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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第1章:Set Fire to the City

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火災現場の跡地にて

「“放火魔ライター連続放火事件”……ね。誰がつけたんだろうねぇ、こんな名前。」ジーナ・ノルディが手に持った端末でレポートを読み上げながらアインに尋ねる。

「情報セクション長ハーディ・グラントです。」アイン・ザードがジーナに淡々と告げた。

「……知ってるわよ。あのゴシップ記者、そっちの方が呼びやすいし、雰囲気あるだろ?って……。会議中に押し通したらしいしね。」

「知っています。見ていました。」ジーナのやや皮肉交じりのキレたような口調に対して、間髪入れずにアインが答えた。

「……マジ?」ジーナが一段と驚いたような顔をする。

「……マジです。」アインは軽くうなずきながらジーナに返した。


 ジーナとアインはソルティノースの火災現場―元はエミリア・バートンの住居だった場所へと来ていた。まだ昼前だが、港湾街という地理的特徴のせいか、あたりにはうっすらと霧がかかっていて肌寒い。

 基本的には仕事に出ている者が多いのだが、残っている何人かの周辺住民が、二人のことを遠巻きながら見ていた。その中には、昨夜火災現場でアインが状況を聞いた中年女性の顔もある。まだ一日も経っていないのか、とアインはぼんやりと考えた。


 目の前には、レポートに記載がある通りの、全焼した三棟の家屋の残骸が残っている。全焼したとはいえど素材はレンガだ。中身はすっかり炭化しきっているものの、外壁は落ちた屋根以外すっかり元の構造を保って建っている。

 空に向かって伸びる柱と壁の残骸は、その背景を知らなければ遺跡のようにも見えるだろう。しかしながら、うっすらと鼻につく焦げ臭い匂いと煤けた扇状の汚れを見れば、よほどの世間知らずでもない限りはこれが火災現場であると気づくはずだ、とアインは思った。


「……引っ越してきてすぐこんな風になるなんて、私だったら発狂しちゃうわ。」ジーナがまた少しスレスレの皮肉を言う。

 人によっては不謹慎だと顔を顰めそうな内容ではあるのだが、アインは特に気にしなかった。というよりも、彼女たち非戦闘員である局員は、街へと出てくるだけでも恐ろしいのだと知っている。そのうえでジーナのように、外回りへとついて来てくれる者は大変貴重だとレオンが言っていた。そのため多少の不謹慎さについては、アインは見て見ぬふりをすると決めていた。


「ちょっとあんたたち?レンガとはいえ、焼けた外壁は崩れやすいわよ!近づくときは用心しなさい。……モルタルが劣化してるんだから!」ジーナは現場保全の作業と住民の説明を行っていた数名の月影局員に対して声を張り上げていた。

 現場検証に出ているのは科学セクションメンバーのジーナと、アインを含めた数名の戦術セクションメンバーで、今回の指揮はジーナに一任されている。彼らにも詳しいことは分からないだろうが、ジーナの言葉には説得力があるらしい。軽く返事を返す者や、手を挙げて返答する者など反応は様々ではあるものの、皆一様に壁から少し距離を取っている。


「……よしよし、素直でいいわね。誰かさんとは大違い……。」ジーナは他メンバーとアインを見比べてにやにやと笑っていた。

「……始めましょうか。……それとも先に確認することがありますか?」ジーナの視線をかわしつつ、アインは彼女の指示を仰いだ。

「そうね、すでに分かっていることもあるけれど、まずはいくつか確認を。」ジーナはまとめ髪からはみ出したものを耳へと掛け直すと、いつものおどけた調子から一変して、引き締まった顔をする。

「……まずは状況証拠ね。見た通りだけど、火元とされているエミリア・バートンの住居を中心に左右2棟、全部で3棟が焼失してるわ。」

「そうですね。」状況証拠を述べ始めたジーナに対して、アインは端的に相槌を返す。


「……それについてまず疑問なのだけど、これだけの大火災なのに、アインが通報するまでの間、誰も通報しなかったのは何故かしら。」

「……ここの住民は携帯端末を所有していない者も少なくはありません。加えてセントラルスクエアに比べて電波も悪い。そのうえ、消防局ないし月影の管理から遠いせいで、通報するという意識そのものを有していません。」アインは淡々とジーナに告げた

「なるほど、理解したわ……。レオンには申し訳ないけれど、まぁ致し方ないと思うわ。」ジーナはため息交じりでそう言った。

「そうですね。」アインは少しだけ顔を顰めたものの、ジーナがサラサラとタブレット型端末に記入していくのを見て気を取り直した。


「次。具体的な火元は中央の家の入口扉ね。……確かに、凶器は火炎瓶で間違いなさそう。割れた瓶の破片が落ちているわ。揮発性のガスの痕跡が見える。……原料はガソリンかしら?」いつも怠そうに細められているジーナの目が僅かに見開かれているのをアインは見た。

「……EVCですか?特殊な機材がなくても見えると聞きましたが。」

「……まぁそんなとこね。気になるの?」アインのためらいがちな質問に対し、ジーナはため息混じりに返答する。

 ジーナには現場の痕跡を見る力があるとアインは聞いていた。それがEVC(Extra-Vision-Cognition:拡張視覚認知)というらしいことも知っている。しかしアインにとって、ジーナの能力の詳細はそれほど重要事項でもなかった。


「……いえ。」

「……そう。」ジーナがどう感じているのか、アインには知る術がなかったが、少なくともこの仕事を完遂できればそれでいいと、アイン自身は思っていた。

「そんじゃあ次は……。」その後もジーナは何事かをブツブツと呟いていたが、アインには詳しいことは分からなかった。

 ジーナは空中に霧散したガスの痕跡だけでなく、放火魔ライター(アインはこの呼び方については深く考えなかった)がドア上部についている明かり取り用の小窓目掛けて瓶を投げ、窓を突き破って割れた瓶が燃料を撒き散らしながら爆発。結果として家の内部で盛大に火が燃え上がったのだと説明し、端末上のレポートへと書き込んでいく。


「なるほど。それならこの現場の惨状も理解ができますね。」アインは素直に感心を示した。

「うん、まぁ、そうね。」ジーナは他の局員から水のボトルを受け取って、軽く水分を補給する。

「でもまだ見ないといけないことが複数あるわ。」ジーナは口についた水分を拭いながら返答した。

「……そうなんですか?」

「うん。」ジーナは水のボトルを局員へと返しながら、ピンと来ていないアインに対して説明を始めた。

「そうね、例えば……、ライターはなぜわざわざ隣の家も燃やしたのかしら。特にこれだけの威力の火炎瓶を使っておきながら、ライターは誰一人として殺せなかったのよね?火炎瓶の威力自体は明確な殺意といっても過言ではないはずだけど。でもそうなると今度は、なぜエミリア・バートンを狙ったのか、あるいはそもそもエミリア・バートン自体を狙う意図があったのか、という点が議論に上がるわ。それについてはどうかしら。」ジーナはスラスラと疑問を述べる。


「……すみません、俺には全くわかりません。それは重要なことなんでしょうか。」ジーナの質問について考えていると、アインはなぜか、まともに通えもしなかった学校の授業を想起した。

 もし先生と一対一で対峙するとしたら、こんな感じになるのだろうか。しかしアインはすでにそんな年齢ではなかったし、今後も一切そんな経験をすることはないのだろうと理解している。

「うん、重要よ。特に殺意の有無とターゲットへの執着性はね。」そこまで言うとジーナは少しだけ長く言葉を溜めた。


「なんてったって、今後のエミリア・バートンの、生命の安全性がかかってんだから。」アインにとって、ジーナの石炭色の瞳は正直に思えた。

 しばらくの間、二人の間を沈黙が支配する。現場検証はもうしばらく続きそうではあったが、今まで戦いの中で生き延びてきた自分の頭は、基本的に深く考えることには向いていないのだ、とアインは思った。

「……少しだけ休憩にしましょう。」そんなアインの様子を察してか、ジーナは現場の全員に向かってそう告げた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

次回更新から投稿頻度を 週3回(月・水・土) に調整します。

引き続きよろしくお願いします。

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