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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第2章:Cut the Skin, Cut the Bones

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暴れ馬のシュナイダー?

 月影ビル19F、戦術セクションフロアにある2人部屋の一室にて、ルーク・シュナイダーは戦術セクションのユニフォームに着替えていた。スーツタイプの上下に、セクションカラーである青いラインが入っている。ベッドサイドの姿見鏡を見ながら、ついでに自分の亜麻色の髪を撫で付ける。

 鏡越しに、双子の兄ジークが見えた。すでに一通りの準備を終えて、今は武器のコンバットナイフ―Swing-Disasterの手入れをしているようだった。

 昨夜のうちに、二人とも支給品の銃―SHM9(Shade-M9)を含めた武器や装備の手入れは終えてある。しかし今現在進行中の作戦と、この街の状況を考えてみれば、空いている時間に都度確認しておきたくなるものだ。


「はぁ……。」ルークは思わずため息をついた。

 まだこめかみがズキズキ痛む。近頃、教官でもあるアイン・ザードの訓練の激化に加え、連日にわたる調査や対応のせいで、目の下のクマがより一層濃くなっているような気がしてならない。

「ルーク、そろそろ行けそうか?」ジークが背後から声をかけてくる。

「あぁ……。時間だよな。すぐ行こう。」鏡越しに時計を見ると、時刻はもう朝礼時間の20分前になっていた。

 また遅刻してしまう。それは良くないとルーク自身も分かっていた。その上今日はいつもの全体朝礼ではなく、プレジデントルームでの特別朝礼に呼び出されている。


「ふぅ……、胃が痛い。」ルークは眉間に皺を寄せつつ、ユニフォームのネクタイをさらにキツく締め上げた。

「……お前それ、苦しくないの?」ジークが後ろから肩に体重をかけてくる。

「え?あぁ……。ちゃんとしてないと不安なんだよ……。」ルークはシャツの袖口やジャケットの襟などを一通り確かめながらジークに言った。

「ふーん?……よくわかんねぇな。」ルークが屈むと、ジークはパッと肘を浮かせ、そのまま頭の後ろに手を置いた。

 そうだろうな、とルークは思った。ジークはいつも、ただ着ただけのユニフォーム姿で出勤しており、シャツも第2ボタンまで開けていればネクタイも適当という有様だった。


「OK。行こう。」そう言ってルークは、最後にもう一度ネクタイの縛りを確認すると、胸下を固定するハーネスベルトに押し込んだ。

「あぁ。」理解はできていないのだろうが、ジークはなんだかんだいつもルークの支度を待っている。

「お前が安心できるってんならそれでいいさ。」ジークは独り言のように呟くと、ベッドの上に置いていた武器をホルダーに挿して固定した。

「じゃ、もう行くぞ。」そう言うと、ジークは先に廊下の方へと出て行った。

「あぁ。」ルークもサイドテーブルに置いていた銃とホルスターを腰に固定し、ジークの後を追いかけた。


 2人が廊下を歩いていると、時折ひりつくような視線を感じて嫌になる。いや、その理由の大半は自業自得だと理解してはいるものの、注目されることが苦手なルークにとってはなかなか息が詰まるような毎日だった。

「お、暴れ馬がいるぞ。……あいつらいつも遅刻してお咎めなしなの、羨ましいよなぁ。」柱の影で噂話をする声がルークの耳に入ってくる。

「はぁ?タグ付きザード教官に死ぬほど扱かれてるのがか?お前、この間めっちゃ泣きそうになってたじゃねぇか。」

「なっ……そこは別にいいじゃねぇか!……別に、ザード教官が苦手なのはみんな一緒だろ?」最初はルークとジークについての噂をしていたはずなのだが、そのまま彼らはアインへの鬱憤を話し始めた。


 ルークたちのようなまだ2年目の若手には知らないことが山ほどあるが、そのうちの一つが「タグ付き」の管理システムだった。この街の犯罪者管理システムのメイン基盤であるGPS内蔵タグ―LOS(Location-Oriented-Signal)。EVCの管理と等しく、LOSの追跡と監視もまた、月影の主要業務の一つだった。

「……ま、なんにせよ。厄介ごとは全部あいつらが持ってってくれたら嬉しいんだがなっ。」吐き捨てるように1人が言うと、周りにいた何人かが同調しながら笑い声を上げた。

「おいルーク、気にすんなよ。」半歩前を大股で歩いていたジークが、顔だけこっちを振り返って言う。

「あ、……あぁ……。別に、気にしてなんかいないさ。」ルークは声を喉に詰まらせながら返答した。


 実際のところ、廊下を小走りで駆け抜けている中では、ヒソヒソ話など些細なノイズに過ぎないのだが、EVCホルダーであるルークに至ってはそういうわけにもいかなかった。聞き耳を立てているわけではないのに、いつも鋭敏に内容を拾っては後悔している。

「そういうお前は大丈夫なのかよ。」軽く唾を飲み込みながらジークに尋ねる。

「はっ、他人のことなんかどうでもいいね。」ジークはポケットに突っ込んでいた手を頭の後ろに回し、ニヤリと口の端を持ち上げて返答した。

「はぁ、そう言うと思った……。」あまりにも想像通りの返答に、ルークもまたいつも通りため息をつく。


 いいか悪いかはさておくとして、ジークはすこぶる他人に興味がない。常に周りの言動を細かく拾って追いかけてしまうルークとしては、片割れのそんな態度がほんの少しだけ羨ましくもある。

「……まぁ、お前が気になるってんなら1発ぐらい殴ってやっても良かったけどな。」ジークが前を向いたまま、ケラケラと笑ってルークに言った。

 実際ほんの少し前までは、ルークが先輩たちに絡まれそうになると問答無用で殴りかかっていたジークではある。ただ、その度に書かされていた始末書や、アインから言い渡される罰則トレーニングのことを思うと、胃酸が迫り上がって来るようで気分が悪い。

「……はぁ、……やめてくれ。」ルークはヒリヒリと痛む胃のあたりを手でさすりながら、ジークに向かって呟いた。


 そうは言っても最近のジークは、アインとの訓練で多少懲りたのか、噂話程度で掴みかかるようなことは、めっきりしなくなっていた。

「……うっ。」ようやく辿り着いたプレジデントルームの前で、ルークは思わず腹部に手を当てた。

「……そんなに緊張するか?」ジークはルークの隣に立ち、やや呆れたような顔でルークを見ている。

「インターホン、押してやろうか?」ジークはルークの返答を待たずにインターホンに手を伸ばす。

「ま、待って……。心の準備が……。」ルークが思わずジークの腕を掴むと、ジークはそのまま手を止めた。


 実際にはルークが言葉を発する前には腕を止めていたような気がする。いつもそうだ。まるでルークが何を言うか、何をするのか分かっているみたいに、ジークの言動が僅かに早い。

「遅刻するのと、どっちがいいんだ?」懇願するように見つめるルークに対して、ジークは軽く眉を持ち上げながら尋ねる。

「……どっちも嫌。」

「わがままなやつ。」ジークの返答に対して、くっくっと笑うように喉を鳴らした後で、ジークは腕を引っ込めた。


「本当にもう遅れるぞ?」

「分かってる……。分かってるけどもうちょい待って。」

「ダメだ、早く行こう。」駄々をこねるようにジークを引き止めるルークに対して、ジークはその腕を掴みながら強引に連れて行こうと引っ張った。

「あ、待っ……。」

「お前たち、何をしている。」ルークが再度引き留めようと声を発すると、すぐ後ろから双子にとって聴き慣れた声が聞こえてきた。


「あ、アインさん……。おはようございます……。」ルークは声の主に対して、絞り出すような声で挨拶をした。

「おっはようございまーす……。」ジークはもっと適当だった。

 アイン・ザードはいつものようにゴーグルで目を隠し、スーツタイプではなく戦闘仕様のユニフォームを着ている。よく見るとほんの少し煤のようなものが付着しているため、任務の後だろうか、とルークは思った。


 いつもであれば、アインは自分たちよりも早くプレジデントルームに来ているか、そもそもずっといたかのどちらかのはずである。今日は自分たちと同じくらいなんだな、とルークは少し意外に思った。

「……おはよう。さっさと入るぞ。」アイン・ザードは淡々とした口調で返すと、じっと彼を見つめている双子の間を掻い潜り、サッサと扉を開けてしまった。

「何をしている……、早く来い。」ややぶっきらぼうにもとれるアインの声に促され、双子は渋々部屋へと入った。


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