても、深夜の戦闘における難易度の高さに、ルークは密かにため息をついた。


「……よく見えますね……。」ぼそりとつぶやいたルークの言葉を、アインは耳ざとく拾って返答する。

「訓練を増やそうか?」それが善意からの言葉だとルークには分かるのだが、傍から聞くと誤解を生みそうな言い回しだとルークは苦笑した。

「……いえ、大丈夫です。」

「そうか、残念だ。」これまた嫌味ではないと知っているのだが、アインの言葉は淡々としているせいか、どうしても他の人には意図しない方に受け取られていそうだと思って、ルークは常にヒヤヒヤしていた。


「まぁとにかく、アインの報告を聞く限り放火魔ライターも無傷ではない。……しばらくは大人しくしてくれることを願おう……。」レオンは一旦その場を収めると、一度ゆっくり目を閉じ肩の力を抜いた。

「アイン、放火魔ライターの足取りを追い、何か進展があれば報告をするように。」しかし再び目を開けると、強い眼差しでアインに命じる。

「了解。」アインもまた背筋を正してそれに応えた。


 ルークは二人のやり取りを眺めつつ、放火魔ライターの脅威が一度は去ったことを密かに祈った。市民の平穏を願う気持ちがないではないが、まだ新米の扱いである自分たちには荷が重い。

 ルークは静かにため息をついて、隣で退屈そうにあくびをかみ殺している片割れを見る。自分たちが、この街に潜む脅威にいったいどこまで立ち向かえるというのか。そのことが余計に、同僚のやっかみやアインの激しい訓練よりも、ルークの胃をキリキリと締めつける。


「……ルーク?おい、大丈夫か?」ルークがはっとして隣を見ると、ジークが自分の方に体を寄せてこっちを見ていた。

「……具合が悪いのか?」ジークは、他人には一切興味がないくせに、ルークのこととなると誰よりも目ざとく指摘してくる。

「……いや、平気。」目の前がぼんやりと霞むような気持ち悪さを覚えながらも、ルークはジークの言葉を否定した。

「ふーん……そう。」そんなわけないだろ、と言いたげな目つきでジークが目を細めて、ルークを見る。


 ルークはその瞳の意味に気づきつつも、グッと唇を固く引き結んで視線を逸らした。視界の隅で、ジークのつけている赤い羽の耳飾りがチラチラと揺れる。ジークよりも少し長い前髪でそれを見ないように遮りながら、ルークはグッと唾を飲み込んだ。少しだけ、固く絞りすぎたハーネスベルトが息苦しく感じられる。


「……ふむ、では次は、放火事件と入れ替わる形で件数の増加が見られる切り裂き娼婦連続殺人事件についてだ。」レオンが全員を見渡しながら次のテーマへと切り替える。

「……切り裂き娼婦……。」なんだっけ、と記憶を手繰り寄せているルークの呟きをレオンが拾った。

「あぁ。これもまたハーディ・グラントの命名だが……、切り裂き娼婦スラッシャー、それがこの連続事件のターゲットだ。」レオンは軽く頷きながら補足する。


「なぜ娼婦なんですか?」

「女ってのは確定なのか。」ルークとジークがほとんど同時に発言した。

 ルークが「ん?」と思いながらジークの方を見ると、ジークもまた同じようにこちらを見ていて目が合った。レオンの返答を待つために視線を戻してレオンを見ると、なぜかレオンは口元を軽く手で抑えてくつくつと笑っているようだった。


「……あの。」ルークが不安になって声をかけると、レオンは口元を押さえているのとは別の手を挙げてルークを制した。

「ふふ……、あぁ、すまない。君たちが時折、あまりにもシンクロした動きをするものだから……、つい。ふふふ。」レオンがなぜ笑っているのか、ルークとジークにはよく分からずに首を傾げた。

 その動きがまた妙に揃っていたからか、レオンはまた少し大きく笑い始めた。アインはといえば、状況が理解できない気まずさからなのか、少し居心地が悪そうに立ち姿勢を崩して後頭部を掻いている。


「ふぅ……、すまない。話を続けよう。」レオンが目尻を拭いながら、再び引き締まった顔をする。

「それで、だ。まずは君たちの質問に答えよう。……現状、切り裂き娼婦スラッシャーが女性であるというのはほぼ確定している。なぜかというと、……目撃証言があるからだ。」

「目撃証言……。」ルークはレオンの言葉を繰り返す。

「あぁ。このような事件では非常に珍しいことではあるが、犯人はパージウェストに出入りしているか、あるいは拠点にしている娼婦だそうだ。ドレスのような服装で、男をメインターゲットにしているらしい。……証言者たちはみな、あまり詳しいことを話したがらなかったそうだが、ハーディ曰く、……やましいことがあって言いづらいのでは……と。」レオンは軽く目を細めながら話しきる。


「またあのおっさんかよ。」ジークが再びぶっきらぼうな口調でつぶやいた。

 ルークは一度片割れを睨みつけ、自分の足で彼のふくらはぎを軽く蹴った。ジークがむっとしてやり返してくるのを足を引いて躱すと、「こほん」とレオンの咳払いの声が聞こえたのではっとした。

「す、すみません。」ルークが小さな声で謝ると、レオンは目を伏せながら軽く頷いて口角をあげる。

「すみませんでした。」ジークは首をかしげながらつま先を地面に打ち付けている。


「……いや、構わない。で、だ。ここ数日、放火魔ライターの件は落ち着いているが、スラッシャーの件は連日のように続いている。……そこで、放火魔ライターの件はアイン、切り裂き娼婦スラッシャーの件は、ルークとジーク、君たち二人に任せたい。」レオンはそう言い切ると、すっと視線をあげてルークとジークを強く見据えた。

 ルークはその眼差しに困惑していた。少し前に別件を対応したことがあるとはいえ、単独任務は初めてだった。ジークの方をちらりとうかがうも、ジークもまた怪訝そうな目で眉をしかめてレオンを見ていた。


「……君たちが困惑するのもよくわかる。が、これは正式な命令だ。心して任務にあたるように。……まぁ、お目付け役は、つけてやる。」二人の様子を見たレオンが告げる。

 ルークはまたハーネスベルトの下がキリリと痛むのを感じていたし、ジークはジークでまだ訝しげな顔をしていたが、それはそれとして二人同時に背筋をただし、二人同時に返事をした。

「了解。」その言葉を聞いて、レオンは少し安心したように頷いた。


―ポーン


「失礼します。人事セクション、リオナ・フェティスです。……その、修正の必要な書類をお持ちしました。」プレジデントルームのチャイムが鳴り、インターホンから聞こえてきたのは、可愛らしくも淑やかで落ち着いた女の声だった。

「入りなさい。」レオンが携帯端末を取り出して操作をすると、入口の重厚な扉がゆっくりと開いた。

「あ、あの、失礼します。会議中でしたらすみません。……人事セクション長アヴェラ・ロッセより、書類を持っていくように言われてお伺いしました。」礼儀正しくもたどたどしく、空気に溶けてしまいそうなほど柔らかい声でリオナ・フェティスは言った。


 おそらく緊張しているか、おびえているのだろうと感じてルークは彼女から視線を逸らす。他のセクション同士ではそこまでではないのだろうが、自分たち戦術セクションと関わるときには、今のリオナのようになるものが少なくなかった。

ルークは今のうちにと思ってハーネスに挟んだネクタイを直す。目を逸らす前に一瞬だけ見たリオナは、柔らかそうな黒のロングヘアに、スカートタイプのユニフォームを着用していた。ラインカラーは、人事セクションの紫だ。


「……と、いうことですので、その、お直しの方を……お願いしてもよろしいでしょうか。」リオナはゆっくりとした口調でレオンに告げる。

「ありがとう。……だ、そうだ、ジーク。……もう一度書き直すぞ。」リオナに礼を言った後、レオンが見たのはジークの方だった。

「え、俺かよ……。」ジークはうんざりしたようにつま先で地面を数回小突く。

「彼女が言うには、アヴェラ嬢がお怒りだそうだ。……ま、私から見ても、少し雑だと言わざるを得ないな。」レオンは軽く笑いながらジークに書類を手渡した。


「……うぇ、赤文字ばっかじゃねぇかよ。」受け取った書類を見てジークが苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「……いや、これはお前が悪いだろ。さすがにちょっと雑過ぎる。」ルークがジークの手元を覗くと、確かに所狭しと書き込まれた赤文字の訂正が見える。

「逆にどうしたらここまで訂正受けられるんだよ。」ルークは心底あり得ないという表情でジークの脇腹を軽く小突いた。


「……まぁ、調査に行く前に直していきなさい。少しだけなら見てあげよう。」そんな双子の様子を見て、レオンがやれやれといった体で助け舟を出す。

「……。」ジークがむっとした顔で押し黙る。

「あの、俺も手伝っていきます。」ルークはレオンをちらりと見た。

「あぁ、そうしてくれると助かる。……君たちには、二人一組で任務にあたってほしいからな。」レオンは静かに目を細めながらそう言った。


「……あぁ!あなたがルークさんですか!」それまで黙っていたリオナが急に大きな声を出した。

「……えっと、なんですか?」ルークはやや警戒の面持ちでリオナを見つめる。

「……アヴェラセクション長が、書類の出来がいいかはどっちのシュナイダーかによるけれどって言っていたのを聞いてたんです!ルークさんの時は丁寧だからまだ安心できるって……。ねぇ?」リオナはさっきまでおどおどしていたのが嘘のように快活に話した。


ルークから見ると頭一つ分くらい小さいリオナだが、何か無視できないような圧を感じて、ルークは思わずジークの方に身を寄せた。

「……書類のお直しは早ければ早いほどいいのですけど、……その、できればお昼までに提出しに来てくださいね?」そう言うとリオナは、空いた両手を胸の前で合わせた。

「あ、はい……。わかりました。」リオナには一切興味を示さないジークに代わって、なぜかルークが返事をする。

「それでは、失礼します。」しかしリオナは、それ以上は何も言わずに全員に向かって丁寧に頭を下げると、プレジデントルームから出て行った。


「……ふむ。さ、書き直すぞ。端末は持っているな?そこに座って作業しなさい。……アインはもう行きなさい。また何かあれば、連絡するように。」レオンはシュナイダーの二人とアインのそれぞれに指示を出す。

 ルークとジークはソファに座って書類の直しを始め、アインは頭を下げて出て行った。レオンがその様子を眺めつつ、自分も職務に戻ろうとすると、自分のコンピュータにメッセージの通知があることに気が付いた。送信元はアヴェラ・ロッセだ。



―A・Rosse:うちの新人、リオナはどう?


 たったそれだけの、何の説明もない文章に、レオンはアヴェラの真意を見抜こうと試みた。


―LC:とても落ち着いているな。新人だとは思えない。


―A・Rosse:あらそう。やっぱりそう思うわよね。


 しかしアヴェラとのやり取りはそれっきりで終わってしまい、それが一体どういう意味なのか、その日に明かされることはなかった。


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