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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第1章:Set Fire to the City

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Living In The Lost City

 朝目が覚めると、まだ埃っぽい室内にうっすらと日差しが差し込んでいるのに気が付いた。エミリア・バートンは少し硬いベッドの上で身じろぎしつつ、薄い掛布を体に巻いて冬の寒さに耐えている。


 昨夜、ここソルティノース第3番地で、小さくはない規模の戦闘が行われていたことをエミリアは思い出した。微睡みながら携帯端末を手に取りネットニュースを眺めてみると、すでにその話題で持ちきりになっていた。現場は、エミリアが居候しているアイン・ザードの家の、目と鼻の先だった。昨夜は夜通し何か破裂音のようなものが響いていたのを、エミリア自身も聞いていた。


 その音はつんざくほどではなかったものの、人々が寝静まった夜の住宅街では些細な音もよく響く。この街に来てから初めての住居が燃えたときにもそうだったため、エミリアはよく知っていた。疲れから早めにベッドに横になっていたエミリアだったが、外から聞こえてくる音で目が覚めてしまい、そのままダイニングでホットココアを飲んでいた。


「あ、エミリアさん。エミリアさんも起きちゃったんだね。」ちょうど2階から降りてきたエレが、枕を抱え、眠そうに目をこすりながらそう言った。

「……まぁ、この音じゃあねぇ……。起きない方が心配になっちゃうよ。」エレのすぐ後に降りてきたディウが、寝る前に解いた長い髪を後ろでまとめながら言った。

「……まだ少し遠いみたいだけど、動かない方がいいですよ。」青髪の少年レイも顔を出し、抑揚の乏しい声でエミリアに言った。

 レイは3人の子供たちの中では最も口数が少なく、エミリアに対して何かを話すのはこれが初めてだった。とはいえ、エミリア以外の前でも積極的に話しているところは見たことがないため、やはり無口な性格なのだろうとエミリアは思った。


「やっぱり、そうですよね……。」エミリアは座っていた椅子から立つと、3人のココアも用意しようと、食器棚から人数分のカップを出した。

「あの、これはいつものことなんですか?みなさんとっても、慣れてるみたいなので……。」カップにココアパウダーを入れ、お湯を注ぎながらエミリアが尋ねる。

 ココアをかき混ぜたカップを1人ずつに手渡している最中も、家の外では何かの爆ぜるような音が鳴っていた。

「まぁ、いつもってわけじゃないけど……、別に珍しくもないっていうか。」ディウはエミリアから受け取ったココアを飲みながら、ほんの少し苦笑いして言った。

「割と日常的だよねー。」あっけらかんとしたエレの一言に、エミリアは言い知れない感情を胸に抱いた。


 しばらくは4人とも無言でココアを飲んでいた。エレは枕を抱えたまま携帯端末をいじり始め、ディウもまた黄色みがかった茶髪の先端をいじりながら端末を触っている。レイは少し眠たそうに目を細めながらココアの波紋をじっと見つめていた。エミリアはそんな彼らを横目に見ながら、くるくるとココアのカップをかき混ぜている。そうして数時間待っていると、唐突にふっと音が止まったようだった。


「……!」エミリアは思わず立ち上がって、外を確認するために窓に近づき、カーテンを少しめくって覗き込んだ。

 入口近く、キッチンの小窓から通りを確認すると、角度と暗さであまりよくは見えないものの、街灯ではない光のチラつきが確認できた。気がつくと、レイ、エレ、ディウの3人も、エミリアの近くに寄ってきている。

「……終わったっぽい?」ディウがレイに投げかける。

「どうだろう……。でも音はしないし、大丈夫なんじゃないかな。まぁ、あれ多分残り火でしょ……。あ、前の家のヴィクターさんが外に出てきた……。隣のポーラさんも。じゃあまぁ……、大丈夫かな……。」レイが掠れた低い声でぶつぶつと答えた。


「……あ、それなら私、外見てきます!」エミリアは窓から離れてコートを取るために2階へ行こうと足を向けた。

「あ、えっと、大丈夫かな?」ディウがエミリアの顔を窺いながら笑いかける。

「レイも大丈夫そうって言ってるし、お隣さんも大丈夫そうだし、大丈夫でしょ。エミリアさん、大人だし!」エレは乱れた赤い長髪を指で梳かしながらディウに返答する。

「はい。問題ない……、とは言い切れませんが、状況の把握はしときたいですし、ちょっとだけ様子を見てきますね?大丈夫、慎重に行動しますし、危なくなる前にすぐ戻ってきますから。」エミリアが頷きながら微笑むと、興味がなさそうなレイを抜かして、エレとディウは「行ってらっしゃい」とエミリアに声をかけた。


 外の様子は散々だった。コートを着て外に出たものの、港湾街という立地のせいか、エミリアは底冷えする寒さに襲われていた。音の中心だったと思われる場所では、地面が火に包まれて燃えていた。

 エミリアは、自分を燃やしかけた炎の熱を思い出し、少しばかり身震いをした。あれからまだ1日程度しか経っていないのが恐ろしいと思いつつ、エミリアは現場の様子を把握しようと、付近に立っていた住民の一人に声をかけた。


「すみません、最近越してきたエミリア・バートンという者ですが、今どういう状況なんでしょう?」エミリアが声をかけたのは、近くで見ていた中年の女性だった。

「……あらぁ、あなたこの前の……。やだわぁ、ほんとにごめんなさいねぇ〜?まったくあたしったら……。」中年の女性は、上から下までエミリアを眺め回したあと、何かを思い出したかのように困り顔をした。

「あたしはポーラよ。ポーラおばさんとでもお呼びなさいな。この辺りのことならなんでも知ってるんだから〜。」ポーラおばさんは煤けたエプロンをはたきながらエミリアに自己紹介をした。

「あ、エミリアです。あの、今の状況って……?」エミリアがおずおずと問い直すとポーラおばさんはまた深くため息をついてほおに手を当てた。


「それがねぇ、今ちょこっと燃えてるそこの家に住んでたアーロっておじさんがいるんだけどね?夜寝てたら急にバンバンやり始めたって言ってんのよ。」嬉々として話し始めるポーラおばさんの話に相槌を打ちながら、エミリアは遠くの方から近づいてくるサイレンの音を聞いていた。

「アーロさんは気が弱い人だから、あんまり外を見ようとは思わなかったみたいなんだけど、たぶん何人かでやりあってたんじゃないかって……。もう、やんなっちゃうわよねぇ〜。」ポーラおばさんはやれやれといった素振りをしながらも、世間話でもするかのように話し続けている。


 少しすると消防車両が到着した。ひと足先に、誰かが連絡していたらしいと知って、エミリアは少しほっとした。話を聞きながらそれとなく辺りを見回すと、表の喧騒に安堵したのか、チラホラと人が増えている。これがいくら日常といってもやはり不安ではあるのだと、エミリアは人々を見ながら考えた。

「ほらでもあんたんとこはもう少し向こうでしょ?なんだっけ、あの若い子達が住んでるとこの……。あらやだ、そんな顔しないで?誰がどこに住んでるかなんてみ〜んな知ってんのよ?」ふとした拍子に怪訝そうな顔をするエミリアに対し、ポーラおばさんは誤魔化すかのように手を振った。


「あぁ、あのタッパのでけぇにいちゃんが住んでるとこだろぉ?あの無愛想なにぃちゃんにもツレができたかって、このあたりじゃすっかりウワサでヨォ。」急にどこからともなく髪の少ない中年男性が、瓶の中身を煽りながら割り込んでくる。

 彼は、自分の腹をさすりながら、赤くなった顔で話をしていた。ほのかにアルコールの匂いが漂ってくるため、それは炎のせいではなく、単に酒でも入っているのだろうとエミリアは推測した。


「ヴィクター?それをいうのはヤボってもんよ〜?そういうことは若い子同士で、あたしらは見守っとくのがスジってもんでしょう〜。」ポーラおばさんは酒の匂いに顔を顰めながら、臭いをかき消すように手を振った。

「つったってよぉ……。お、ウワサをすれば……。向こうに行ったのにぃちゃんじゃねぇか?ん?」その言葉を聞くか聞かないかというところで、エミリアはヴィクターと呼ばれた中年男性の指さす方へと走って行った。

「あらまぁ、若いねぇ〜。」ポーラおばさんの呟きが、風に乗って僅かに耳に届くのも、エミリアは大して気にしなかった。


 燃えている通りから家々を回って裏手に入ると、遠くに自前らしいバイクのそばで荷物をまとめているアインの姿が見えた。

「アインさん!大丈夫ですか⁉︎」少し遠いかとも思ったが、ややふらついているように見えるアインの姿を見て、エミリアは居てもたってもいられなかった。

「……。」エミリアはアインが何かを口にしたような気がしたが、少しだけ騒がしくなった住宅街の様子にかき消されて、その内容までは聞き取れない。


「……アインさん、大丈夫ですか?その、お怪我とか……あっ!もしかして仕事中だったんでしょうか!」エミリアは膝に手をつき、乱れた呼吸を整えながらアインを見上げた。

「……いえ、今し方全て完了しました。これから少し家に寄ろうかと、思っていたんですが……。」先ほどまでふらついているように見えたのが見間違いだったのではと思うぐらい、しっかりした姿勢で立っているアインに対し、エミリアは静かにその胸を撫で下ろす。


「そうなんですね。……それじゃあ、今から一緒に帰りませんか?」エミリアは、風にはためくコートの裾を押さえつけながら、アインに向かって提案をした。

「……一緒に、ですか?」アインは少し困惑しているように見えた。

「はい。……ほら、私もみんなを待たせてますし。エレさんたちも、起きてる間にアインさんに会えたらホッとしますよ?」エミリアはアインに手を差し出した

「……。」アインはどこか考え込むかのように口を閉ざしており、なおかつそのゴーグルの向こうの瞳は窺い知れないと、エミリアは思った。

「はい、分かりました。」

「良かった〜!」アインのぎこちない返答を聞いて、エミリアは嬉しそうに微笑んだ。

「あの、荷物少し持ちますよ?」差し出した手を持て余したままエミリアが言った。

「……いえ、重たいので、大丈夫です。……ありがとうございます。」アインはふっと顔を逸らし、バイクを押して歩き始めると、エミリアに聞こえるか聞こえないかぐらいの掠れた声で呟いた。


 アインの歩幅は大きいはずだが、エミリアを意識してなのか歩調は大して速くはない。エミリアは少し小走りでアインのもとへと追いつくと、その隣で少し間隔をあけて歩き始めた。海から吹く風が少しだけ強く感じられるこの季節に、アインの服装が少しだけ心許なく見えたエミリアは、帰ったらアインにもココアを入れようなどと考えていた。

「ただいま帰りました!」レイ、エレ、ディウの3人が待っている家の扉を開けると、「おかえり」とそれぞれの調子で返答があった。


 それはまだこの街に来てわずか3日目の日常であり、いままさに4日目の夜明けを迎えたところだった。なんとなくぎこちないまま始まったこの日常の中で、自分は何ができるのだろうと、エミリアは静かに考えていた。

 同居人であるアインは、また今日も朝から仕事に行くと言っていた。後始末があるのだと。もしかしたらもう、いないかもしれないとエミリアは思いつつ、静かにベッドから体を起こす。


―あなたも気をつけなさいよ、自分の身を守れるのは自分だけ。少なくとも、この街ではね。


 昨日ジーナが、帰り際に言っていた言葉を思い出した。そうかもしれない、とエミリアは思う。いまだ現実に翻弄されてばかりのエミリアだったが、少なくともこの街でのこれからにおいては、心してかからなければと自覚した。エミリアはふぅと一息ついて、新しく一日を始めるために思い切ってカーテンを開けた。


このエピソードをもちまして、第1章は終了となります。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


次回エピソードからは、第1章のサブストーリーを6話連続で公開予定です。

その後、第2章へと進んでいきます。


引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。

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