新チーム発足
ルークとジークがプレジデントルームの扉をくぐると、室内には大きな窓から白い光が差し込んでいた。霧の多いLost Cityでは常にうっすらと曇って霧が出ているため、天気のいい日は珍しく、その明るい日差しにルークは思わず目を細めた。
特に今は年の暮れが近づいている関係で、日中でもどんよりとした重たい雲が垂れ込めている。昼間はまだマシではあるのだが、夜になるとさらに空気が冷え込み、雪がちらつくこともよくあった。
プレジデントルームは暖房によってちょうどいい暖かさに保たれていたが、それでも一歩外に出ると、コートなしでは歩けない寒さに襲われるだろうことを、ルークは想像して身震いした。
「レオン、メンバーが揃った。」ルークとは違って、アインは怖気付く様子もなくスタスタと部屋を横切ってレオンに声をかける。
レオンとアインはそれなりに長く業務を共にしているからか、見ていると他のどの局員同士よりも距離が近く感じられることがよくあった。レオンの方が年上ではあるのだが、実際のところはどうなのだろう、とルークは少し考えた。
局長兼戦術セクションのリーダーであるうえ、よく気にかけてくれるレオンに対して、ルークは少なからず親しみや憧れの情なんかを感じてはいた。しかしだからといってアインのように気軽に接することはできそうにないな、とルークは思った。
アインがレオンの方に近づくと、レオンはじっと見つめていたホログラムスクリーンから目を離し、わずかに頷きながら、何事かをアインの口から聞いていた。二人は何かを話しているが、双子の位置からは聞き取れなかった。
ルークは、自分のEVC-Empathic Field(感応視)を使えば聞き取ることも可能だと知っていたが、流石にそこまでする気にはならなかった。アインの階級自体は双子と同じ一本線、つまりメンバー階級ではあるのだが、実のところその階級が想定する以上に聞かれたくない話がアインにはあるのだろう、とルークはなんとなく察していた。
ルークとジークは待機姿勢のまま二人の話が終わるのを待っていた。ルーク自身は言うまでもないのだが、いくら素行が悪いジークであっても、こういう時の分別ぐらいはあるものだ、とルーク自身は知っている。
「……待たせてすまなかった。さぁ、始めようか。」いつの間にか話を終えていた二人が、双子の前に立っていた。
「……あ、いえ。平気です。問題はありません。」金髪碧眼の上司の顔を伺いながらルークは答えた。
「はい、問題ありません。」淡々としたジークの返答に、ルークは一瞬ヒヤリとしたが、片割れの顔には目を向けないままアインの方をチラリと見た。
「レオン、本題を。」しかしアインは双子の方を軽く一瞥しただけで、レオンに先を促した。
「あぁ……。ふむ、まず確認しなければならないのは、君たち三人をここに呼んだ理由についてだが……。」レオンは深く息を吐き出しながら話を続けた。
「ここ数週間で目に見えて事件の発生件数が増加した。……よってその未解決事件の対応のため、特別チームを組むことにした。」そう言い切ると、レオンは少し長めに息を吐き、一瞬だけ目を伏せた後、ルークを含めた三人の方をじっと見つめる。
「……で、だ。今ここにいるメンバーが初期の人選であり、今後の方針の確認のためお前たちをこの場に招集した。ふむ、……ここまでで、何か質問は?」レオンは険しい眼差しでアインとシュナイダー兄弟を交互に見た。
「……いえ、ありません。俺はこれまで通りに努めます。」アインが答えるとレオンは軽く頷いた。
ルークは少しだけ迷っていた。上司の命令である以上、迷う理由などあってないようなものなのだが、まだ経歴の浅い自分たちに何を期待されているのか、いまいち掴みあぐねていたのだ。
「……ルーク、何かあるなら言いなさい。」顔に出ていたのか、見かねたようにレオンが促すと、ルークは思わず唾を飲み込んだ。
「いえ、その……。何でもありません。……ただ、自分たちでいいのかなって。……あ、いや仕事はします。本当に、少し……気になっただけです。」ルークは「不安」と言いかけた言葉をすんでのところで飲み込んだものの、ほとんど素直に告白した。
「俺は何も。」隣のジークが間髪入れずに返答する。
ルークは、その良くも悪くもキッパリとしているジークのことを羨ましげに横目に見た後、レオンの方へと視線を向けた。金髪碧眼の上司レオンは目を細め、眉間にシワを寄せつつも、特に怒る様子もなくルークを見つめる。
「ふむ……、その点に関しては特に心配する必要はない、と言っておこう。私が必要だと判断したからであり、その判断を疑うつもりも全くない。さらにこのチームは私の直轄管理下に置かれている。もし何か、他の局員から異論が持ち込まれるようであれば、その都度私が対処する。以上、……それでいいか、ルーク・シュナイダー。」レオンは厳かな声音でルークに告げた。
「……はい、承知いたしました。」ルークはレオンの纏う空気に気圧されつつも、今はそう言う他にないのだと受け入れた。
「よろしい。では本題に入ろう。まずこちらで追っている2つの連続事件についてだ。1つは放火魔ライター・連続放火事件、もう1つは、切り裂き娼婦スラッシャー・連続殺人事件。……事件の命名は情報セクション長ハーディ・グラントだ。」レオンはタブレット型端末を手に持ち、事件のレポートを読み上げながら苦笑する。
「……あぁ、あのおっさんか。」ジークがルークの隣でぼそっと呟く。
「アイン、放火魔ライターについて改めて報告を。」レオンがアインに対して報告を促す。
「はい。……エミリア・バートンの住居が放火された後、俺と協力者の二人で出現予測ポイントに待機していました。……レポート記載のとおり11月24日の深夜から25日未明にかけてです。科学セクションのジーナ・ノルディの予想通りに放火魔ライターが現れました。」アインがレポートを読み上げるかのように報告を始めた。
「協力者と二人で深傷を負わせることには成功しましたが……、謎の第三者の介入により、放火魔ライターを取り逃しました。……申し訳ありません。」澱みない口調のように聞こえていたが、ルークにはその声音が少し硬いように聞こえて胸がキュッとした。
「相手は火炎瓶をベースとした投擲物を使用しており、住宅街での戦闘だったことから被害の縮小と流れ弾の危険性を考慮し、戦闘が長引いたのが原因です……。それから謎の第三者に関しては、放火魔ライターの協力者である可能性も視野に入れ、情報セクションに情報収集を依頼しています。」それでも最後には調子を取り戻したかのように、アインは淡々と報告を続けた。
「さらに、現場に残っていた弾丸については、科学セクションのジーナ・ノルディを通して解析を依頼しました。レポートはすでに展開済みです。簡単に結果を要約しますと……。」アインの言葉がわずかに詰まり、一瞬だけ沈黙が支配する。
「型落ちの、護身用ハンドガンだそうです。回避はしましたが、頭近くの瓦を撃たれた。目的が戦闘の妨害であったと仮定できます。……射手は相当、腕がいい……。」最後の言葉は、聞こえるか聞こえないかぐらいの声だった。
悪魔のように厳しい教官だが、百発百中と名高いスナイパーだ。そのアインにすら、上手くいかないことはあるのだと、ルークは少しばかりいたたまれない気持ちになった。しかしながら、アインの不意をついたその第三者は、傍目から見ても薄気味が悪く、アインからすればもっと後味が悪いだろうと、ルークは思った。
「あぁ、ありがとう。そこは君の提出したレポート通りだな。……あれから数日経ったが、情報セクションからの進捗は?」黙って報告を聞いていたレオンが口を開く。
「……いえ、まだありません。ただ……。」
「ただ?」
「ただ、かろうじて残っていたソルティノース第3番地の監視カメラの映像記録を解析した結果、犯人はLOSタグ適用者ではないということが、ほとんど確定したようです。……これはITセクションからの報告ですが、情報セクションの方にもその旨を伝え、その線で収集してもらうように依頼しています。」アインは追加の情報を提示した。
「やはりそうか……。いや、その線は前から検討していたんだが……、確定しただけでもありがたい。」レオンが困ったように口角を上げる。
「その……、つまり、データベースでは管理・把握されていない犯罪者……ということに、なりますか?」ルークが恐る恐る、小さく手を上げながら確認を挟むとレオンが答えた。
「そうなるな。……まぁ、この街では想定されていなかったことだが、外部流入か新規発生かのどちらかだろう。IDデータの調査はどうだ?」
「はい。そちらもITセクションと人事セクションに依頼しました。画像データのみによる調査であるため、少し時間がかかるだろうとのことですが、引き続きの調査を頼みました。」アインの回答から推測するに、放火魔ライターの市民用ID登録データを探しているのだろう、とルークは思った。
アインはいつも一手先を行くような言動をする。そのおかげか、レオンが指示を出すタイミングではただの報告会になることも少なくはなかった。本来であれば上長の指示を待たずに動くことはできないはずだが、レオン直下であり実質上の局長補佐でもあるアインに限ってはそのあたりの規則が緩いらしい、とルークは知った。そしてふとした時に、他の班のリーダーが職権濫用だとぼやいているのを、ルークはたまたま耳にしたことがあったのだ。




