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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第1章:Set Fire to the City

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銀髪の青年ヨナス

 エミリア・バートンはたくさんの雑貨が入った紙袋を抱えて店を出た。スミレからもらったパフュームは服のポケットに入れてある。本当は紙袋の中に入れてしまおうかと思ったのだが、なんとなくスミレの言い方が気になって、肌身離さず持っていた方がいいような気がしたからだ。


「……よいしょっと!」そこまで重たいわけではないのだが、腕に抱えた荷物のせいで少しだけ前が見えない。

「あ……。」いい感じに抱え直そうと動かした時に、紙袋の中からピンク色の固形石鹸が飛び出してしまったことにエミリアは狼狽えた。

「……ちょっと、待って……!」他の小物も転がり出そうになって、エミリアは慌てて袋を押さえ込む。

 エミリアは、ふぅと一度ため息をついて落ち着きを取り戻そうとしたものの、今度は逆に落とした固形石鹸の場所を見失ってしまい、どこにあるのか全く分からなくなってしまっていた。

「あれ……?どこに落としたかな?」エミリアは足元の石畳を確かめ、店先の植木鉢の影や木の根元までもくまなく探した。


 しかし、ほんの一時目を離しただけのはずなのに、どこを探しても見当たらない。あれ、おかしいな?とエミリアは小首をかしげた。やや重たい荷物を抱えたままではうまく探せないなと、いったん荷物を置くためにエミリアは屈みこむ。しかし頭上から誰かの影が覆いかぶさるのが見えた。エミリアが慌てて立ち上がり、背後を確認しようとした時だった。

「……お困りですか?」ふと背後からシルクのような耳障りのいい男の声が聞こえてくる。

「……きゃあ!」

「……おっと。」


 エミリアは、目の前に立っている男に驚いて思わず後ろに仰け反った。転びそうになったエミリアの腰を、目の前の男が足を踏み込み、即座に片腕で受け止める。同時に男は、中身が零れ落ちそうになった紙袋の口を、空いているもう片方の手で咄嗟に掴んで抑えつけた。

「……大丈夫かい?」荷物越しであるとはいえ、銀髪の青年のひんやりとしたシルバーグレーの瞳を間近で見ていると、エミリアは顔から火が出るような感情に襲われた。

「あ、あ、えっと……。」思わずしどろもどろになるエミリアを、銀髪の青年は小首をかしげながら見ていたものの、特に困る様子も見られない。


「……よっと。」銀髪の青年は軽く力を入れただけで、軽々とエミリアを抱き起した。

「すみません、ありがとうございます。」エミリアは、硬い地面と荷物の様子を確かめながら、銀髪の青年に礼を言った。

「いや……、こちらこそ。僕が驚かせてしまったみたいだからね。」銀髪の青年は、目を細めてにこりと笑いながら、コートのポケットに両手を突っ込んだ。

「そうだ君、僕と前にも会ったことあるよね?また何か困ってる?」銀髪の青年は、ややからかうような口調でエミリアに問いかけた。

 その青年は、昨日初めて街に踏み入れたエミリアを浮浪者から助けてくれたばかりでなく、スリにとられたパスケースまで取り返してくれた青年だった。Lost Cityに来てからすでにいろんなことが起きたせいで、エミリアはたった数日がひどく長いように感じていたため、思い出すのに多少時間がかかってしまった。


「……あぁ、あの時の!その節は、ありがとうございました。……まぁ、困ってますね、また。」エミリアは再び会った銀髪の青年に、少なからぬ親近感を覚えながらも、こんなところばかり見せて恥ずかしいなと苦笑した。

「……そうなんだ。僕でよければ、手助けしようか?」銀髪の青年は少し考えつつも協力を申し出た。

「……えっと、じゃあ……。ピンクの石鹸を見ていませんか?固形の……。店から出るときに落としちゃったんですけど、見つからなくって……。」エミリアは横髪を耳に掛けながら、再び紙袋の中身を落とさないように抱え込みながら、足元をきょろきょろと確認している。

「……丸い形はしてるんですけど、そんなに転がっていくような形状じゃないし、その辺に落ちてるはずだと思うんですが。」そうエミリアが言うと、青年はゆっくりとあたりを見回すと、、店の前にある少し大きめの植木鉢の方へと近づいた。


「……あぁ、あったよ。これじゃあないかな?」銀髪の青年は店の前にある植木鉢の隙間から、淡いピンク色をした固形石鹸を取り出して見せた。

「……あら?どうしてでしょう?」その植木鉢の隙間は、先ほどエミリアも確認したところだったため、エミリアは少し不思議に思った。

 しかし、自分は荷物で手がふさがっていたのだから見落とすことぐらいあるだろう、とエミリアは納得した。それよりも、せっかく買った品物だ。見つかってくれてよかった、とエミリアは素直に喜んだ。

「……確認してみて?」銀髪の青年はエミリアの方へと近づくと、男の手には少し小さい固形石鹸をエミリアに見せた。


 エミリアの肩が銀髪の青年の腕に触れる。荷物を避けるためとはいえ、近すぎる距離だとエミリアはたじろいだ。銀髪の青年からはかすかに上品な香りが漂ってくる。香水ではないかとはおもったものの、それは雑貨屋ソニアの店主スミレがつけているものとは全く違う甘い香りだった。香水に疎いエミリアにとっては、それがどういう匂いかまでは分からなかった。

「……あ、確かに、これですね!ありがとうございます。……申し訳ないですが、袋に入れていただけませんか?」エミリアは銀髪の青年に礼をいいつつ、紙袋を傾けて中を見せた。

「……はい。見つかってよかった。じゃあこれで。」銀髪の青年は紙袋の中に石鹸を入れると、また前の時のようにすぐに立ち去ろうとしてエミリアに背を向けた。


 エミリアはほんの少しだけ名残惜しいなと感じていた。この街に来てからよくしてくれる人はいるものの、そのせいでどうしても気後れしてしまう関係ばかりになっていた。銀髪の青年はエミリアにとって、そういう気後れを感じさせない、現状ほぼ唯一の人になりつつあった。

「……あの!」エミリアは思い切って、銀髪の青年の背に向かって声をかけた。

 ちょうど歩き始めていた銀髪の青年が、エミリアの声を受けて振り返る。銀髪の青年は少しだけ驚いたような顔をして振り返り、エミリアの言葉を待つかのように立ち止まった。

「……あの、どうかしましたか?」

「あ、えっと、今からランチにしようかと思ってるんですけど、一緒にどうでしょうか?……まだ早い時間ですけど、お礼をしたいので。」エミリアは柄にもないことをしたと思いながらも、銀髪の青年に対して精一杯の提案をした。


「そんな、気にしなくっていいのに。でもそうだな。君、このあたりのお店知ってるの?」

「……いえ、全く。」銀髪の青年が軽く笑いながら問いかけるので、エミリアは少しだけ肩を落とした。

「……そうだと思った。……いいお店を紹介してあげる。おしゃれだけど、手ごろな価格のカフェがあるんだ。すぐそこだし、このあたりの人も利用していて、味もいいんだ。」銀髪の青年はそう言うと、慣れた手つきでエミリアの手から紙袋を取った。

「あ……!」焦ったように声を出すエミリアを、銀髪の青年が片手で止める。

「いいんだ。案内もするし、エスコートもさせて?……さっきまで手がふさがってて大変だったでしょう?」銀髪の青年が笑いながら言うので、エミリアはおとなしくお礼を言った。


「ありがとうございます。……その。」

「ヨナスだよ。」

「ヨナスさん。……私はエミリアです。」

「そっか。エミリアさん、よろしくね?……じゃあ、行こっか。」ヨナスと名乗った銀髪の青年は、エミリアからすればとてもスマートに見えて頼もしかった。

 エミリア自身、この街ではまだ知らないことも多いため、また新しいことを知ることができると、高鳴る気持ちを抑えきれないでいるのだった。


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