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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第1章:Set Fire to the City

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アイン・ザードの家にて

 エミリア・バートンは、アイン・ザード、ジーナ・ノルディとともに、表の現場からアインの家へと移動した。昼を過ぎて、少し雲が出てきたからなのか、海の方からほんの少し肌寒い風が吹いてくる。

 結局エミリアの荷物はアインが持って運んでくれた。エミリアは大丈夫だと言ったのだが、アインが一言「危ないですよ。」と言ったので、エミリアは彼に従った。エミリアとしては、怪我のある彼に無理をさせたくはないのだが、彼は彼なりに思うところがあるらしかった。

 アイン・ザードがエレたち三人と暮らしている家は、灰になったエミリアの家の倍くらいの大きさがあるようだ。しかしこれは、ソルティノースで家族が暮らすには一般的なサイズの家らしく、同じような外観のレンガ造りの家が、所狭しと並んでいる中の一棟だった。


「……シンプルで、いいお家ね。」真っ先に入口をくぐるなり、室内を見渡しながらジーナ・ノルディがそう言った。

「男の子たちもいるのに、ちゃんと片付いていてすごいですよね!」エミリアはアインから受け取った荷物を、一旦邪魔にならない場所へと積み上げながら相槌を打つ。

 アインの家は、悪くいうなら殺風景とでもいうべき物の少なさだった。ダイニングには大きめのテーブルと複数の椅子があり、キッチンの近くには食器棚もあるのだが、飾りらしい飾りのほとんどないシンプルな家具がほとんどだ。


「そうよねぇ。妹ちゃんたちってまだ未成年じゃなかったかしら……。そこかしこに服を脱ぎ散らかしてても不思議じゃないのに、そういうのが一個も見当たらないわ。」ジーナは一番近くにあった適当な椅子に、足を組んで腰掛ける。

「……。」エミリアは、紙袋からスミレの店で買ったティーバッグの箱を出しながら微笑んだ。

 本当は今朝みんなで片付けたのだが、それについては言わないでおこうとエミリアは思った。エミリアがアインの顔をチラリと見ると、彼は顎に手を当てて、何やら思案しているようにも見える。一週間くらい家に帰っていないとエレたちからは聞いていたものの、気づくところはあるかもしれないとエミリアは考えた。


「……えっと、お茶を用意しますね!」突如訪れた沈黙に耐えきれなくなって、エミリアは胸の前でファイティングポーズをしながら言った。

「あら、悪いわね。」ジーナは悪びれるでもなく待っている。

「……場所分かるんですか?」流石にアインはエミリアに尋ねた。

「はい!……昨夜もみんなでココアを入れたので。一通りどこに何があるかは聞いていますよ?……あ、あと、それぞれのお気に入りの食器とかも把握してますし!……ひとまず今は余ってるカップを使いましょうか。」エミリアはコンロでお湯を沸かしながら、手際よく準備を進めていく。

「……なるほど。」アインは僅かに首を傾げながら呟いた。


 コンロでお湯を沸かした後、用意した三つのカップにティーバッグを入れ、お湯を注ぐ。控えめながらも、ハーブのような爽やかな香りがふわっと立ち上がるのを、エミリアは楽しんでいた。

「はい、どうぞ。」エミリアはそれぞれの前にカップを運んだ。

「……いい香りね。ありがとう。」ジーナはカップを受け取って早速口をつける。

「アインさんもどうぞ?」エミリアは、まだ壁に寄りかかって立っていたアインに向かって声をかけた。

「……俺は……。」アインは組んでいた腕を解いたものの、黙ってカップを見つめているだけで手をつけない。

「……お外寒くなかったですか?それに、座った方がお話ししやすいんじゃないかと思いまして。」アインさんの家ですよ?と、エミリアは自分の椅子に座りながらアインに言った。

「ほらアイン、私たちも暇じゃないんだし、さっさと本題に入るわよ。」ジーナがちょいちょいと手招きをして、ようやくアインも椅子に座った。


「……さてと、お茶もいただいたことだし、お話を聞かせてもらおうかしら。」ジーナは再びタブレット型端末を取り出しながら切り出した。

「エミリアさんって、つい最近来たばっかよね?……あら、人事セクションからの資料によると、ほんの2日前じゃない。大変ね。」質問というよりは事実確認のような口調でジーナは言う。

「そうですね……。まだそのぐらいしか経っていないなんて、信じられないです。」エミリアも紅茶に口をつけながら答える。

「そうよね。そうだと思うわ……。あなた、局長からは官舎に泊まるように言われたんじゃない?どうして出ちゃったの?」ジーナが肘をつきながらエミリアを見つめる。


「……私、教師なので。」ジーナの圧にたじろぎつつも、自分がここに来た理由を思い返しながら、エミリアは答えた。

「へぇ……?」ジーナは、どういう意味?と言いたげな仕草で首を傾げる。

「私、まだ何にもできてないですけど、教師として働くためにこの街に来たんです。閉じこもってばかりでは、いられません。」エミリアの目は真剣そのものだったが、それが回答になっているかは分からなかった。

「……そう。ありがとう、大体分かったわ。……あなたがどんな人なのか。」ジーナはふっと笑いながら紅茶を飲む。

「……はい?あの、事情聴取は……?」エミリアはジーナの目的が事情聴取ではないらしかったことに気づいて、少し混乱していた。


「あぁ、そんなの私がやるわけないじゃない。……まぁ、現場からおおよそのことは掴めたし、アインから大体のことは聞いてるわ。……必要なのは、確認程度よ。」ジーナはさっきまでとは打って変わって、淡々とした口調で返答する。

「あぁ……そうなんですか。」エミリアは乾いた口を紅茶で潤しつつ、横目でアインをチラリと見たが、彼は気まずそうに視線を逸らした。

「まぁでもなんというか、昨夜何をしてたかだけ聞いておきたいわ。何か、見たり聞いたりしなかった?」ジーナはさらりと質問を重ねた。


「……。あ、そういえば。」思い出したようにエミリアが話し始めると、ジーナもアインも注目するように顔を向ける。

「物音を、聞きました。」昨夜はとても静かな夜だったので、些細な物音も大きく聞こえたことをエミリアは話した。

「それで、どんな?」ジーナが詳細を促す。

「ガサガサ動き回るような音や、チッと何かが擦れるような音、それからパン!と何かが破裂するような音……でした。」エミリアは答えた。

「……なるほど。犯人の姿は、見ていないわね?」

「はい。」

「……ならいいわ。」エミリアの回答に、何かを考え込んでいる様子のジーナだったが、ため息をついてタブレット型端末の電源を落とした。


「……アインくん、タバコ吸っていい?」ジーナは足を組み直し、体を反りながらアインに尋ねた。

「……ダメです。」アインはさらりと断った。

「なんでよ。」唇を尖らせて抗議するジーナに対し、アインはなおも頑なに言った。

「外で吸ってください。」

「……ちぇ。」ジーナは流石に諦めたようだ。

「まぁ、いいわ。ちょっと頭が疲れてきちゃっただけだもの。……あ、そうだわ。一つ言っておかなくちゃね。」ジーナは紅茶を飲みきってから言った。

「今回あなたの家を燃やした犯人だけど、最近セントラルスクエアを騒がせている連続放火事件の犯人と、同一犯かもしれないわ。」ジーナの声が少しだけ低くなる。

「……え?」エミリアは、街の人たちの噂話や、ランチの時にヨナスが言っていたことを思い出していた。


「放火……ですか。」

「そうよ。……まぁ、セントラルスクエアからソルティノースに標的を変えたのか、はたまた一時的な気まぐれなのかまでは、まだ分からないんだけどね。」ジーナは頬杖をつきながらそう言った。

「……。」エミリアは、どう解釈していいのか分からなくて、しばらく言葉に詰まってしまう。

「最近この街も物騒なのよ。まぁ、それについてはいつものことだけど。この街で渡り歩いていくつもりなら、身の守り方くらいは覚えないとね。」ジーナは新人に言い聞かせるかのようにそう言った。

「そうですよね。」それはここに来てから散々言われていることだと、エミリア自身にも自覚があった。

「とはいえ、いますぐ慣れるってのは難しいだろうし、当分はこいつの家で世話んなっといたらいいわよ。」ジーナはアインを指差しながらそう言った。


「……それは、流石に。」迷惑じゃないかと思い、エミリアはアインに目配せをする。

「構いません。むしろ、いたほうがいいと思います。……当分は。」アインはすんなりそう言ったので、エミリアは少し驚いた。

「ご迷惑では?」エミリアは念の為に再度アインの意思を確認する。

「……いいえ。妹たちとも馴染んでいるみたいですし、それに、リンドウからも連絡が来ましたので、構いません。俺はほとんどいませんが……。」アインはエミリアの方を見ずにそう言うと、すでに冷めているであろう紅茶のカップにようやく一口、口をつけたところだった。


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