雑貨屋ソニアの店主スミレ
マスカレイドでエレたちと別れ、エミリア・バートンはセントラルスクエアの街を歩いていた。手に持っている携帯端末のマップには、以前リンドウから転送されたショップの所在地がポイントされている。
「はぁ……、結局全然落ち着かないなぁ……。」エミリアは、火災のせいで少し焦げた髪を指で梳かしながらため息をついた。
「エレちゃんたちも3人で一部屋なのに……、私が一部屋もらっちゃって良かったのかなぁ……。」アインの家には、辛うじて物置として使われていた部屋が一室だけあり、しばらくはそこを片付けて使ってもいいとエレたちが言っていた。
要するに居候である。アインによって命を助けられたものの、善意にただ乗りするのは気が引けるのも確かである。そのうえエミリアとしては、アイン本人がどう思っているのかが気になっていた。しかし、現状すぐに手配できる家がないらしく、家の管理者としても一人ぐらいなら問題ないからとリンドウも言っていた。アインにもリンドウの方から確認をとってくれることになったので、エミリアは大人しくお願いすることにしたのである。
しかし家と一緒に焼けてしまった服や小物は自分でどうにかしないといけなかったため、エミリアはまず、雑貨屋の「ソニア」に向かうことにした。リンドウが言うには、店主が女性なので何かと力になってくれるだろう、ということだった。
持ってきた荷物はほとんど焼けてしまったが、寝る前に近くに置いていた携帯端末と、月影で発行されたIDカードが無事だったのは幸いなことだとエミリアは思った。
財布は残っていなかったものの、この街でもクレジットカードが使えるため、それを使って端末経由で支払いができた。早いこと現物の再発行をしないと口座から現金が下ろせないなと、エミリアは至極現実的なことを考えていた。
エミリアがマップを頼りに歩いていくと、おしゃれな飾り文字で「ソニア」と書かれた看板が目の前に見える。少し落ち着いた照明のこじんまりとした店舗に見えるが、奥行きはかなりありそうだ。
大通りではないものの、少し路地を入ってたどり着くことのできるこの立地は、表に花を飾っているこの店の外観にはとてもよく似合っているようにエミリアには思えた。
エミリアが思い切って扉を開けると、小さく鈴が鳴るような音がして、わずかに上品な花の香りが漂ってくる。店内には誰もいないように見受けられるが、待っていると奥から店主と思しき女性がゆったりと現れた。
「こんにちは。」エミリアは女性に向かって声をかけた。
「こんにちは。あなたがエミリアさんかしら?リンドウから聞いてるわ。店主の、スミレよ。」スミレと名乗る女性は、微笑みながら優雅に答える。
スミレは赤紫色の長い髪を高いところで結えており、緩やかにカールした艶やかな髪が、華やかな彼女の容姿に相応しく思えた。
「それで?今日は何をお求めかしら?……というよりも初めましてで、まだよく分からないわよね?いらっしゃい。案内してあげるわ。」スミレは袖にレースの飾りがついた上品なブラウスに、細身のスカートとピンヒールという出立ちで奥へと誘った。
「……あ!はい!よろしくお願いします!」エミリアは思わず彼女に見惚れつつも、お礼を言ってついて行った。
「……あなた、服が少しよれてるわね。どうしたの?」とスミレが尋ねる。
「あ、えっと、火災で服が焼けちゃって!今着られるものがほとんどないんです。」とエミリアは正直に答える。
「……あぁ、あの火災ね。あなたのお家、近かったの?」スミレは一度目を細めて、心配そうな顔で尋ねた。
「はい。……というか、火元ですね、完全に。引っ越してきてすぐに燃やされるなんて、ほんとに信じられないですけど。」エミリアは肩を落としつつも、笑いながら返答する。
「……それは災難ね。」スミレはニコリと、エミリアに微笑んだ。
「それじゃあ、今日は日用雑貨のお買い物かしら?」スミレが店の商品に目をやりながら、エミリアに尋ねる。
店の棚には、雑貨屋らしくさまざまな商品が並んでいた。主に女性向けのデザインのようだが、派手さを抑えつつも丁寧な意匠のクシや、淡いピンク色の固形石鹸、そして棚の大部分を占める大量の香水ビンが並んでいるのが見て取れる。店に入った時に感じたほのかな香りは、このビンの中から漏れ出ているもののようだった。
「はい。……本当に全部焼けちゃったので……。リンドウさんから、ここに来れば大体揃うと聞いたんですけど。」エミリアは棚の商品に目を奪われつつも、当初の予定をスミレに告げた。
「あぁ、そういうことね。……抜け目ない子。」スミレは香水ビンを手に取りながら、小さく何かを呟いた。
「……はい?」
「いいえ、こちらの事情よ?」スミレは誤魔化すように、また艶やかに微笑んだ。
「……えっと、お店の商品がどれも素敵で……、目移りしてしまいますね。」エミリアは少し緊張しながら会話を続ける。
「そう言っていただけて嬉しいわ?基本的には取り寄せているものばかりだけれど、香水は自分で調合しているの。だからどれも一点ものよ?」スミレは棚の間をゆっくりと回りながら、一点ずつ紹介していく。
「……そうね。あなた、今一人暮らし?」スミレがエミリアの方をチラリと見ながら質問する。
「……はい、いえ、えっと……居候、ですね。」
「あら、大変。お家の方は女性かしら?」エミリアが少し答えづらそうにしているものの、それには構わずスミレは続けた。
「あー、いえ。女の子が一人いるんですけど……、他はみんな男の子と……、あと、男性が一人。」エミリアはどこまで言うべきか迷いながらも素直に答えた。
「ふふ、そんなに素直に答えなくってもいいのに。でもいいわ、大体分かった。……アインくんのところでしょ?」スミレは優しく微笑みながらエミリアに尋ねる。
「……!そうです。あの、みなさんお知り合いなんですか?」エミリアは驚きながらスミレに尋ねた。
「お知り合い?ええそうね、お知り合いかしら。この街は、あなたが思ってるより狭いのよ?気をつけなさいね。」そう言ってスミレはエミリアの手に、両手で包めるくらいの小瓶を手渡した。
「……?あの、これは?」
「サービスよ。初回のお客様にはみんなに渡してるの。何かあったら、使いなさいね?普段はダメよ。使い方は、エレちゃんに聞いて?」スミレははっきりとは言わないまま、紙の袋に商品を見繕って、困惑しながら佇んでいるエミリアに手渡した。
「これを買って行きなさい。代金は少しおまけしておくわ?」スミレはニコリと笑った。
「常連になってくれたらいいだけだもの。」優しそうに見えるスミレではあったが、その実、見た目通りではないかもしれないと、なんとなくだがエミリアは思った。
「はい、ありがとうございます。」エミリアがお会計を済ませていると、外に誰かがやってきたのが目に入る。
「あ、そうだ。連絡先、教えてあげるわ?何かあったら連絡しなさい?あなた、ご新規な上に女の子だもの。何もないとは、限らないでしょ?」スミレはエミリアの端末に連絡先を送信した。
受信したアドレスには「Violeta」と記されている。エミリアも連絡先を送ると、スミレは端末を確認した後、満足そうに頷いた。エミリアとしては、心強い気もするものの、なんだかつかみどころがない彼女のことは、少しだけ苦手な気持ちも残っている。
「それじゃあ、アインくんたちによろしくね?」スミレはにこやかに手を振って、ソニアを出るエミリアの姿を見送っていた。




